第775話 「現場」

 ユルシュル軍を撃破した後、王国軍とそれにくっ付いている面子は東――要はユルシュルの本拠へと進軍。

 騎士国として成立する前の旧ユルシュル領の近くで待機している。

 俺は本体に合流する為に部下を引き連れて馬で向かっている途中なのだが――


 ――そちらも片が付いたようですね。


 ――えぇまぁ、聖剣があったので何とかなりましたが、なかった時の事を考えるとゾッとしますがね。


 移動中の時間を利用してファティマに連絡を取っていた。

 正直、会話するのが苦痛な相手だが、嫌だからと避けるわけにはいかないのが辛い所だ。

 

 ――こちらも厳しい戦いでしたが、どうにか撃退する事が出来ました。


 何がどうにかだ。 どうせ前と同じで瞬殺したんだろうと言ってやりたかったが、言える訳がないのでお互い大変でしたねと適当に相槌を打つ。


 ――それで何か分かった事はありましたかね?


 同意しつつさり気なく探りを入れるが、返って来たのは殆どが既知の情報だった。

 魔導書の出所はホルトゥナと言う組織。 転移魔石による物資の輸送。

 唯一の収穫はその頭目であるベレンガリアという女が現在、ユルシュルに滞在している事ぐらいか。


 正直、クリステラが捕縛したと言うゼルベルとか言うユルシュルの次男坊から吐かせる事が出来そうな情報だったのであまり有益とは言えなかった。

 

 ――……お互い危機を脱したのは喜ばしい事とは思いますが、オラトリアムとしては今後、どう動くつもりなんですかい?


 本音を言うなら押し付けてしまいたいが、そう上手くもいかないだろう。

 ユルシュル王が本拠まで攻め込まれて何の対策も練ってないとは考え難い。

 何かしらの罠か仕掛けがあるかもしれないので、せめてオラトリアムにその辺の見極めの手伝いをして欲しいと言うのが俺の本音だ。


 ――本来なら協力したい所なのですが、こちらも相応の被害が出たので少し立て直しが必要となります。 申し訳ありませんが、ユルシュルへの対処はお任せしようと考えています。


 ……おいおい、まさかの丸投げかよ。


 意図に関しては何となくだが察しは付いている。 要はホルトゥナの連中に手の内を見せたくないと言った所か。 慎重なのは取り逃がす事を確信しているからだろう。

 

 ――音に聞く魔導書。 その力は凄まじく、聖剣を持たない私達では退けるだけで精一杯でした。


 余りの白々しさに眩暈すら覚えるが、聖剣を引き合いに出されると言い返し辛いな。

 一瞬、どの程度の被害が出たのかと質問しかけたが、この女を相手に深追いは危険すぎる。

 欠片も納得していないが、ここは頷いておくしかないな。


 ――分かりました。 ユルシュルに関してはアイオーン教団と王国で対処しますよ。


 ――えぇ、よろしくお願いします。 食料や物資の支援であるなら商会を通じて依頼して頂ければ、多少であればそちらに提供させていただきます。 では、何か分かりましたらこちらにも一報を。


 俺は分かりましたと返事して通信を切断。 一先ず、胃の痛くなる時間は終わりだ。

 今回、オラトリアムは最低限の支援に留めて静観するつもりか。

 高みの見物を決め込むつもりなのは面白くないが、いらない横槍が入らないと前向きに考えておこう。


 次に連絡を取ったのは前線だ。 ユルシュルの動きは細かく把握しておきたかったので、こうして移動中も定期的に連絡を入れて確認はしているが、今の所は動きはないらしい。

 変化があれば連絡するように言ってあるので、便りがないと言う事は変化がないと分かりはするのだ。


 ……妙だな。


 ユルシュル王は態度はでかいが本質的には小心者と言った印象を受けたので、少しでも不利を悟れば何かしら言って来るかと考えていたがそれもなし。 一度会った時の印象が正しければ、まず言い訳なりなんなりと正当性を訴えてから自分は悪くない趣旨の主張をして保身を図ると読んでいたのだが、それもなし。 動きがなさすぎる事に不気味さを覚える。

 

 一体何を考えているのか。

 考えられるのはまだ何かしらの勝算があるか、もう自分の意思で判断が出来ない状態にあるかだ。

 前者であるなら面倒だがまだマシ、後者なら最悪だろう。


 仮に捕縛しても碌に情報が取れない可能性が高いからだ。

 

 「……取りあえず。 細かい動きは向こうに着いてからか」


 思わずそう呟く。

 視線を遠くにやると小さく砦等でガチガチに固められた要塞の様な都市が見えて来た。

 その威容に前より酷くなっているなと内心で溜息を吐く。


 ……あぁ、帰りてぇ……。




 到着後、改めて近くで見ると――まぁ、大した物だと言った呆れが混ざった感想しか出てこない。

 バラルフラーム攻略戦の際に立ち寄った時も砦や検問等、出入りにかなり厳しい制限をかけていると感じていたが、今では砦が連なるように並び門はウルスラグナの王城と同等の巨大で頑丈そうな代物に変貌していた。


 これはもはや街ではなく要塞と呼称する方が適切だろう。

 問題は出入りに制限をかけ過ぎた所為で物流が滞って居る事と、あれだけの代物を作る資金を何処から捻出したかだ。

 そっちに関しては来る途中に散々見て来たので考えるまでもない。


 寂れた村や街、ガリガリに痩せた民。 あの様子では間違いなく餓死者が出ているな。

 一部の街では食料の配給などが行われていたが、恐らく先行した連中が見かねて置いて行った物だろう。

 

 余り気軽にバラ撒けるほど余裕があるとは思えなかったのだが、オラトリアムから食料等の提供は受けられるので、そこまで大きな問題にはならないだろう。

 あそこの商会は国内全土に広がっている為、依頼すればすぐにでも物は届く。


 「だが、ここまで酷いと復興に手間がかかるな」


 ユルシュルの外縁は特に酷い有様で、まともに機能するようになるまで何らかの形での支援が必要となるだろう。

 餓死者や食うに困って賊に身を落とす者も多いようで、村や街の再編等も必要になって来る。

 王国の仕事にはなるのだろうが、アイオーン教団は治安維持の一部を受け持っているので無関係と言えないのが辛い所だ。


 そして王国軍はそのユルシュルから少し離れた所で大規模な陣地を構築し、現在野営中だ。

 一通り外の様子を見終わった俺はアイオーン教団に割り振られた野営地――中でも一番大きな天幕へと向かう。


 外から声をかけて返事が返ってきたことを確認して中へ入る。


 「エルマン聖堂騎士ですか。 来てくれて助かります」

 「あら、エルマン? 貴方も来たのね」


 中に居たのはクリステラとモンセラートだ。

 何故かモンセラートがクリステラの髪を弄っていたが、特に気にせずにようと挨拶する。

 

 「……すまん。 嫌な役をやらせたな」

 「いえ、私が自ら望んで行った事です」


 何か気の利いた事でも言おうと思っても出て来た言葉は謝罪だった。 クリステラは何を察したのか苦笑で返す。


 クリステラが聖剣で叩き潰した連中の数は千じゃ利かない。 報告では最早、戦闘と呼べるような代物じゃない程に一方的な展開だったようだ。

 本来なら聖女に化けさせてやらせるつもりだったのだが、本人がそれを嫌って素顔を晒したようだ。

 後で聖女に悪評が立たないようにする為だろうが……。


 ……どいつもこいつも何故進んで損な事をしたがるんだ。


 俺が筆頭かと考えて胃がしくしくと痛む。

 

 「取りあえず。 侵攻に関してはどうにかなったが、問題はこの後だ。 俺が来るまでの間、ユルシュルに動きがなかった事を考えると連中――というより、あの王さま擬きはまだ何か仕込んでいる可能性が高い」

 「それは私も感じていました。 あの街から嫌な気配がします」

 「ま、これだけ派手にやられてだんまりなのだから何かあるって考えるのは割と自然だと思うわ!」


 他の二人も同じ意見だったのか特に異論は挟んでこなかった。

 

 「取りあえず、少し様子を見てからの方が良さそうだ。 得体の知れん戦力を抱えている可能性もあるしな」


 それに例の逃げた異邦人共の事もある。 本当にユルシュルに来ているのならあそこにいる可能性が極めて高い。

 取りあえずオラトリアムから物資が届くまでは周囲を固めて様子見になりそうだ。


 俺は早く済ませたいと思いつつ不安が拭えず、無意識に腹を押さえた。

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