第808話 「探求」

 場所は変わって島内の屋敷の一室。 まぁ、さっきまで俺が飯を食って居た場所だが。

 室内には俺とファティマの護衛三人。 それとモノクルを外したエゼルベルトだけだった。 ちなみにモノクルに関しては外せと言うと素直に外して懐にしまった。

 意外な事にこいつは護衛を一切連れずにここまで来たのだ。


 最初、奴の取り巻きの転生者共が付いて来ようとしていたが、エゼルベルトはやんわりと待つように言って船で待たせていた。

 別れ際に転生者達は何度もエゼルベルトの名を心配そうに呼んでおり、何とも悲壮感溢れるやり取りだったな。 別に護衛ぐらいなら連れて来ても良かったんだが、何かあるのだろうか?


 ……ともあれ、さっさと話を始めるとしよう。


 「さて、前置きは省いてそちらの目的を聞こうか? 次にここに来た理由だ」

 「分かりました。 順番にお答えします。 まず、僕達の目的ですが、グリゴリの討伐――その為に貴方達の力をお借りしたい。 そしてここに来た理由は貴方の腰にある魔剣です」


 予め回答を用意していたのかエゼルベルトの返答は驚く程にスムーズだったが、内容に聞き捨てならない事があるな。 魔剣が目当てなのは分かったが、どうやって位置を特定したんだ?


 「……お前達は魔剣の位置を特定できると?」

 「はい、ある程度近づければになりますが、こちらには魔剣の位置を探知する手段があります」

 「それは今もか?」


 俺がそう聞き返すとエゼルベルトは大きく頷く。

 おいおい、だったらグリゴリにも探知されるんじゃないのか? だとしたらさっさと逃げた方がいいのかもしれんな。


 「恐らくですが、鞘で魔力の漏出を防いでいるのでグリゴリの探知には引っかからないかと」


 こちらの懸念を読んだのか先回りするようにそう言って来るが、今一つ信用できんな。

 お前等に見つけられて連中に見つけられない道理はないと思うが?


 「……その割にはお前等はあっさりとここまで来たな?」

 「それは後でご説明させていただきます」


 ふむ、話には順序があるって奴か? 取りあえず、説明する気はあるようだし話を戻すとしよう。

 

 「……まぁいい。 それで? お前等がグリゴリを排除したいのは分かったが、その理由は?」

 「その話をする前に僕達ヒストリアについての説明をさせてください」 


 エゼルベルトはそう言って自らが率いる組織の事を話し始めた。

 ヒストリア。 テュケやホルトゥナ同様、ポジドミット大陸に根を張って活動する組織だが、活動方針に関しては他と少し毛色が違った。


 「僕達の目的はこの世界の歴史を紐解き、この先に紡がれる時の流れを見守る事です」


 ……今一つ良く分からんな。 これは字面通りに解釈すればいいのか?


 「……要は歴史の研究か何かか?」

 「そのような物と解釈して頂いて結構です」

 

 聞けばその歴史研究とやらは本格的に始めたのは割と最近のようで、先々代までは転生者を使った人体実験等を行っていたらしいが、先代ですっぱりとその手の研究から足を洗い、歴史の研究に熱を上げていたらしい。

 転生者に関しても無体な扱いは一切せずに保護する方針に切り替えたようだ。


 「わざわざ転生者を保護している理由は? 戦力としてか?」

 「違うといったら嘘になりますが、理由の大半は彼等の存在、それ自体に価値があるからです」

 「価値?」

 「はい、彼等転生者はまったく異なる世界の生き証人です。 異なる歴史、異なる技術、異なる政治。 それは僕達からすれば非常に興味深い事柄です」


 ……なるほど。


 言っている事は分からなくもない。 実際、オラトリアムも転生前の知識を利用して兵器開発などを行っているので、転生者を囲い込むという事に利があると言うのは理解はできる。

 実際、さっきの様子を見る限り、それなりの待遇で迎えているのだろう。 上手に飼い馴らしている様子が窺えた。


 エゼルベルトの話は続く。

 奴によるとヒストリアは転生者を共に歴史を見守る同志として迎え入れているらしい。

 方針に乗り気じゃない奴は自分達で管理している場所に自治区のような物を作って住まわせていたようだ。


 「つまりお前達の組織の方針は転生者を保護しつつ歴史研究を行っていると?」

 「はい。 その通りです」


 ふむ。 話を信じるのなら随分と大人しい組織だ。

 特に他所にとって害のある行動を取るような感じはしないが、何でまたグリゴリを敵視している?

 俺が質問をぶつけるとエゼルベルトの表情が変わった。 落ち着いた感じから怒りに近い感情が乗っている。 


 「……テュケとホルトゥナの事はどこまでご存知ですか?」

 「さっきお前が喋った事のように組織の活動方針と概要程度だな。 後は精々、色んな組織に声をかけているぐらいか?」

 「では、グノーシス教団との関係については?」

 「母体組織経由で繋がっているという話なら聞いているな」

 「はい、仰る通りグノーシス教団はヒストリアの源流とも呼べる母体組織と密接に繋がっており、我々とも浅からぬ縁があります」


 ……まぁ、そうだろうな。


 他二つがそうだった以上、こいつ等だけ例外と言う事はまずありえないだろう。

 

 「……少し前の話です。 ある日、グノーシス教団から僕達にある要請がありました。 保護している転生者を全員引き渡すようにと」


 いきなり変わった話題に話が脱線してないかとも思ったが、ポジドミット大陸の情勢も知りたかったので黙って耳を傾ける。

 

 「当然、断りました。 彼等は同志であり、保護するべき存在です。 理由も話さずに引き渡せといった要求を呑める訳がありません」

 「それで?」

 「その後、グリゴリを率いる者と名乗る二体の天使が現れました」

 「ちなみにその連中の名前は?」

 「アザゼルとシェムハザと名乗りました」

 

 なるほど、敵視している理由に何となくだが、察しがついたな。

 ただ、これで六体か。


 俺が出くわしたシャリエル、シムシエル。 オラトリアムに現れたバラキエルとバササエル。

 それに率いている二体で六体は確定か。 流石に多いな。


 「彼等はエルフを率いて我々の本拠に侵攻してきました。 どうにか撃退しようと戦いましたが、彼等の力は圧倒的で僕達は為す術もありませんでした」


 まぁ、そうなるだろうな。 転生者を多く抱えていたとはいえ、大半が非戦闘員だったようで勝負にならなかったようだ。 結局、エゼルベルト達は敗北。 生き残った転生者達は一部を除き、捕えられてしまった。

 

 「グリゴリが転生者を求めている事はご存知ですか?」

 「……らしいな」


 ちらりとファティマに視線を向けると頷きで返された。

 実際、俺も拉致されそうになったし、オラトリアムでも首途達を狙ったと聞いているので間違いはないだろう。 


 「何故、転生者を欲しがっているかは?」

 「話によれば何かの生贄に使うとか言っていたな」


 詳細までは不明だが間違いなく碌でもない事だろう。 


 「……正確には触媒です。 彼等は自身の仲間を召喚する為の触媒として転生者を欲しているのです、使用されればその存在全てが消費され尽すので確実に死にます」


 なるほど。 連中の姿と数が多い理由はそれか。

 グリゴリの連中はヒストリアが抱えていた大量の転生者を代償にお友達をどこぞから呼び出したと。

 感情が高ぶったのかエゼルベルトの腕が震えている。


 「あいつら……あいつらは自分達がこちらに干渉する為だけに、そんなつまらない理由の為に僕の仲間を……友達を……殺しやがった! 僕と一緒に歴史を紐解く旅に出ようって言ってくれた大切な仲間を!」


 エゼルベルトは呼吸を荒くし八つ当たりのように自分の膝に握った拳を叩きつける。

 しばらくして落ち着いたのか動きを止める。


 「失礼、取り乱しました。 ――僕があいつ等を敵視する理由は以上です。 隠し事をする気はないので本音で話します。 僕はあいつらがこの世界に存在している事、それ自体が許せない」

 「……お話は分かりましたが、貴方がたは囚われていたのでは?」

 「そう言えばそうだったな。 どうやって連中から逃げ出したんだ?」


 ファティマの指摘にそう言えばそうだったなと質問をする。

 負けて捕まったのならエゼルベルトと連れて来た連中が無事な訳がない。

 

 「はい、僕と生き残った仲間達は捕えられ、消費されるのを待つ事になっていました。 ですがその最中、ある事件が起きました」


 エゼルベルトは逃げ出すまでの経緯を話し始めた。

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