第818話 「膠着」

 無数の金属で生成された物体が衝突する。

 片方は聖剣エロヒム・ツァバオトによって精製された水銀の槍。

 そしてもう片方は聖剣エル・ザドキによって生み出されたすずと呼ばれる金属で構成された球体。


 空中で無数の金属音を奏でながら衝突する金属群。

 その渦中では橙と青色に輝く刃が衝突。 聖女とアリョーナ、二人の聖剣使いだ。

 剣の技量に関しては聖女が上だが、それを補う形で背後に居るラミエルが体に埋まっている水晶から紫電を放ち、聖女とその周辺に振り撒く。


 聖女は焼き尽くさんと降り注ぐ紫電を聖剣で防ぎながらもアリョーナの斬撃を凌ぐ。

 彼女の動きはブロスダンよりも鋭く、技量だけなら彼よりも上。

 それでも聖堂騎士の水準には達していない。 少なくとも普通にやれば聖女は問題なく勝利を収める事が可能だろう。


 ただ、それは一対一の場合だ。

 ラミエルによる支援により技量差は埋まり、近くで戦っているクリステラと同様に膠着状態に陥っていた。

 クリステラは冷静に相手を仕留めるべく切り口を探っていたが、聖女の場合はそうもいかない。

 

 何故ならクリステラと聖女には致命的な差があったからだ。

 技量ではなく精神メンタル面での差。

 戦いつつも彼女の意識の一部は周囲の味方に割かれていた。 実際、王国側の軍はかなりの劣勢に立たされており、秒刻みで負傷者と犠牲者が増えて行く。


 劣勢に立たされている事には理由がある。

 個々の戦力差? それもあるだろう。

 王国の騎士や聖殿騎士よりも天使の方が圧倒的とまでは言わないが戦闘力は上だ。


 劣勢となっている最大の理由はアリョーナが持っている聖剣にある。

 聖剣エル・ザドキ。 青く輝くその聖剣の固有能力は自らの魔力を周囲に分け与え、身体能力の強化と魔法行使の消耗を肩代わりする。

 

 その為、天使達は恒常的に傷を癒し続け、その継戦能力を大幅に向上させていた。

 即死させるか回復力を超過させる程の傷を負わせなければ仕留める事が難しくなっている。

 一刻も早く味方の援護に入りたかったが、敵のしぶとさの理由が目の前の聖剣である事も察していたので、仕留めなければならない事と傷つく味方が視界の端に見え隠れして集中が乱れるのだ。


 ――やり難い。


 目の前のアリョーナへの対処、精製した水銀の槍の操作、戦況と押されている味方。

 クリステラは良くも悪くも視野が狭く、自分のやるべき事を見据えてそれを最短で達成するべく動くが、聖女は下手に全体が見える所為で気を取られてしまうのだ。


 『諦めてその聖剣を差し出しなさい! お前達に勝ち目はない!』

 

 ここぞとばかりにアリョーナはそう言って畳みかけようと攻撃の回転を上げる。

 受けに回ると不味いと聖女も応じるように押し返すが、言葉は発しない。

 何故ならブロスダンとアリョーナ。 この二人には何を言っても無駄だからだ。 


 本人達がどういうつもりで行動しているのかまでは聖女には分からない。

 だが、グリゴリに使われているだけの存在と言う点だけは理解できた。

 ならどうにか説得できないかと言った考えは起こらない。 いや、起こせないと言った方が正しいだろう。


 ブロスダンもそうだったが、目の前のアリョーナもその瞳は開いてこそいるが心は閉ざされている。

 もう、やる事を決めているので何を言っても無駄で、何をしても行動に変化を起こせない。

 そうでもなければあそこまで空虚な言葉を並べたてる事はないだろう。


 エルフという種自体がそのような生き方を良しとしているのか、彼等自身の過去に何かがあったのかは聖女には知る術はない。 ただ、彼等はもう目的以外の全てがどうでもいいと腹を決めている。

 それだけ分かればもう会話が不可能と判断するには充分だった。


 可能であれば殺したくはないが、そんな事を言っている場合ではないので聖女は最初からアリョーナを殺すつもりで聖剣を振るっている。

 どれだけの攻防を重ねただろう、不意に戦場に不可視の何かが通り抜ける感触。 同時に体が軽くなる。


 モンセラートの権能だろう。

 戦況によっては投入するという話をエルマンから聞いていたので驚きはない。

 権能による強化を受けた王国側の者達の動きが目に見えてよくなっている。


 これで味方に関しての心配はあまりしなくてよくなったが、依然として膠着状態な事には変わりがない。

 ラミエルとアリョーナの連携を崩さないとこの状況はどうにもならないだろう。

 周囲の味方も少しだが押し返し始めており、少し離れた位置に視線を向けるとクリステラがブロスダンを無視してペネムを狙い始めていた。


 ――いっそこのまま粘る?


 それも手としては悪くないかもしれない。

 クリステラ頼みなのはあまり良くないかもしれないが、アリョーナとラミエルを抑える事には成功しているので向こうの決着が付けば充分に勝機はある。


 引き連れている天使の群れは動きからして自我が希薄に見えるので、統率してるグリゴリの撃破にさえ成功すれば撤退させる事も可能だろう。

 そして聖女達にとって最大の幸運がグリゴリの目的がはっきりしているので王都を一切狙わない事だ。


 良くも悪くも最短で目的を達成するべく動いているので、王都を狙って戦力の分断を図って来ない所は非常に都合が良かった。

 恐らく搦め手には訴えてこないと聖女は考えていたが、何度も来られると厳しい。


 ――可能であればグリゴリだけでも何とかしたい。


 あくまでブロスダン達は操られているだけと考えていたので、グリゴリを排除すれば無力化はできないが行動の指針を失って気勢を削ぐ事は出来ると考えていた。

 狙うのはラミエルだ。 アリョーナの斬撃を凌ぎながら聖女は紫電を振らせているラミエルを小さく睨みつけた。



 ――厳しい。


 戦況を後方で見ていたエルマンは厄介だと表情を歪める。

 天使の襲来には驚いたが、聖剣使いが二人いれば撃退ぐらいは難しくないと考えていた彼の思惑は追加で投入された二人の聖剣使いの前に崩れ落ちた。


 味方として聖剣が存在するのでその恐ろしさは彼自身、よく理解している。

 加えて天使が支援に入っているので、聖女もクリステラも攻め切れていない印象を受けて居た。

 ただ、クリステラは突破の糸口が見えたのか、動きが変わったように見える。


 問題は聖女の方だった。 豪雨のように降り注ぐ紫電と青い聖剣を持った女の猛攻を良く凌いでいた。

 何とか援護をしてやりたかったが、あの紫電の雨の中に入ったら大抵の奴は即死するのが目に見えている。


 その為、介入が難しいのだ。

 アレを掻い潜って聖剣使い同士の戦闘に割り込めるのはマネシアぐらいな物だろう。

 彼女の持っている盾なら聖剣の攻撃と紫電を防ぐ事が可能かもしれない。


 ――あくまでかもしれないだ。


 現在、そのマネシアはゼナイドと一緒に前線で天使の群れを防いでいるので、動かす事は難しい。

 モンセラートの権能が効果を発揮しているので戦闘直後のような劣勢にはなっていないが、厳しいと言わざるを得ない状況だ。

 

 仮に追い返したとしても戦力を整えてもう一度来る事は目に見えている。

 本音を言えば聖剣使いだけでも仕留めたいがこの状況では――

 どうすればいい? 何が最適解だ? エルマンは必死に思考を回転させる。


 せめてこの状況を打開する切っ掛けが欲しい。

 エルマンは何かないかと戦場へ視線を巡らせ――不意に足元に突き上げるような衝撃が走った。

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