第774話 「此先」
「――終わったか」
正直、見えて居た結果だったので俺――エルマンは特に感慨も抱かずにそうかと返事して連絡して来た部下に労いの言葉をかけて通信を終了した。
……まぁ、順当な結果だったな。
ユルシュル軍はほぼ壊滅。 生き残りは全体の二割にも満たない数で、現在は武装を解除して捕縛。
中には敵の指揮官だったユルシュルの次男も含まれていたようだ。
大将の捕縛が成った時点で、ユルシュル軍からは戦意が消えて投降となった。
こちら側の損害は軽微、死者はゼロではなかったが殆どいない。
「さて、一先ずは何とかなったが……」
俺が今いる場所は自分の執務室だ。
椅子に座って首を背もたれに預け、視線を天井に向ける。
考えるのはこれからの事だ。 侵攻して来た連中の処理は済んだ以上、王都に関しては問題ないだろう。
聞けば何を血迷ったのかオラトリアムに同時侵攻を仕掛けるという命知らずな真似をしたようだ。
例の魔導書にどれだけ自信があったのかが窺える。
……確かに魔導書は凄まじい性能だったようだ。
アイオーン、グノーシスの水準で照らし合わせるなら、聖殿騎士でも聖堂騎士と同等の戦闘力を身に着けられるとの事なので、その効果は極めて高いと言えるだろう。
ただ、連中は聖剣の力を過小評価した――し過ぎたと言ってもいい。
「……だがそれを差し引いても腑に落ちない点が多いな」
ユルシュルは馬鹿だが、最低限の慎重さは持っているようにも見えた。
いくら魔導書という明確な勝算があったとしても二正面作戦なんて馬鹿な真似を軽々に行うだろうか?
そう考えるとその魔導書の存在が思考にチラつく。
十中八九、仕入れ先はホルトゥナだろう。
ジャスミナとは別で転移魔石を持ち込んで、ユルシュルに送ってきたと言った所か。
そうなるとユルシュル王は上手く乗せられた可能性が高い。 つまりはホルトゥナ――ジャスミナの妹が裏で糸を引いていると見ていいだろう。
「目的はこちらの戦力評価って所か」
完全な正解ではないのかもしれないが、大きく外していない自信はある。
そうでもなければオラトリアムと同時に攻めさせるなんて真似はしないだろう。
少なくとも俺なら片方を潰してからもう片方に対処するな。
……だとするとクリステラの聖剣を見せたのは失敗だったかも――いや、犠牲を減らす意味でもあれ以上の選択肢はなかったか。
そう考えるとこの先の動きに悩む。 王国側からは追撃に入りたいと言う打診は早い段階で来ていたので、現在こっちの返事待ちの状態だ。
頷く前に戦闘の詳細を聞いてからと保留にしていたのだが……。
もしホルトゥナの目的が俺達の手の内を探る事なら、このまま行くと連中の思惑通りになってしまう。
正直、クリステラ達を行かせたくないのだが、もう手遅れだろう。
エロヒム・ギボールにモンセラートの権能も見られている可能性が高い。
……後はオラトリアムに行った連中の事か……。
こちらに来たのと同等の戦力を送り込んだはずなのだが、突然平野に現れた森に消えてそれっきりと言う恐ろしい報告が来た。
その森もしばらくしたら消滅するという後日譚まで付いてくるのでもう恐怖しかない。
以前に疑っていた転移魔石を保有していると言う説に信憑性が出て来たな。
間違いなくユルシュルの連中は皆殺しにされたか、生きていたとしても碌な目に遭っていないだろう。
この様子だとオラトリアムの連中もホルトゥナの意図に気付いていると見ていい。
ここまで戦力の詳細を隠す事を徹底していると言う事は、見せたくないか見せられないかのどちらかだろう。
……流石にこの辺の読みは向こうが上か。
保有している情報量の差かもしれんが、最初から対策していたと見ていい。
こっちにも情報を回せよと言いたいが、
「……あぁ、くそ。 結局、割を食うのは俺達か」
聖剣の力を見せてしまった以上、王国側はクリステラの戦力を当てにしてくるだろう。
戻すにしても余程の理由がないと納得しないだろうし、もう行かせるしかない。
ユルシュルには間違いなく勝てるだろう。 だが、ホルトゥナの関係者は確実に取り逃がす。
転移魔石を保有しているのが分かっている以上、もうどうしようもない。
連中はこっちの手の内の情報を集めるだけ集めたらさっさと消えるだろう。
そうなればどうなる? 情報を集めるだけで終わりの訳がない。
確実に何らかの形でこちらに何かしてくるだろう。
そもそもジャスミナの話では妹はグノーシス教団と――
「……そう言う事か」
つまり次の相手はグノーシスになるって事か。
最悪だ。 この先の事を考えるだけで胃が痛くなってくる。
ユルシュルを仕留めたとしても今度は連中が攻めて来るって事か。
リブリアム大陸での事を考えると、聖剣の為にどれだけの戦力を送り込んで来るのか想像もつかん。
アープアーバンがあるとはいえ、そこに聖剣があるとはっきりしている以上は間違いなく取りに来るだろう。
エロヒム・ギボールを見られた以上はそれを理由にすれば大義名分も立つ。
教団から聖剣を奪った者から奪還すると言った名目が、だ。
ホルトゥナは隠れ蓑で実際の所、ジャスミナの妹はグノーシスの間諜と見るべきだろう。
正直、飛躍しすぎの考えであって欲しいが、そうもいかないだろう。
最悪の場合、聖剣を差し出す事も――駄目だ。 例の携挙の詳細が不明な状態で聖剣を引き渡すのは場合によっては自殺行為となる。
いっそ、聖剣を餌に情報を引き出す? それとも――
ぐるぐると様々な考えが浮かんでは消える。
「……はぁ、どちらにせよ今考える事じゃないか」
もうクリステラを使ってしまったので手遅れだ。
出来る事と言えばユルシュルを叩き潰して、可能であればホルトゥナの連中を始末出来ればいい。
捕縛は例の勝手に死ぬ仕掛けもあって無駄に終わる可能性が高い。 だったら余計な事を余計な奴に言いふらす前に仕留めちまった方が何かと都合がいいだろう。
「取りあえず、ルチャーノに返事をしてさっさとユルシュルを落とすとするか」
準備に時間もかかるだろうし、今回は俺も行った方がいいか。
連中の真意を見極める意味でもユルシュルで何が起こったかは知っておくべきだろう。
方針を決めた俺は立ち上がると、痛む胃を宥めながら重い足取りで部屋を後にした。
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