第767話 「絡罠」

 ユルシュル軍が引っかかった罠は単純な代物だった。

 森に偽装した平野の地中深くに転移魔石を仕込み、エリアを区切って転移させる。

 その為、森の全域には一定間隔で同じ仕掛けが張り巡らされていたのだ。


 ――何処から森に侵入しても罠にかかるように。


 こうしてユルシュル軍は五つに分割され、ティアドラス山脈内に作った平地へと飛ばされる事となった。

 転移されてきた一団を見てグアダルーペは外れかと小さく鼻を鳴らす。

 ざっと眺めるが指揮官クラス――要はユルシュルの係累が居ないので、自分が引いたのは雑魚ばかりの外れだろうと悟り小さく舌打ち。


 彼女はユルシュルに対して非常に強い不快感を抱いていた。

 グアダルーペにとってラジオ番組の放送中は玩具瓢箪山で遊べる癒しの時間だったのだが、対策会議や作戦の準備などで現場に駆り出されており、ここ最近はラジオ番組の方に顔を出せていない。


 その為、非常に不機嫌だったのだ。

 ちなみにその瓢箪山は怖いプロデューサー兼ディレクターが居ないので、心穏やかにパーソナリティーとしての仕事をしており、放送中はとても上機嫌だったりするのだが、幸か不幸か彼女は知らない。


 ――ともあれ、グアダルーペはこの苛立ちを解消する為にユルシュルの指揮官にありとあらゆる苦痛を与えようと決めていたのだが、引き当てた者が好きにしていいと事前に取り決めがあったので指揮官のゼンドルの処遇は他の姉妹が決める事となるだろう。


 「……指揮官が居ないと言うのであれば取るに足りない雑魚でしょう。 面倒ですが、早く片付けるとしましょうか」


 グアダルーペは<交信>で配下に連絡を取るとユルシュルを包囲している大量の人型レブナントが戦闘態勢を取る。 

 対するユルシュル軍も全員が魔導書を起動しており、既に臨戦態勢だ。

  

 「情報通り、全員が魔導書持ち。 使用段階は一か二。 三以上が居ないのなら問題ないでしょう」


 では始めるとしましょうと、グアダルーペは腰のホルダーに納めていた魔導書を取り出して開く。


 「オラトリアムに牙を剥いた罪。 その身で贖え。 <第三レメゲトン:小鍵アルス・パウリナ 『怠惰スロウス』> 『Σλοτη怠惰は穏 ρεσθλτςやかな無 φρομ力から生 ψαλμまれるも ηελπλεのでσσνεσςある.』」


 同時に戦場を不可視の何かが伝播。

 

 「な、何だ? 何が――」


 ユルシュルの者達もそれを悟って警戒をするが、変化は唐突に訪れた。

 全員の体から凄まじい勢いで魔力が漏れているのだ。


 「くそ、何だこれは!? 魔導書に魔力がどんどん吸われる!?」

 「早く解除しろ! このままでは魔力が空になるぞ!」


 それを見てグアダルーペは目を細めて愉悦の笑みを浮かべる。

 第三レメゲトン:小鍵アルス・パウリナ

 本来なら呼び出した悪魔との精神的な融合を果たし、固有の能力を引き出す位階なのだが、ヴェルテクスとアスピザルによる改造を施され本来は呼び出せない悪魔と繋がる事でその存在の固有能力――権能を使用可能とするに至ったのだ。

 

 そしてグアダルーペと最も相性の良かったのは『怠惰』。

 能力は起動中の魔法の消費魔力増大。 特に第一小鍵を使用している者は常に魔法を使用している状態と変わらないのでその効果は絶大だった。

 

 ただでさえ燃費の悪い悪魔との融合は権能の影響下に置かれた結果、瞬く間に彼等の魔力を食い潰したのだ。 肉体融合をしている者達には覿面に効いたが、第二小鍵――悪魔を使役している者は魔力源を外に置いているので比較的症状が軽い。


 「さて、包囲された上に時間までなくなりましたが、どう動きますか?」


 グアダルーペは目を細めて相手の出方を見る。

 敵は全員が権能の影響下に入っている以上、早く動かないと何もしていない内に全滅となるだろう。

 それならそれでいい。 動けなくなった所で全員、拷問室でたっぷりと持て成す事にするだけだ。


 当然ながら何もせずに屈するなどユルシュルの者達は許容しない。

 全員が真っ直ぐにグアダルーペへと突撃。 後衛も一緒になって向かって来るところだけは素直に評価した。 権能の効果範囲は味方を巻き込まないように敵を中心にドーム状に展開しているので、効果範囲外に出ようとするのは悪くない判断だ。


 中にはそこそこ目端の利く者が居たと言う事だろう。

 ただ、判断としてはマシというだけで、良手か悪手かで判断するなら――悪手だ。

 グアダルーペはつまらないといった表情で魔導書を閉じる。


 それにより権能の効果が消失。 同時にユルシュルの者達の足元から大量の植物の蔓が噴出。 

 次々と彼等を絡め取る。 この植物はパンゲアの一部で、接触した相手から魔力を吸い取る性質がある。

 

 「な、何だこれは!?」 「くそっ! 剥がれない」

 「魔力を吸われているぞ!」「ダメだ……魔導書を維持できな――」


 全員が動きを封じられた所で、グアダルーペはつまらないと嘆息。

 わざわざ敵に見せびらかすように権能を使用したのは罠に誘い込む為だ。

 完全に包囲された状態で、魔力を減らされて時間も奪われれば手っ取り早く対象であるグアダルーペを狙うのは目に見えていた。


 馬鹿正直に全員で正面から突っ込んで来るとまでは思っていなかったので、ここは嬉しい誤算だった。

 

 「身分が高そうな騎士は後で拷問するので手足を切断して捕縛。 それ以外はパンゲアの肥料にするので首を刎ねて放置で構いません。 装備などリサイクルできそうな物は可能な限り剥ぎ取るように。 ただ、魔導書は鹵獲しても意味がないので数を確認した後に全て焼き捨てなさい」


 てきぱきと部下達に指示を出した後、グアダルーペは部下に後は任せるので、何かあれば連絡するようにと言い残して現場を後にした。

 副官を務めていたレブナントは去っていったグアダルーペを見送った後、部下に指示を出す。


 彼等は無機質に指示を遂行する。

 蜘蛛の巣に引っかかった虫のようにもがき続けるユルシュルの者達を取り囲み――その後に起こったのは虐殺ですらない作業だった。


 「ひっ!? 止めてくれ!」「嫌だ! 死にたくない!」

 「た、頼む! 俺はこの侵攻に実は反対だったんだ!」 「何でもするから命だけは――」


 バリエーション豊かな命乞いの文句を聞きながら彼等は屠殺場で家畜を屠るように淡々と装備を確認し、明らかに身分の低い者は首を刎ねた後、丁寧に装備を剥ぎ取り、残った体は植物が密集している場所に放り込む。


 身分の高そうな者は慣れた手際で手足を落とした後、魔法道具で出血を止め、自殺防止に猿ぐつわを噛ませて肩に担いで運び出す。

 剥ぎ取った装備品は連絡を受けてやってきたオークの回収部隊が持って来た荷車に分類別に分けて運送。


 こうしてこの場に居たユルシュルの者達は全滅した。

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