第816話 「緑青」
現れたのは男女二人。 大きさは人間と同じかやや小柄ぐらいで、見た目は若く少年少女と呼んでも良いかもしれない。
違うのは長く尖った耳ぐらいだろう。 一度でも目にした事がある者ならば、彼等が人間ではなくエルフと呼ばれる見た目が同じだけの別種族であると気付くかもしれない。
身に着けているのは金属と木材を組み合わせたような変わった見た目の軽鎧。
そして最も目を引くのは両者が手に持つ剣だ。 男は緑、女は青く輝く剣をそれぞれ持っていた。
その剣が何なのかはこの場に居る人間の大半が察しており、動揺が波紋のように広がる。
何故なら聖女とクリステラの手の中にある武器と形状はやや異なるが、ほぼ同じ代物なのだ。
――聖剣。
流石に聖剣使いを繰り出してくるとは予想していなかったので、エルマンも驚愕に一瞬だが思考が止まる。
同時にグリゴリの正体についてを考察。 聖剣使いという大きな手掛かりがあるので、いくつかの推測は立てられた。
まず考えられるのはグノーシス関係。
以前にマーベリックという枢機卿は言っていた。 グノーシスは聖剣を二本保有していると。
だとしたら数は合うが、違和感がある。 モンセラートの口にした教団は本国から聖剣を動かしたがらないという話だ。
隣のリブリアム大陸――フシャクシャスラでの戦いで投入しなかった事からもその話の信憑性は高い。
なら別口か? そう考えるなら正体はともかくどこの勢力かの当たりは付けられる。
まずはヴァーサリイ大陸の聖剣は二本がアイオーン教団が保有しており、最後の一本は行方不明。
リブリアム大陸は一本は消滅。 一本は大陸北部にあるらしく詳細不明。
最後の一本は恐らくグノーシスが保有していると見ていい。
行方不明の聖剣が目の前の物かの判断は付かないが、考え難いとエルマンは思っていた。
そうなると消去法でポジドミット大陸だ。
あそこはグノーシスが一本押さえているのは間違いないが、残り二本の情報がないので出所はそこじゃないかと考えていた。
――つまりはグノーシスとは別口。
無関係とは言い切れないが、魔剣を重視している点を見ればそんな所だろうと結論付ける。
それが分かった所でどうなんだと言った話だ。 今は迎撃を最優先。
王都に入れる訳にはいかない。 外でどうにか撃退する必要がある。
幸か不幸か戦力に関しては主要な面子が全員帰って来ているので、万全の布陣で迎え撃つ事が出来そうだった。
聖堂騎士はマネシアとゼナイド、異邦人からは葛西、北間、為谷がそれぞれ出てきている。
マネシアとゼナイドは前線で指揮を取り、異邦人達は向かって来た天使の群を相手に戦い始めていた。
敵の主戦力は羽の生えた人型の存在――天使だが、凄まじい強さで最初の激突の時点でやや押されているのが分かる。
天使の群れは布陣した王国側の軍と正面からぶつかりつつ、一部は空中から光る弓矢で地上に爆撃を仕掛けていた。
王国側はどうにか防ぎつつ魔法で反撃を試みていたが、高速で飛び回っており捉えるのは難しい。
「……あぁ、クソッ。 結局、こうなるのか」
聖剣使いだけで対処できるならそれに越した事はないと考えたが、巨大な天使が二体控えている以上は出し惜しみは無理だ。
エルマンは魔石で部下に連絡を入れる。
――内容は簡易祭壇の準備とモンセラートへの支援要請。
権能を使用する事による危険性は理解していたが、状況がそれを許してくれなさそうだった。
年端もいかない子供を酷使する事に自己嫌悪を抱きつつもエルマンは指示を出す事に躊躇しない。
彼は祭壇の準備にかかる時間と戦況を分析しつつ、どうすれば勝てるのか思案を続ける。
戦闘が本格的に始まり、あちこちで魔法による爆発や剣戟による金属音が無数に響き渡る中。
聖女とクリステラは無言で目の前の存在と対峙していた。
二人の聖剣使いと二体の天使。 聖剣使い達はゆっくりと地上に降下して着地。
男は小さく自分に何かしらの魔法を使用すると、そっと聖女達に開いた手を伸ばした。
『私の名はブロスダン。 ハイ・エルフにして全てのエルフ達を束ねる王だ。そして彼女はアリョーナ、聖剣の担い手にして我が伴侶だ。 まずはこのような形で君達の前に現れた非礼を詫びよう』
よく通る声だったが、魔法で翻訳しているのか別の言語と二重に聞こえる。
「非礼を詫びるというのなら、そのまま引き上げて頂けませんか?」
『それはできない。 我々はどうしても君達が持つ聖剣と魔剣を手に入れる必要があるからだ』
聖女の言葉にブロスダンは肩を竦めて首を振る。
彼の余裕すら感じられる態度にクリステラは表情を消して目を細めた。 表面上は平静を装っているが不快だったのだろう、聖剣を握る手に力が籠り僅かに姿勢が前傾する。
「……貴方達がこちらの都合を考えずに目的を遂げようとしているのは分かります。 そこまでしてまで聖剣と魔剣を求める理由を聞かせて貰えませんか?」
『いいでしょう。 我々の目的は魔剣と聖剣を集め、将来この世界を襲うであろう災厄から人々を救い導く為だ。 貴女がたも余計な抵抗は止めて我々に協力するといい、全員は無理だが知己の数名は見逃しても構わないよ?』
つまりは他は皆殺しにすると暗に言っているような物だった。
「……救って導く人々の中にはウルスラグナの皆は含まれないと言う事ですか?」
『勿論だ。 物事には限度という物がある。 救える数にも限りがあるので、間引きは必要だろう? これでも私は人間の生態に詳しいんだ。 君達人間は我々エルフの同胞を奴隷として売り買いするのだろう? そんな者達にも全てではないとはいえ、慈悲を与えるんだ。 中々、寛容な沙汰だとは思わないかな?』
彼の言い分は理解できなくもないと聖女は思う。
実際、エルフは奴隷として高額で取引されており、王を名乗るブロスダンからすれば不愉快極まりないというのも良く分かる。
その為、彼の言葉はエルフの王という立ち位置からすれば自然な言葉にも聞こえるだろう。
「言っている事は分かります。 ただ、心にもない建前を並べるのは止めてください。 人に何かを要求したいなら最低限の本音は話すべきでは?」
――ただ、聖女は彼の目を見て何となくだが、それは建前に過ぎないと感じていた。
ブロスダンの瞳に宿っているのは使命や理想なんて代物ではなく、もっとドロドロとした仄暗い感情だ。
そして聖女はその感情の正体にも察しがついていた。
「一体、貴方は何を恨んでいるのですか? それが個人的な物であるなら周囲を巻き込む様な事はするべきじゃない」
『……言っている事の意味が――』
「だったら、もう少し感情を込めるか隠す練習をした方がいい。 もうはっきり言いますけど、貴方の物言いには中身がなさすぎる」
聖女にはブロスダンの言葉がまるで台本を読み上げているような白々しいものしか感じられなかったからだ。
クリステラは黙したままだが、似た感想をブロスダンという男に抱いていた。
彼女の場合は語彙力の問題で簡潔な感想となったが――概ね聖女と共通している。
――幼稚。
その一言に尽きた。 誰かに含まされた小綺麗な理屈を並べているだけだ。
つまり、王を名乗っているが実際は支配階級ではなく、被支配階級。
本当の主は彼等の後ろに控えているグリゴリだろう。
そしてそのグリゴリは早々に襲いかかってきた所を見ると、話にならないのは目に見えていた。
ブロスダンは聖女の言葉に動揺したのか僅かに言葉に詰まる。
『な、何を根拠に――』
『あなた。 もうこんな者達と話す必要はありません。 何せ言葉も通じない蛮族。 慈悲を与えたにもかかわらず後ろ脚で砂をかけるだけ、同じく聖剣に選ばれた者として多少の見所があるかもしれないと考えるのは甘い考えです!』
何かを言いかけたブロスダンに割り込んだのは黙っていたアリョーナだ。
彼女は聖剣を聖女に突きつける。
『最後です。 我等に降りなさい。 今なら同胞として迎えてあげましょう。 出来ないというのなら斬り捨てて聖剣を頂きます』
アリョーナの言葉は会話を終わらせる為の物で、二人が頷くとは欠片も思っていないのは突き付けた聖剣が物語っていた。
彼女の言葉に二人は――
「お断りします。 他を当たって下さい」
――聖女はきっぱりとそう言い、クリステラは応じるように無言で剣を構える。
四人の聖剣使いと二体の天使が同時に動き――衝突。
こうして聖剣同士の戦いが幕を開けた。
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