第815話 「接近」

 時は少し遡る。

 センテゴリフンクス、オラトリアムが襲撃を受けていた頃――王都ウルスラグナへと向かって来る異形の群があった。

 それは灰色の翼を背負った天使の群とそれを率いる巨大な存在が二体。


 唐突に起こった異常事態に王国は王都を守るべく即座に戦力を展開。 少し遅れてアイオーン教団も同様に戦力を出撃させる。

 天使の群――グリゴリは王都から少し離れた所で停止。

 

 「クソッ、ユルシュルが片付いてやっと落ち着いた所だってのに今度は一体なんだ?」


 布陣した軍の後方でエルマンは小さく毒づく。

 ユルシュルの処理が一通り片付き、後は復興の準備だけとなったので戦力が不要になってようやく王都に戻って来たばかりなのだ。

 

 ようやくいつもの日常に戻れると考えていた所で今回の襲来だったので、その心中は余り穏やかではない。

 現れた勢力――どう見ても戦闘を前提に置いているような構成の一団を見てエルマンは目を細めて観察する。 考えるのはその正体だ。


 真っ先に浮かんだのはグノーシス教団だ。 彼等はウルスラグナでも天使を用いた実験を行っていたので、目の前の者達はその実験の成果か何かだろうかと思っていたのだが――違うのかもしれないと言った考えも彼の脳裏に存在した。 これは勘に近いが、どうにも毛色が違うような気がする。


 まず第一に教団の権威の象徴である聖騎士の姿が全くない事が引っかかったからだ。

 飛行している所を見ると移動の邪魔になると連れて来なかった可能性もゼロではないが、そうだったとしても人間が一人もいない事は不自然だ。


 自分が逆の立場ならそれなりに地位の高い人間を付け――


 『聞け! 人の子よ!』


 ――エルマンの思考を遮るように天使の一体が声を上げる。


 それは音とは違った形で伝わっているのか、染み込むようにその場に居た者達の意識に入り込んで来た。

 

 『我はΓριγοριグリゴリが一柱。 Ραμιελラミエル


 言葉を発したのは中央に存在する巨大な天使。

 大きさは別の場所に現れた者達と大差はなく、色は濃い紫でデザインも全身鎧のような硬質さを備えつつも彫像のような荘厳さを併せ持っていた。 大きな特徴として胸と両肩に水晶のような物が嵌まっている。


 『同じくΠενεμθεペネム


 ペネムと名乗った個体は白を基調としており、右手だけ指が長く、全身に光る文字のような物が浮かんでいる。 そして両者とも光輪と背中には灰色の巨大な六枚羽。

 

 ――グリゴリ?


 それを聞いてエルマンは訝しむ。 名称に聞き覚えがなかったからだ。

 グノーシスとは別口なのか? それともグノーシスの内部組織? だとしたら審問官絡みか? 

 いくつもの推測が脳裏を過ぎるが、現状では情報が足りない。


 わざわざ名乗ったと言う事は何かしら言って来るのは間違いないので判断はその後でいいと考え、グリゴリの言葉を待つ。

 

 『我等は汝らの所有するある物を貰い受けに来た。 疾く差し出すがいい』

 

 どこまでも上から目線な物言いに若干、不快感を抱くがエルマンはその時点で何となくだが予想が付いた。 この王都で連中が欲しがりそうな物に心当たりがあったからだ。

 

 ――どうせ聖剣だろう。


 『魔剣、そして聖剣を我等は求めている』


 やはりとは思ったが、要求の内容にやや引っかかる物を覚えた。

 魔剣という単語が先に出た事を考えると聖剣よりも魔剣の方が優先順位は上なのか?

 ともあれ相手――もう敵認定しても問題ないとエルマンは考えていたが――の目的ははっきりした。


 当然ながらそんな要求を呑めるわけがない。 魔剣だけなら最悪、失っても構わないが、こんな連中に引き渡したら碌な事にならないのが目に見えている。

 はいそうですかと渡せる訳がない。 ただ、いきなり攻めて来ずに要求してきた点は都合が良かった。


 「エルマン聖堂騎士!」


 背後から完全武装のクリステラと聖女が走って来たのが見えた。

 聖女はようやく戦闘に支障がないぐらいに回復はしたが、完治はしていない。 クリステラは特に問題ないので戦闘になれば彼女に頼る事になるだろう。

 そんな事を考えながらクリステラの腰に吊られている魔剣を見て――ぞわりと背筋が泡立つ。

 

 二体の天使の視線が魔剣に向けられた事を敏感に察したからだ。

 エルマンが気付いた時には聖女とクリステラは聖剣を構えて既に戦闘態勢に入っていた。

 

 『――そこか。 さぁ、我等に差し出すがいい』


 ラミエルの言葉にクリステラは聖剣を突き付ける事で応じ、聖女も戦闘態勢に入ったのか僅かに身を低くしていた。

 

 「エルマン聖堂騎士。 確実に戦闘になるので、指揮をお願いします」

 「多分だけど話が通じる相手じゃない。 場合によってはこちらから仕掛ける事になると思う」

 「おいおい、お前等、何でそんなに――」


 言いかけて気付いた。 聖剣は使い手に危険を知らせる能力がある事に。

 つまり、二人がこれ程までに好戦的なのはそれだけグリゴリに脅威を感じているからだろう。

 エルマンはマジかよと表情を歪める。

 

 二人の態度を返答と受け取ったのかラミエルは憐れむように小さく吐息を漏らす。


 『愚かな。 ならば力で奪うとしよう』


 瞬間、聖女とクリステラが聖剣の加護で強化した身体能力に物を言わせ、布陣していた軍勢を通り抜けて先頭に飛び出す。

 クリステラが聖剣に鉄塊を纏わせ、その後方で聖女が水銀の槍を大量に生み出す。


 ラミエルが手を翳すと周囲の天使達が各々武器を構えて突撃。

 だが、二人の聖剣使いを避けるように左右に割れて向かっていく。

 動きから察するに二体の天使が自分達の相手をするのだろうと考えたクリステラは構わずに巨大な鉄塊を振り下ろし、その動きに同期して聖女が水銀で作った槍の雨を降らせる。


 「!?」


 ラミエルの両肩と胸の水晶のような物が薄く輝くとそこから紫電が迸り、雷光となって水銀の槍を焼き払い、クリステラの振るった鉄塊はペネムが右手を一振りすると空中に文字のような物が現れ半ばから切断されて宙を舞う。

 

 鉄塊が地面に落下する前にペネムは再度、右手を振るうと同様に文字が浮かび、魔法陣のような物が出現。 そこから灰色の球体が無数に飛び出し、お返しとばかりに襲いかかってきた。

 球体は人間の胴体程の大きさをしており、命中すればただでは済まないだろう。


 「――っ!」


 聖女が再度、水銀の槍を精製して迎撃。 球体を全て打ち落とす。

 

 「これは――」


 飛んで来た物体を見て察しが付いたのか聖女とクリステラは咄嗟に下がる。

 聖剣を扱っている二人だからこそ分かるのだ。 たった今、飛んで来た物体がどうやって生成されたのかを。

 

 ペネムの展開した魔法陣は未だに消えず。 奥から何かが現れようとしていた。

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