第789話 「回帰」

 葛西 常行だ。

 ユルシュルでのやるべき事を片付けた俺は早々に王都へと引き上げた。

 久しぶりの大きな仕事だったので疲れたのか、自室へ帰り着いてベッドに倒れ込むとあっさりと意識が落ちて泥のように眠る。


 翌日からはいつもの仕事に復帰した。

 六串さん達が数日は休んでもいいと言ってくれたが、体を動かしていた方が気楽だったので大丈夫と仕事に戻ったのだ。


 午前中は抜けていた間に何か変化があったのかの確認。

 基本的に俺達異邦人の仕事は教団自治区の警備関係だ。 自治区内でのトラブル処理は大抵は俺達に振られる。

 

 ……とは言っても総件数は多くない。

 

 精々、喧嘩やアイオーン教団が気に入らないって連中の嫌がらせを適当にあしらうだけとなる。

 以前は北間や六串さん、為谷さんの三人でローテを組んでいたが、道橋と飛さんが加わった事で多少は幅が出来た。


 そろそろクソガキコンビにも仕事を振りたいがもう少しかかりそうだ。

 ただ、言語はともかく体力の方は随分と付いて来たようで、恒例のマラソンもここ最近は涼しい顔でこなせるようになってきていた。


 少なくとも体力面では問題なくなってきたのでそろそろ戦闘訓練を受けさせる時期かと考えている。

 竹信もそこそこ動けるようになってきているので、この調子ならクソガキコンビと同じタイミングで戦闘訓練に移行してもいいかもしれない。 ちなみに残りの二人はまだかかりそうだ。


 そんな事を考えながら見回りをしていると、当の竹信が木陰で休んでいた。 ベースがカナブンだけあって光沢のある体が日光を反射して少し光っている。

 現在は昼時なので、俺はそろそろミーナの所で飯にしようと考えていた所だが、少し気になる事があったので声をかけた。


 「よぉ」

 「あ、葛西さん。 どもっす」


 竹信は支給されたおにぎりを齧りながら、木製の水筒で水を飲んでいた。

 ここ最近はオラトリアムから米が流れて来るので、握り飯が喰えるのは本当にありがたい。

 隣、いいか?と聞いて、竹信が頷いた所で腰を下ろす。


 竹信は何を言われるのだろうと緊張してるのか、そわそわしながらこっちをじっと見つめて来る。

 俺はどう聞いた物かと考えながらまぁ、ストレートに行くかと捻らずに質問をした。


 「この前に逃げた連中居ただろう?」

 「……はぁ、まぁ、いましたね」

 「お前は何で行かなかったんだ?」


 気になったのはそこだった。 こいつの性格上、他に付いて行って消える可能性はかなり高かったと俺は見ていたからだ。

 

 ……にもかかわらず残ったのは何か理由があるのだろうか?


 それが少しだけ引っかかったのだ。

 正直、こいつの性格上、逃げ出す物かとも思っていたので逃げずに残った事が意外だった。

 訓練の方もサボらずに参加しているので、何か心境の変化でもあったのだろうか?


 竹信はあぁと小さく頷く。


 「いや、実を言うと井戸本に誘われはしたんすよ。 ぶっちゃけ、逃げたいなーとは思ってたんで迷いはしたんすけど、具体的にどうするんだって聞いたらあいつらノープランとかいうもんだから流石に付き合えないかなって思って……」

 「逃げたらいい思いが出来たかもしれないのにか?」


 俺がそう言うと竹信は小さく笑う。


 「まー、チラッとはそう思ったんすけどね。 ここでしごかれてちょっと考えたんすよ、言葉も碌に分かんねーのに外に出てやってけんのかなーって」


 思ったよりまともに考えてた発言だったので少し意外だった。

 とにかく楽したい楽したいって感じかとも思ったんだが、こいつなりにも思う所があったのだろう。


 「ほら、俺って早い段階で拾われたクチなんで、外の事もよく分かんないし、ここでやっていくか出て行くか決めるのはもうちょっと――せめて言葉ぐらいは使えるよーになってからかなーって……」

 「そうか。 それで、今の所はどう思う?」

 「……分かんねーっす。 正直、この街の外にまともに出てないんでその辺を決める意味でももうちょっとここで頑張るつもっりすよ」


 竹信は器用に肩を竦めて見せたので俺は小さく笑って返す。

 聞きたい事も聞いたので立ち上がって邪魔したなとだけ言ってその場を後にした。

 



 

 「カサイ君じゃない! 最近、顔を見せてないからどうしたのかと思っちゃったわー」


 場所は変わって影踏亭。

 何だかんだでここ最近、顔を出せていなかったからミーナの顔を見るのも久しぶりだな。

 

 「どうしたの? 仕事忙しかったの?」

 「あー、何と言うか……」


 これってどこまで喋っていいんだろう?

 守秘義務ってどの辺まで適用されるんだろうか……行った所ぐらいはありか?

 

 「まぁ、ちょっと、ユルシュルの方に、な」

 「え!? この間、すっごい戦いがあったって所!? 大丈夫だったの?」

 「見ての通り、大丈夫だ」

 「や、全身鎧だから分からないかな? ささ、兜を脱いで脱いで」


 ミーナは俺の体をよじ登って兜を剥がそうとするのを適当にあしらいつつ席に案内して貰おうと――


 「あ! カサイじゃない! こっちよこっち!」

 「……ん? ゲッ!?」


 思わず小さく声を上げる。

 店の奥まった席に着いていたのは二人の女の子、モンセラートとイヴォンだ。

 身分を隠しているのか普段の修道服ではなく、地味な普通の服だが何でこんな所に居るんだ!?


 ……あぁ、そういえば何かあったな……。


 確かモンセラートが偶に姿を消すから見つけたら保護して自治区まで連れて来るようにって回覧が回って来ていたような……。

 関係ないって流していたが、これヤバいんじゃないか?


 「あれ? カサイ君の知り合い? 相席する?」

 「いいわ! 知り合いだからこっちにきなさい! 一緒に食事にしましょう!」  

 

 ……えぇ……。


 一応、元枢機卿って偉い立場の人間ってのは聞いているのであんまり絡みたくないなぁ。

 とはいっても断るのも感じが悪いので、頷いて同席。

 注文を取った後、モンセラートはニヤニヤとこちらに視線を向けて来る。


 「な、なんだよ?」

 「なにー、さっきの娘と随分と仲が良さそうだったけど、カサイのお友達ぃ?」

 「ちょっと……ダメだよそう言う事をいっちゃ……」


 玩具を見つけた子供のようなモンセラートとそれを窘めるイヴォン。

 モンセラートに関してはユルシュルへ向かった時に一緒だったので、ちょっと生意気なお子様って感じなのが第一印象だったが、戦場で使っていた権能の凄まじさを見ているので軽く見るつもりはない。


 ……ただ、俺を弄って遊ぶのは勘弁してほしいものだ。


 「一応、この店の常連でね。 それだけの話だ。 俺の事はどうでもいいだろ。 そっちこそ何でまたこんな所に? 確か自治区から出るな――ってか出すなって触れがこっちにも来てたんだが?」

 「教団自治区は一通り見たから他を見ようと思っただけよ!」

 

 いや、なら護衛を付けろよと言う言葉は呑み込んでイヴォンへと視線を向けると、彼女はそっと目を逸らす。


 「……あの、モンセラートは一人で外に出すと迷子になるから……」


 ぼそぼそとそう言ったイヴォンの言葉にあぁと納得した。

 抜け出すのは止められないからせめてお目付け役として付いて行こうと。


 「……ってかこれクリステラさんは知っているのか?」


 俺がそう言うとモンセラートはそっと目を逸らす。

 おいおい、これ絶対にヤバい奴じゃないか?

 

 ……どうした物かと考えたが――うん、見なかった事にしよう。


 「まぁ、俺は見なかった事にするが、ちゃんと次からは護衛を付けるかクリステラさんに許可を取れよ」

 「勿論、分かっているわ!」


 絶対ぇ分かってねえだろと思ったが、今度エルマンに会ったら耳にだけは入れておこうと考え、ぎゃいぎゃいとやかましいモンセラートを適当に相手にしながら食事が来るのを待った。

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