第791話 「繁忙」

 そこは戦場だった。

 炎があちこちで噴き上がり、数多の命だった物が切り刻まれる。

 加工された生命の残骸達が積み上げられ、運び出されて行く。


 そしてその場を支配している男が一人。

 彼は部下に怒鳴るように指示を出して次々とやるべき事を片付ける。


 「ガーディオ! 注文! オムライス三、かつ丼二、片方は大盛で!」

 「クソが! オムライス三だと!? 今日はどれだけ来るんだ!? 卵の在庫がヤバい、誰か追加取って来い!」


 ガーディオと呼ばれた男は必死に殺到している注文を捌いて、料理を作り続ける。

 ここはダーザイン食堂の厨房。 現在はちょうどお昼時で、客が殺到する時間帯だった。

 最近は街灯設置等の設備関係の工事が多いので、トロール等の大型の客が急増。 彼等は体格に見合った量を食べるので用意するのも骨だった。


 食材は余裕を持って用意していたが、この日は珍しく注文が偏ったので一部の食材切れが発生したのだ。

 

 「あ、私が行くわ! 他に足りない物あったら取って来るけど!?」


 声を上げたのは巨大な熊の転生者――夜ノ森だ。

 ガーディオは部下に指示を出しながら夜ノ森に足りない食材を挙げる。

 その食堂ではアスピザルがウェイターとして店内を動き回っていた。


 「ちょっとーシグノレ! レジばっかりやってないで、テーブルの片づけやってよー」

 「見て分からんのか!? 会計で手が離せんのだ!」


 アスピザルの困った声に怒鳴り返すのは小太りの男――名前はシグノレと言う。

 元々、ダーザインで幹部を務めていた男で今は食堂の事務関係の仕事に従事していたのだが、人手不足と言う事で事務所から引っ張り出されたのだ。


 店内では客たちの喧騒と混じって――

 

 『はい、皆さんこんにちは! 今日もオラトリアムラジオ、略してオララジの時間がやってまいりました。 メインパーソナリティーは毎度おなじみ瓢箪山 重一郎がシュドラス城放送局からお送りします』

 

 ――備え付けられたラジオから瓢箪山の軽快なトークが店内に響き渡る。


 『最近、暑くなってきた事と開発ラッシュが続いているとの事なので皆さん、熱中症――おっと、暑さにやられないように気を付けてください。 あ、ちなみにこっちは冷房が効いているので非常に快適です』


 プロデューサー兼ディレクターが不在なので瓢箪山の声は弾んでいる。 

 口には出さないが、ここ最近の彼は非常に上機嫌だった。

 

 「よし、これがおつりだ。 また食いに来てくれ。 クソ! この忙しい時にジェルチは何処へ行ったんだ!?」

 「ユルシュルの方へ出張だったけど、終わったって聞いてるから後何日かで帰って来るよ」


 シグノレは頭を抱えて唸るが次の会計が来たので、切り替えて会計を行う。

 

 『では今回のお便りコーナー行ってみましょうか。 えーっとラジオネーム『アルマ次郎』さんからのお便りです。 ありがとうございます。 内容は『最初期から聞いていますが、最近音楽のレパートリーも増えてトークも面白いので楽しませて貰っています。 頑張ってください』ありがとうございます! 皆さんの応援で俺は頑張れてますよ! 次――あれ? 追伸がある?『定期的に転生者で集まって飲み会をやっているので良かったらどうですか?』え? マジ? そんな楽しそうな宴があるの? 行きます、参加したいのでスケジュール調整します。 多分、研究所だよな? 打診するので本当にお願いします。 仲間に入れてくださいマジで! ――あ、ゴホン。 失礼、次のお便り行きますね』


 それを聞いてテーブルを拭いていたアスピザルが小さく笑う。


 『えーっとラジオネーム『所長の一番弟子』さんからのお便りです。 ありがとうございます。 『シング・ストリートの調整を行いたいので都合が付いたら研究所へ来ていただければ幸いです。 ギターの調整(無料)もやるので是非!』 ……あー、完璧に私信ですね。 正直、ギターのメンテは可能な限り自分でやっていますが、触れない部分もあるので無料は助かります。 二重の意味でありがとうございます。 時間できたら顔を出しますので、ちょっとプロデューサーを説得してくれると嬉しいです。 さて、そろそろお天気コーナーに移りたいと思います』


 ラジオがお便りコーナーから天気予報に切り替わった所で客が少しずつではあるが減ってきた。

 ここに来る客の大半はラジオコーナーの進み具合で時間の調節をしている者も多い。

 時計の普及により、今までアバウトだった時間関係が少し厳しくなったので作業員は余裕を持って店を出るようにしているのだ。


 現場と距離が開いている者は天気コーナーが始まったぐらいのタイミングで戻らないと午後の仕事に遅れてしまうので慌てて出て行く姿が散見される。

 昼休みと言っても現場ごとに時間帯が微妙に異なるので、入れ替わりで来る者や近場でのんびりと食事を取っている者もいた。


 街灯設置を皮切りにオラトリアムでは怒涛とも言える開発が進んでおり、オラトリアム内――パンゲアの支配領域では魔力を動力とした設備があちこちに建てられている。

 それは今も続いており、亜人種達は忙しく労働に勤しんでいるのだ。


 開発範囲は徐々に拡大を続け、現在は山脈にまで伸びていた。

 街灯、時計台、ここ最近は噴水の設置まで始め、機能だけではなく景観にも力を入れ始めているので色々な意味で余裕が出て来たのだろうとアスピザルは考えている。


 「色々と落ち着きそうな感じかな?」


 出張していた主力も帰ってきているので、オラトリアムの外の状況も落ち着いて来たと言えるだろう。

 特にメンテナンスが必要な魔導外骨格が全て帰還している所を見ると、戦力面では下げても問題ないレベルまで鎮静化していると言うのは想像が付く。


 ここ最近、話題になっていたユルシュルも早々に殲滅されてしまったので、今では名前すら上がらなくなってしまった。

 諜報に出ていた彼の部下も無事に帰って来るとの事なので、懸念はほぼすべて片付いたと言って良い。


 「いやー、平和っていいね」


 アスピザルはそう呟いて小さく笑う。

 

 『はい、以上で演奏コーナーは終了となります。 名残惜しいですが本日はお別れの時間となりました。 いやー、ここ最近は気楽なので色々とスムーズに済んでいいですね! ずっとこんな毎日が続けば――あ、あれ? い、いやー、プロデューサーさん、いや様じゃないっすか。 いつからそこにいらっしゃったのでしょうか? え? 最初から? 魔法で隠れていた? そんな馬鹿な!? 何でそんな手の込んだサプライズを!? いや、驚かせようと思ったとか絶対嘘だろ!? あ、止めて、ごめんなさい、謝るからこっちこないで、いやほんとすいません勘弁してください』


 ガチャガチャとマイクが雑音を拾い、誰かが走る音と悲鳴のような声が微かに響き――放送が終了した。

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