第817話 「勝導」
ブロスダンとペネムはクリステラと、アリョーナとラミエルは聖女とそれぞれ対峙する。
クリステラは聖剣による身体能力強化を全開。 出し惜しみは一切しない、全力で目の前の敵を叩き潰す。
その動きは聖剣を得る前の比ではなく、瞬きの間に距離を埋めての斬撃。
ブロスダンはクリステラの斬撃を聖剣で受ける。 衝突による衝撃と剣が接触したと思えない轟音が響く。
受けられた事自体には驚きはないが、ブロスダンの反応が少し引っかかった。
斬撃自体は辛うじて目で追えていたのは分かる。 ただ、ここまで適切に防御できるような動きに見えなかったからだ。
――まるで適当に振って偶々、防御出来たかのような……。
一撃で判断するのは早計かと考え。 そのまま追撃。
首、胴、心臓への刺突、手足への薙ぎ、最後に脳天への振り下ろし。
大抵の相手なら一撃で即死、または戦闘不能になる程の攻撃だが、ブロスダンは事もなく首、胴への攻撃は聖剣を逆手に持って防ぎ、刺突は聖剣の腹で受け、脳天への振り下ろしは前に出て躱し、斬り返してくる。
クリステラは反撃を身を捻って最小の動きで躱しつつ、腰にある浄化の剣を抜いてカウンターを狙う。
彼女の斬撃はブロスダンの防具――手甲で受け止められる。
そのまま腕ごと切断しようとしたが、何らかの防御が施されているのか食い込んだ所から動かない。
「――っ!?」
ブロスダンの背後に居るペネムの右腕が動き、その指が文字を描こうとしているのを見て即座にバックステップ。
同時に彼女が居た場所が瞬時に凍り付く。 明らかに拘束を狙った攻撃だ。
聖剣の加護は非常に強い。 半端な傷なら即座に癒し、強化された身体能力は極めて高く、捉えるのは非常に難しいのだ。 特にエロヒム・ギボールの固有能力により非常に高い強化を施されているクリステラは正面からの打倒を狙うよりは動きを封じる事を念頭に置く戦い方は最適解と言えるかもしれない。
だが、クリステラの戦闘センスはその思惑を乗り越える。
足元――死角からの拘束を人間離れした反応で躱し、ブロスダンへの攻撃を繰り返す。
傍から見れば愚直に攻めているだけに見えるが、クリステラという女は事、戦闘に置いての嗅覚は他の追随を許さない。
執拗にブロスダンへ当たれば即死の攻撃を繰り返す。
対するブロスダンも彼女の嵐のような攻撃を無傷で捌き続けている。
――?
クリステラの猛攻をここまで完全に防ぎきれるのは、彼女の記憶にある限り、辺獄の領域バラルフラームに現れた在りし日の英雄ぐらいだろう。
ただ、ここで疑問が発生する。 果たして、このブロスダンというエルフにそこまでの技量があるのか?
答えは否だ。 視線の動き、剣の振り方から足運び。 その全てが告げていた。
この男の技量自体は大した事がないと。 恐らく聖堂騎士どころか聖殿騎士の水準にすら届かないだろう。
――にもかかわらずここまで防げるのは何故か?
クリステラの目には反応するよりも早く剣で防いでいるように見える。
聖剣が勝手に動いて防いでいる? 否、動き自体は雑だが、自分の意思で聖剣を振るっているかのように見えた。
数十の攻撃が防がれた時点で何となくだが、防御のできている理由に察しが付き始める。
動き自体は大した事はないが、身体能力は聖剣による加護と恐らく後ろのペネムからも支援を受けて居るので非常に高い。 クリステラの感覚では以前に戦ったユルシュル王よりも身体能力は上だろうが技量自体は遥かに下だ。
本来ならブロスダンの首はダース単位で飛んでいるはずだろう。
だが、そうはならない。 何故なら適当に振った聖剣が何故かクリステラの攻撃と重なって防げているのだ。 偶然と片付けるには無理がある。
――クリステラの所見は概ね正しかった。
ブロスダンが彼女の攻撃を凌いでいる理由は彼が持つ聖剣の能力だ。
聖剣アドナイ・ツァバオト。 透き通った緑の刃と内部に明滅する輝く文字のような文様。
そしてその固有能力は「担い手に勝利を齎す」事だ。
聖女のエロヒム・ツァバオトと同様、持ち主を結果へと誘導する能力だがアドナイ・ツァバオトは「幸運」と違って「勝利」という狭い範囲なのでその効果は非常に高い。
ブロスダンがアドナイ・ツァバオトを振るい続ける限り、その行動の全てが勝利に必要な過程に変換される。
だが、その能力も完璧ではない。 明確な技量差が存在する以上、ブロスダンにクリステラを打倒する事は非常に難しい。 本来なら、この後に複数のグリゴリによる飽和攻撃を行い敵を仕留める。 これがアドナイ・ツァバオトを運用する上での最適解だった。 実際、彼等はこの戦法で辺獄の領域ドゥナスグワンドに存在した「在りし日の英雄」の撃破に成功している。
――もっとも、被害は甚大ではあったが――
現在、生き残っているグリゴリの総数は九。
センテゴリフンクスで二体、オラトリアムに二体、ポジドミット大陸に三体。
そしてこの場に二体。 つまりこれ以上、戦力を割く事が出来ないのだ。
本来ならブロスダンが膠着に持ち込んでいる間に後衛であるペネムが決める筈なのだが、その攻撃の悉くが通用しないのだ。 魔法攻撃は全て浄化の剣で片手間に防がれ、拘束を狙おうにも信じられない程の勘の良さで全て回避されている。
結果、クリステラは致命傷を与えられず、ブロスダンとペネムは攻め切れないと言った膠着が発生してしまっているのだ。
ブロスダンもどうにかしようと攻撃を受けつつ、聖剣の能力で金属――銅を精製し、立方体のキューブのような塊にして射出するが、ペネムの支援攻撃と同様に浄化の剣で全て叩き落される。
手数によってクリステラの防御を飽和させるつもりだが、彼等が一度に繰り出せる攻撃では彼女の防御がどうしても突破できない。
そして相手を突破できないのはクリステラも同様だった。
繰り出した攻撃はとっくに百を越えている。
いい加減にこのままでは埒が明かないと考えているのだが、ブロスダンを斬り殺すビジョンが浮かばないのだ。 明らかに雑な動きで防がれ続けるので、これは切り口を変えるべきだろうと判断。
周囲を見ると引き連れていた天使の力により、王国の騎士やアイオーン教団の聖騎士達も劣勢を強いられている状態だ。 戦況を見るにあまり時間をかけて居られない。
――なら狙うのは――
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