第809話 「用意」

 「事件?」

 

 俺が聞き返すとエゼルベルトは大きく頷く。

 

 「それにより彼等は僕達に構っていられなくなりました」

 

 あの連中が他に構っていられなくなるような事件。

 何となくだが予想は付く。 根拠は俺が出くわした奴だ。

 損傷が酷く、かなり苦戦したのは察しが付いた。 そんな事が出来そうな存在に一つ心当たりがある。


 「……辺獄か」

 「はい、ポジドミット大陸の中央部と北部の辺獄の領域――ドゥナスグワンドとナーオンガヒードの二ヵ所がほぼ同時に氾濫。 辺獄種が大量発生しました」


 ……だろうな。


 在りし日の英雄ならグリゴリ相手でも対等以上に渡り合えるだろう。

 

 「戦闘はかなり激しく、僕達はグリゴリの隙を突いて脱走。 各地に囚われた仲間を救い出しながら大陸を逃げ回り、どうにか船を手に入れてポジドミット大陸から逃げ出す事に成功しました」

 「なるほど。 連中の数が多い理由も納得が行った。 それで? グリゴリと辺獄の戦闘はどうなった?」

 「……ドゥナスグワンド、ナーオンガヒードの両領域は消滅。 在りし日の英雄は敗北し、魔剣は奪取された物と思われます」

 

 ……まぁ、連中がこちらに戦力を割いている時点でこの結果は予想が付いたが、二つ同時に攻略したと言うのは少し信じられんな。


 「そのグリゴリはどれだけの戦力を投入――いえ、貴方のお仲間を触媒に何体呼び出されたのですか?」

 

 領域を二ヵ所同時に攻略できる程の質と量だ。 そう考えると連中の戦力はこちらが思っている以上に大規模なのかもしれない。

 エゼルベルトは忌々し気に表情を歪める。


 「……僕が把握して居る限り、首領格の二体を合わせて合計で二十。 少なくとも僕の仲間を生贄に十八体召喚した所は確認しています」


 二十体。 流石に多過ぎるな。

 俺が出くわした二体と全くの同格が二十体は流石に勝つ自信はないぞ。

 ファティマも驚いているのか目を丸くしていた。


 ――ただ、俺はそこまで悲観していなかった。


 腰の魔剣に視線を落とす。

 思い返すのはザリタルチュに存在した英雄である飛蝗とアパスタヴェーグに存在した英雄たる女王。

 在りし日の英雄。 その戦闘能力は実際に経験した俺自身が良く分かっている。


 あの連中と同格の奴らがただでやられる訳がないからだ。

 

 「辺獄の領域が落ちたのは良く分かった。 結局、グリゴリは何体残った?」


 正直、連中の総数にあまり興味がない。 知りたいのは実際に何体相手にする事になるかだ。


 「ドゥナスグワンドで六体。 ナーオンガヒードで四体の撃破が確認されています」

 「……全部で十体でいいのか?」

 「いえ、九体です」


 数が合わない事が引っかかったが、今はいい。 ともあれ、残りは半分以下か。

 敗北したとはいえ、やはり英雄は凄まじいな。

 

 「なるほど、魔剣を連中が押さえたのは分かったが、聖剣はどうした? そっちに最初に話を持って行ったのがグノーシスと考えるならグリゴリと連中は手を組んでいるのだろう? 連中が持って行ったのか?」

 「いえ、二本の聖剣――聖剣エル・ザドキと聖剣アドナイ・ツァバオトは彼等が見出した担い手の下にあります」


 聖剣まであるのか、面倒だな。 聖剣と魔剣が二本にグリゴリが九体。 後はエルフ共か。

 ともあれ、これで連中が湧いてきた経緯と大雑把な戦力構成は見えて来たな。

 

 ……まぁ、こいつの話を鵜呑みにするといった前提が必要だが。


 「……お話は分かりましたが、グリゴリの数が増える可能性は?」

 「恐らくはないかと。 彼等があそこまではっきりとした形で姿を現すには相応の代償が必要となります」 

 

 ファティマの質問にエゼルベルトは小さく首を振る。

 つまりは餌になる転生者が居ないからこれ以上、増える事はないと。

 

 「取りあえずグリゴリに関しては分かった。 次の話に移るとしよう。 ここに来た理由は?」

 「……魔剣の力が必要だからです。 正確には魔剣を扱える存在の力がどうしても」


 戦力を増強すると言う点では理に適っているかもしれんが、聖剣という存在がある以上、理由としては弱い。


 「聖剣ではなく魔剣にこだわる理由は?」

 「仰る通り、グリゴリを撃破するだけなら聖剣でも可能でしょう。 ですが、グリゴリの後に控えているであろう戦いに備える為、どうしても魔剣の力が必要だったのです」


 ……グリゴリの後?


 「……どう言う意味だ?」

 「長くなりますが構いませんか?」


 俺はちらりとファティマを振り返ると小さく首を振る。 時間も押しているようだし、長くなるならこの話は今はいいな。 つまりは聖剣より魔剣の方が連中にとって都合がいいというのは良く分かった。


 「いや、長いならその話は必要ないな。 先に必要な情報を喋って貰おう。 連中を仕留めるに当たってお前等は何をしてくれるんだ?」


 情報はそれなり以上に役に立ったが、俺達にだけ戦わせて自分達は高みの見物か?

 だとしたら流石はアメリアの同類と言いたいが、こいつはそこまでではないようだ。

 

 「勿論、情報だけ提供してお任せするなんて無責任な真似はしません。 僕達が貴方達に提供できるのは情報と戦力」

 「情報は役に立ったが、戦力? 外で待たせている転生者連中か? それなりに使えはするんだろうが、そもそもお前等は負けたからここに居るんだろう? そんな連中が何かの足しになるのか?」 


 ざっと見た限り、はっきり言ってそこまで強そうな奴は居なかった。

 まぁ、居ないよりはマシだろうが、裏を返せば居なくてもそこまで困らない程度だ。

 エゼルベルトは特に表情を変えずにこちらを真っ直ぐに見つめる。


 「はい、我々が保有する最強戦力。 単騎でグリゴリを撃破した実績を持った存在――彼をそちらの戦力として提供する用意があります」


 グリゴリを単騎で撃破? あぁ、そう言えばさっきの話では辺獄でくたばったのが十体だったな。

 だが、生き残っているのは九体。 残りの一体を仕留めたと言う事か。

 

 ……なるほど、そんな奴が居るのなら状況はかなり楽になるだろう。


 その話が本当なら最低でも一体は抑えられるだろうからだ。

 

 「それが本当なら悪くない取引材料だが、今一つ信じられんな。 そいつは何者だ? お前の配下と言うのなら転生者である事は察しがつくが、グリゴリと同等以上の存在と言うのは――」


 ファティマも半信半疑といった眼差しをエゼルベルトに向ける。

 少なくともまともにやって単騎でグリゴリを撃破できそうな存在に心当たりがない。

 強いというだけなら口で何とでも言えるからな。


 そんな俺達の疑問を解消する為にエゼルベルトが、口にしたのは――


 「はい、転生者ではありますが、彼は聖剣アドナイ・メレクの担い手です」


 ――俺にとって予想外の言葉だった。

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