第807話 「船来」
この島は将来、魔導書の製造工場兼珍獣女の飼育小屋として用意された物だ。
あの女が妙な気を起こした時の為に周囲――海中にはそれなりに戦力を配置してある。
その為、仮に俺が何もしなくてもあの船を沈める事はそう難しくない。
何せこの近海は俺が作った海棲の改造種や記憶から復元した魔物の巣窟となっているからな。
流石にグリゴリの天使が相手だと厳しいが、大抵の奴なら餌にするだろう。
……さて、ここで問題はあの船をどうするかだ。
実際、沈めるのはそう難しくなさそうだが、連中が何者かは知っておきたい。
――かと言って敵であるなら上陸されると戦力が揃っていないので場合によっては面倒だと。
俺も本調子じゃない事もあって、判断に困るな。
視線を徐々に大きくなっていく船に向ける。 大型の帆船で身分や所属を示すような物はなし。
真っ直ぐに――おや? よく見ると動きが何かおかしいな。
俺もリブリアム大陸に来る際に海を越えたので、船の動きに関しては多少は分かる。
風向きから明らかに風を受けて進んでいるように見えないのだ。
そして船が進む際に発生する海水の動きもおかしい。 明らかに船の周りに何か居るな。
間違いなくあの船は何かに曳航される形で海を進んでいるのだ。
海中に居る連中に<交信>で尋ねるが、大量の何かが引いているという事しか分からん。
連中は知能がそこまで高くないので俺の質問にはっきりとした返事を返せないのだ。
ある程度、近寄って来ると変化があった。
船から垂れ幕のような物を持った連中が大きく広げてこちらに見せようとしている。
そこには様々な言語で文字がかかれており、内容は「敵対の意思はなく、話がしたい。 上陸を許可して欲しい」と書かれていた。
同じ文言が様々な言語で並んでいたが、日本語が混ざっていたので少し気になった。
日本語が含まれていると言う事は転生者が混ざっているからだ。
味方とは言い切れないが、転生者を保有していると言う点は興味深い。
単純に戦力として組み込んでいるだけならそこまでの興味はないが、転生者に関しての知識を保有していると言うのなら少し話を聞いてみたいな。
背後から気配がしたので振り返るとファティマとその護衛に何故か珍獣女と柘植達も一緒だった。
何で居るのかさっぱり分からんが無視してファティマに視線で船を指す。
俺の意図を察したファティマは船を見て小さく息を吐いた。
「……判断に困りますね」
「一体、何なんだ? お、船じゃないか! 何だ? 敵襲か何かなのか?」
「し、失礼しやした! お嬢、旦那達は真面目な話をしてるから、ちょっと向こうで大人しくしとこうな?」
ファティマがゴミを見るような視線を珍獣女に向けると両角がそっと口を塞ぎ、柘植がごまかすように笑って下がって行った。
珍獣女が会話に参加できない距離まで下がった所で話を戻す。
「個人的には少し興味があるな。 日本語を使用しているので、転生者が居る筈だ」
「――なるほど、転生者に関しては不明な部分が多い事もありますから、情報は欲しい所ですね。 それに彼等は西から来ています。 もし、ポジドミット大陸から来ているのなら、そちらの情勢も分かるかもしれませんが……」
それでもファティマとしては少しでも危険があるのなら慎重に判断したいらしく歯切れが悪い。
……俺が判断した方が良さそうだな。
「上陸させる。 連中の話とやらを聞くとしよう」
「……分かりました」
ファティマも迷っていたようだが、情報が欲しいと判断したのか素直に頷いた。
海中で待機していた連中を下げて船を通す。
しばらくすると船が仮設の港に入港。 しばらくするとタラップのような物が下ろされ数名が出てきた。
先頭を歩く男が代表らしく、服装からも身分の高さが窺える。
――と言うか他に降りて来た連中が全員転生者なので集団の中で浮いているのだ。
その転生者だが、半魚人みたいな奴が多く、海棲の生き物がベースの奴が多いな。
先頭の男は俺を見るとやや早足でこちらに近づき、会話が出来る距離で停止。
明るい茶色の髪に同色の瞳、顔のパーツ配置はそこまで悪くないのでそこそこ整っている部類だろう。
だが、やや憔悴したような雰囲気が陰気な印象を与える。 服装は魔石が散りばめられた防御効果が高そうな服に、片目にはモノクル。 見た感じ武器の類は持っていない。
男は俺を見て、一瞬だけ魔剣に視線を向けたがすぐにこちらへ視線を戻す。
「まずは我々のような怪しい者の上陸を許してくれた事に感謝を」
そういって男は深々と頭を下げた。 俺は黙って続けろと促す。
「僕――いえ、私はエゼルベルト。 エゼルベルト・バルトロメウス・コグノーメンと申します。 ポジドミット大陸で「ヒストリア」と言う組織を率いていました」
名乗った男の名前を聞いて少し驚きに目を見開いた。
その名前には聞き覚えがあったからだ。 確か珍獣女の言っていた例の組織のトップの筈だが……。
ファティマに顎で珍獣を指すと無言で下がって護衛の三人に指示を出す。
「俺はローという。 ここのトップのような者だ。 話をする前に確認したいが、そのヒストリアと言う組織はテュケやホルトゥナの関連組織って事で間違いないか?」
俺がそう聞くと驚いたのかエゼルベルトは大きく目を見開いた。
「はい、その通りです。 ……ですが、どうしてそれを?」
「――お、おい、一体何だ!? 私はちゃんと大人しくしていただろうが!?」
喚いているのはファティマの護衛に引っ張って来られた珍獣女だ。
相変わらずキイキイとやかましい女だな。 無意識に手が魔剣に伸びるのを押さえ付けて質問をする。
「おい、ベレンガリア。 こいつに見覚えは?」
「え? 誰だこいつ? 知らないぞ?」
珍獣女は何を言ってるんだこいつといった視線を向けて来たのを見て、俺は思わず絶句してしまった。
……確かエゼルベルトの話をしたのはお前だったはずだよな?
おかしいな? 俺の記憶違いか?
ファティマは薄い笑みのままだったが、何故か額に血管が浮かんでいた。
「ベレンガリア? あぁ、そう言う事でしたか。 なら彼女が僕の事を知らないのも無理はありませんよ。 テュケ、ホルトゥナ、ヒストリアの三つの組織は源は同じですが、横の繋がりは殆どありません。 僕自身もホルトゥナに関しては少し前に代替わりした程度の事しか知りませんし、会話に関しても通信魔石越しなので顔も知りません」
なるほど。 お互いの事を知ってはいるが面識はないと。
そう言う事なら珍獣女の反応も納得できなくはないな。
……と言うか、こいつは顔も良く知らない奴の情報を自信満々に俺に流したのか。
「な!? お前がエゼルベルトだったのか!? 何故、こんな所に――ちょ、何だ!? 放せ! まだ話が――」
用事は済んだので俺が虫を追い払うような仕草で手を振るとファティマの護衛の大柄な女がベレンガリアを抱えて離れて行った。
「……取りあえず話は奥で聞こうか?」
アメリアや珍獣女と同じ立場の奴がこんなタイミングでわざわざ現れたんだ。
長い話になりそうなので、続きは屋敷で聞くとしよう。
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