第771話 「後悔」

 正直な話、ここに来るまでに嫌な予感はしていたのだ。

 ゼンドルは父親に似て短気ではあったが、将としての気質はそれなり以上に備えていた。

 ユルシュルが困窮する切っ掛けとなった事件。 一人も帰らなかった騎士達。

 

 文字通り降り注いだ死体の山。 それだけの規模の戦闘があったにもかかわらず詳細が一切不明の敵戦力。

 賠償でかなりの金銭を持って行かれている事を抜きにしても圧倒的な財力差。

 周囲を併呑する際の手際だけで見ても子供のように癇癪を起すだけのユルシュル王とは格が違う。


 そう、慎重になるべき材料はいくらでもあったのだ。

 もしかしなくても頭のどこかではこうなる事が分かっていたのかもしれないと自嘲する。

 

 ――だが、自分には別の道を選ぶ事なんてできなかった。


 ユルシュルの長男として生まれ育ったのだ。

 次の王足る者として在れと育てられたが、実質は王の使い走り。 つまりは道化だ。

 

 「は――は、はは、ゴホッ、ゴホッ!」


 余りの滑稽さにゼンドルは笑いながら咳き込む。

 肺の空気と一緒に傷ついた体内のどこかから逆流した血液が口から零れる。

 彼の視界には青い大空がいっぱいに広がっていた。 何故なら彼は地面に倒れていたからだ。


 顔を横に向けるとさっきまで威勢よくユルシュルの強さだの誇りだのと喚き散らしていたバウードだった物の残骸が転がっていた。 何をされたのかゼンドルには今一つ良く分からなかったが、自分と一緒に転移して来た者達は残らず殺されてしまったと言う事だけは良く分かった。


 内心の不安を魔導書という分かり易い力と自信で誤魔化しはしたものの結果はこれだ。

 文字通りの瞬殺だった。 現れたオラトリアムの軍勢とその大将らしき、ヴァレンティーナと名乗る女の降伏勧告を撥ね退けて仕掛けたのはいいが結果はご覧の有様だ。


 部下は早々に皆殺しにされ、彼自身も深い傷を負っていた。

 悪魔と融合していた事と運もあったのか、即死はしなかったがかなり深い傷が体に刻まれている。

 大量に出血した所為か力が入らず、立ち上がるどころか剣すら握れない。


 こうなる直前までは自分はユルシュルの次代を担う王だと息巻いていたが、深手――恐らく致命傷を喰らって倒れ、死を身近に感じると一体自分は何にこだわっていたのだろうかと言った気持ちになるのだから不思議な物だとゼンドルは自嘲する。


 仮に致命傷ではなかったとしてもこの状況では変わらないだろう。

 ゼンドルは「あぁ、自分はここで死ぬのか」と考えて薄ら寒い気持ちになった。

 脳裏に瞬くのは無数の後悔。 ここでこうすれば良かったといった意味のない思考だ。


 ――罠に警戒して無理にでも森を迂回するべきだった。 いや、そもそも前に出るべきではなかった。 いや、それ以前にオラトリアムを敵に回すべきではなかった。 いや、そんな事よりもあのベレンガリアとか言う胡散臭い女の話を聞くべきではなかった。


 彼の後悔は瞬く間に時間を遡り――結論に至った。

 こんな家にいるべきじゃなかったと。

 そう考えて愕然とする。 皮肉な事に彼が馬鹿だと蔑んだ妹こそが最も正しい選択肢を選んでいたのだ。

 

 次いで沸き起こったのは笑いだ。 本当に馬鹿なのは自分だったという事実がおかしくて仕方がない。

 ゼナイドの自分を馬鹿にしたような表情を思い出して更に笑えて来る。

 逆の立場でも同じ反応をしただろうからだ。


 「やぁ、楽しそうだね?」


 いつの間にかゼンドルの傍にはヴァレンティーナが立っていた。

 どうせ勝てない事は分かり切っているので、特に抵抗しない。

 恐らくとどめを刺しに来たのだろう。 あれだけ馬鹿みたいに笑っていれば誰でも気が付く。


 当然だと思いつつ、殺すならせめて楽に逝かせて欲しいとぼんやりと考える。

 ヴァレンティーナが薄く笑ってパチンと指を鳴らすと地面が隆起して岩の様な物が現れた。

 彼女はそこに腰を下ろすとゼンドルを見下ろす。


 「こ、殺さ、ないのか?」

 「そのつもりだけど、今部下が死体の処理をやっていてね。 終わるまで暇なんだよ。 良かったら話相手になってくれないかな?」

 

 ゼンドルは彼女の発言が意外だったのか、思わずその顔へと視線を向ける。

 美しい女だった。 短い髪に中性的ではあるがしっかりと女性としての色気も備えている。

 その目はゼンドルに真っ直ぐ向けられており、瞳に浮かぶのは気まぐれに小動物と戯れようかといった驕りとこの生き物は何をしてくれるのだろうかといった好奇心。


 「まぁ、話を振ったのはこっちだし、君が興味を持ちそうな話をしようか? 取りあえず、君の連れは全滅したよ。 皆殺しにはしていないけど、碌な目には遭わないだろうね」


 ゼンドルはあぁそうだろうなと特に疑う事もなく納得した。

 自分達でこの有様だ。 他が違うと言う事はあり得ないだろう。 

 

 「い、意外、だな……」

 「何がだい? おっと、その状態じゃ話し難そうだね」

 

 ヴァレンティーナはゼンドルに治癒魔法を使用して大きい傷を塞ぎ、痛みを和らげると「続きをどうぞ?」と促す。

 楽になったゼンドルは呼吸を整えると言いかけた言葉を続ける。 


 「オラトリアムは敵対者は容赦なく皆殺しにすると思ったが?」

 「そうだね。 その認識で正しいとは思うけど、寧ろ気の毒なのは生き残った方だったりするんだよ」

 

 意図が分からずゼンドルは小さく首を傾げる。


 「僕の妹は四人居るんだけど、その内の二人は姉と悪い意味で似ていてね。 元々、余計な事をしたり予定を狂わされるのが気に入らないって性格だから、今回の君達の侵攻に随分とご立腹だ」

 

 そこまで聞けば察しの悪いゼンドルでも生き残った者達がどんな未来を迎えるのかが容易く想像できてしまう。


 「その二人と当たったのならご愁傷様だね。 残りの二人は容赦なく皆殺しにしたらしいから、そこまで苦しまなかったんじゃないかな?」

 「……ならここに飛ばされた俺は運が良かったと言う事か……」

 「かもね。 僕も拷問は必要であればやるけど、他者の苦痛を見ても特に何も感じないから好き好んでしたい事じゃないかな?」


 ヴァレンティーナはそう言って小さく肩を竦める。それを聞いてゼンドルは少しだけほっとする。

 どうやら死ぬにしても楽に逝けそうだと確信したからだ。


 「さて、僕ばかり喋っているのも不公平だし、今度は君の話をして貰おうかな?」

 「は、悪いが剣ばかり振って来たので女を喜ばせる話は難しいな」

 「そうかい? なら僕の質問に答えるっていうのはどうだい?」


 それなら自分にもできそうだとゼンドルは小さく頷いた。

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