第810話 「活失」

 「聖剣だと?」


 流石にその返しは予想外だった。

 しかもアドナイ・メレクといったら以前に俺が取り逃がした奴じゃないか。

 何処へ飛んで行ったのかと思ったら海を越えているとは思わなかった。

 

 ……どうりで探しても見つからない訳だ。


 その後、連中が保護している転生者とやらに拾われたと。

 流石は聖剣、尻の軽さは相変わらずか。 まぁ、次に見かける時は誰かしらの腰に納まっているとは思っていたので驚きはしなかったが。


 確かに聖剣使いと言うのなら納得は行くな。

 少なくともアムシャ・スプンタと同格なら単騎でグリゴリを倒すぐらいはやってのけるだろう。

 

 「それが本当であれば戦力としては期待できますが……」

 「……その聖剣使いとやらは外の船に乗っているのか?」


 ファティマは聖剣使いの危険性を懸念しているのか、微妙な表情だった。

 俺としても実際に見るまでは俄かに信用できないな。 そもそもグリゴリは聖剣も狙っているとの事だったのでそれを掻い潜って来たというのも胡散臭い。


 「はい、今は船で休んでいます」


 エゼルベルトは頷く。 即答している所を見ると嘘は――いや、あぁそう言う事か。

 そう考えて途中で一つの疑問に納得が行った。


 「ここを見つけたのは聖剣の力か?」

 「はい、アドナイ・メレクの力で貴方を見つけました。 聖剣は魔剣の位置に敏感です。 仮に気配を隠していたとしても、身に迫る脅威を感じとって使い手に脅威を伝えます」

 「……その割には俺の魔剣は反応しないが?」


 試しに柄に触れるが相変わらずの平常運転だ。

 

 「恐らくですが、辺獄ではないからだと思われます。逆だった場合、今頃は魔剣が何らかの反応を示しているかと」


 ……なるほど、そう言う話なら分からんでもない。


 実際、アドナイ・メレクは俺が近寄ったタイミングで逃げ出したからな。


 「……どちらにせよこの目で見ないと信じられんな」

 「分かりました。 では、彼に引き合わせます。 ただ、彼には少し問題がありまして……」

 

 ……問題? 性格面で扱い辛いとかそんな感じの事だろうか?


 だとしたら面倒だな。

 良く分からんが、その辺は歩きながら聞くとしようか。

 

 


 弘原海わだつみ 顯壽あきひさ

 名前が示す通り転生者で、聖剣アドナイ・メレクに選定された担い手だ。

 そしてヒストリアが最後に保護した存在でもある。


 加入の経緯に関してだが、少し込み入った事情があるようだ。

 

 ――というよりはそいつを回収した時点で既に事が終わっていたと言う事らしい。

 

 事情に関しては本人からの聞き取りで得た情報なので又聞きレベルと言う事になる。

 その為、信憑性に関しては何とも言えんが、本人がそう言っており辻褄があっているのなら俺からは文句を言う事はないな。


 さて、話を戻すとその弘原海という男は、元々ポジドミット大陸の北部に生息していた魔物に捕食され、現在の姿を得たらしい。 ちなみにベースは馬のようだ。

 聞いた限りではあるが、ベースとなった馬の群れに拾われてよろしくやっていたらしい。


 これはエゼルベルトも知っていた事らしいが、ポジドミット大陸の北部は馬型魔物の群生地のようで、近隣種も多く、かなりの勢力を誇っていたようだ。

 何でも馬の王みたいな巨大な魔物が居たとか居なかったとか。


 馬の転生者が馬に混ざって平和に暮らしていた所にある悲劇が起こる。

 グリゴリだ。 正確にはグリゴリとそれに率いられたエルフ共だったようだな。

 この辺はエゼルベルトや弘原海の推測も混ざるようだが、どうも自分達の領土とする為に先に居た魔物が邪魔になったらしく大規模な掃討を行っていたらしい。


 結果、魔物の楽園は滅び去り、弘原海も大きな傷を負って敗走。

 身を隠す事となったようだ。 ただ、奴にとって幸運だったのはそれから殆ど間を置かずして辺獄の氾濫が起こったので、逃げ延びる事に成功した事だろう。


 その後の経緯はエゼルベルトと似ており、ポジドミット大陸内を逃げ回りつつ復讐の機会を窺っていたようだ。 聖剣を手に入れたのはそんな時だったらしい。

 タイミングも非常に良かった。 聖剣を手にした時はちょうどグリゴリ共の主力が辺獄に出払っていた頃だったので連中も新しい聖剣の出現に気が付くのが遅れたのだ。


 ――それも致命的に。


 聖剣を手に入れた弘原海が真っ先に行ったのは自分の仲間を殺したグリゴリへの復讐。

 これまた都合のいい事に辺獄で在りし日の英雄を片付けた直後だったグリゴリ共は酷く消耗していたので、その隙を突いて直接の仇である個体へと奇襲。 そこで仕留めたらしい。


 その直後に他の個体に攻撃されて重傷を負ったがどうにか逃げ延び、弱っている所を騒ぎに反応したエゼルベルトが回収。 聖剣も魔力が漏れないように例の鞘で厳重に気配を隠した後、紆余曲折を経て大陸を脱出し、今に至ると。


 そこまで聞くと問題がないように見えるな。

 念願の復讐を果たしたとはいえ、グリゴリは群れの仲間の仇なんだろう?

 なら、やる気の一つも出すんじゃないかとも思ったのだが、そうでもなかったらしい。


 エゼルベルトは否定するように小さく首を振る。

 

 「それがそうもいかないんですよ。 彼は復讐を果たした事で活力を失ってしまいました」


 どうやら直接の仇を仕留めた事で感情が振り切ってしまい、ブレーカーが落ちたかのように無気力になってしまったらしい。

 受け答えもするし、最低限ではあるが戦闘も行ってくれるのだが今の状態では扱いが難しいとの事。


 「そいつを立ち直らせる事を込みで提供と言う事か……」

 「はい、今は塞ぎ込んではいますが、聖剣の担い手です。 立ち直れば必ず大きな戦力としてお役に立てると思います」


 ……まぁ、話が美味すぎるとは思ったが、思った以上に面倒そうだな。


 転生者は洗脳が効かないから無理矢理立ち直らせるといった事も出来ないし、古い家電のように叩けば正気に戻ると言う訳でもなさそうだ。

 実際に見て見ない事には何とも言えんが、話を聞いた限りでは俺には向かないような案件なんじゃないかといった考えしか出てこない。


 屋敷から出て話を聞きながら船に向かう。

 一通り話を聞き終わった所で船に到着したのでそのまま中へ。

 入るのは案内役のエゼルベルトに俺とファティマ、後はその護衛三人だ。


 船内のやや狭い通路を通り、奥まった場所にある一室へと案内された。

 エゼルベルトがドアをノックして返事が返ってきたところで中へ入る。

 部屋は最低限の家具があるだけで、部屋の片隅にそいつは座り込んでいた。


 話に聞いていた通り、馬の転生者と言う事だけあって馬と人を足して二で割ったような造形で、まず目を引くのは額に生えている立派な一本角だ。魔石と似た何かなのか、仄かに光っている。 身体の方は割と鍛えられているのか全体的に筋肉はしっかりと付いていたが、事前に説明を受けた通り覇気が全くなかった。 そして抱きしめるように鞘に納まった剣を抱えている。


 俺は無言で魔剣の柄を握る。 抜く為ではなく、抑え込むためにだ。

 確かに魔剣の反応を見ると聖剣で間違いないようだが……。


 ……これはどうしたらいいのだろうか?

 

 正直、どう接すればいいのか皆目見当が付かなかった。

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