第819話 「火柱」
地震。 それもここまで瞬間的に激しく揺れるのはエルマンの記憶になかった。
「おいおい、何だよアレは……」
思わずそう呟く。 エルマンの視線の先――北の方に巨大な火柱のような物が立ち昇っていた。
位置的に相当の距離が離れているにもかかわらず目視できている時点で並の大きさじゃない。
北と考えて真っ先に彼の脳裏に浮かんだのはオラトリアムだ。
位置的にも完全にオラトリアムの勢力圏内なので、無関係とは考え難い。
ただ、それが何を意味するのかまでは彼には分からなかった。
エルマンはややあって視線をグリゴリの天使達に向ける。
――こいつ等の仕業か?
タイミング的にも非常に怪しかったが、目の前で繰り広げられている猛攻を見て居ればあれだけの事をやってのけても不思議はない。
もしかすると世界の各地に出没して聖剣や魔剣を手に入れようと襲撃している?
だとしたらこれはウルスラグナやアイオーン教団だけの話では――
「――何?」
エルマンの懸念を他所に、グリゴリの天使達は火柱を見て硬直したのだ。
明らかに動揺しているとしか思えない反応だった。
ほんの数秒の出来事だったが、反応は顕著だ。 何か確認作業を行ったのかクリステラと戦闘を繰り広げているペネムと名乗った個体が空中に文字を描き、魔法のような物を行使。
その隙に仕留めようとクリステラが肉薄するがブロスダンが間に入って妨害。
『――同胞が傷を負った』
それを聞いてラミエルの攻撃が止み、二人の聖剣使いも大きく後退。
ブロスダンは無表情、アリョーナは憎悪の籠った眼差しを聖女達に向けた後、二人はペネムが展開した魔法陣を潜って消失。
同時にラミエルが薙ぎ払うように雷を降らせて王国側の気勢を削ぎ、背を向けて飛翔。
それに追従するように他の天使達も上昇して空へと昇って行く。
二体の巨大な天使は聖女とクリステラを一瞥して飛び去って行った。
「……何だったんだ?」
現れるのも唐突だったが去るのもまた唐突だった。
「エルマン聖堂騎士!」
グリゴリが完全に見えなくなった所で呼ばれたので視線を落とすと、クリステラと聖女が駆け寄って来るのが見えた。
「どう思いますか?」
「少なくともそう遠くない内にまた来るだろうな」
クリステラの質問にエルマンは即答。 今回、引き上げたのは何らかの不測の事態が発生した事による撤退だ。 問題が解決すればまた戻って来るのは目に見えている。
「さっきの天使と聖剣使い。 どうにかなりそうか?」
天使もそうだったが、聖剣使いは同じ聖剣使いでないと抑えるのは難しい。
少なくともエルマンの見た限りでは、現状のアイオーンと王国の戦力で相手をするのは厳しいと言わざるを得ないだろう。
特に今回は相手が侮ってかかってきた事も被害を抑えられた要因だろうと彼は考える。
仮に立場が逆なら王都を取り囲むように布陣して戦力を分散。 聖女とクリステラを引き付けた後、王都を火の海に変えて重要人物を捕縛。 力を見せつけてから聖剣を取り上げる為の交渉に入る。
そこまで考えてエルマンは背筋が粟立つような感触に襲われた。
本当にそれをやられていたらアイオーン教団とウルスラグナは早々に詰んでいたからだ。
今回は目的以外に興味がなかったのか手を出してこなかったので、本拠といった地の利を活かしつつ正面から対処できたことにより、追い返せはしたが次はないだろうと考えていた。
迎え撃つにしても聖剣使いと天使をどうにかしないと話にならない。
正直、聖剣使いだけなら孤立させる事に成功すればどうにかできる自信はあったが、天使と同時にとなると厄介だ。
バラルフラーム戦でグノーシスが残した魔剣を封印している鎖と鞘の予備があるので、何とか拘束して奪い取ってしまえば恐らくそう怖い相手ではない。 聖剣を剥がし、取り返される前に使い手を始末して終わりだ。
「聖剣使い――少なくともブロスダンと名乗った者は技量だけで言うのなら大した事はありません。 聖剣なしで戦えば私達の誰と当たっても問題なく対処できます」
「僕もそう思う。 あのアリョーナって人も剣の腕はそこまでじゃなかった」
殊、戦闘に於いては直接対峙した二人の意見は正鵠を射ているとエルマンは考えていたので、最初から疑わない。 二人が言うのなら聖剣を剥がしてしまえば間違いなく勝てる相手だろう。
「――ただ、あの緑の聖剣の持つ能力は非常に厄介です。 今の私では突破は難しいかもしれません」
「遠目だったから俺は良く分からなかったが、そこまで厄介な代物なのか?」
「はい、恐らくですが、本人の起こした行動が直接結果に繋がるような能力と私は見ています」
今一つ理解できなかったのか、聖女が小さく首を傾げる。
エルマンは苦笑してクリステラの言葉を噛み砕く。
「……防ぎたいと思って適当に剣を振ったらそれが偶々、相手の攻撃してくる場所だった。 それがいつまでも続くっていうイカサマじみた能力って事だ」
「それでクリステラさんが突破できないって……」
「はい、どうやっても攻撃を当てられる気がしませんでした。 恐らくですが、一対一で守勢に回ればほぼ無敵と言って良い能力でしょう」
「そりゃ厄介だな。 ……それで? もう一人の方はどうだ?」
「多分だけど、周囲の味方を強化する類の物だと思う。 彼女に限って言えば天使の支援がなければ僕でも何とかなりそうな感じだった」
二人の話を聞いてエルマンは小さく思案する。
聞いた話通りなら、相手を入れ替えれば仕留められそうな感じだったがグリゴリもそこまで馬鹿じゃないだろう。
クリステラの相手にはあのブロスダンをぶつけて来るだろう事は想像に難くない。
「天使の方はどうだ?」
グリゴリを名乗る二体の天使。 ラミエルとペネム。 この二体に関しては巨体だったのでエルマンにもある程度ではあるがどんな物かは見えていた。
前者は広域に雷の雨を降らせ、後者は空中に文字のような物を描きそれに応じた効果を発生させると言った所だろう。
ラミエルの雷は聖女を仕留める為に攻撃範囲を絞っていた事もあって凄まじい攻撃密度だった。
恐らく範囲を広げればもう少し密度は薄くなるだろうが、簡単に躱せるような代物じゃない。
ペネムの能力は非常に多彩なので、何をしてくるのか分からない怖さがあった。
「単体であるなら仕留める事は可能かと」
クリステラは即答。 聖女はやや躊躇いがちに頷く。 自信はないがどうにかできそうと言った所とだろう。
結論として聖剣使い、グリゴリの天使、切り離して対処すればどうにかなると言う事だ。
――突破口はある。
絶望するにはまだ早いと痛む胃を掴むように押さえながら、やるべき事を脳裏で纏め始めた。
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