第766話 「不燃」

 魔導書を用いた高威力の魔法が次々と放物線を描いて森へと降り注ぎ、次々と着弾。

 大半が炎の魔法なので森は瞬く間に炎上する――筈だったのだが……。


 「燃えないな」

 「燃えませんね」


 確かに命中した部分が燃えるのだが、少し経つと勝手に火が消えるのだ。

 煙が収まると森は特に変化はなく、深々と木々が生い茂っている。

 ゼンドルは何度か魔法を撃たせたが効果はなかった。


 「……どう思う?」

 

 ゼンドルは険しい顔でバウードに意見を求めるが、分からないと首を振る。

 燃えはするが何故か燃え広がらない。 損傷が時間経過で元に戻り、魔法の効果が出ていないのだ。

 少しの間、考えていたが分からなかったので現場の人間を何人か呼び出して意見を聞く事にした。


 普段の彼なら激高して進軍と声高に叫んだだろうが、今回はしくじる訳にはいかないので慎重だ。

 呼び出された彼の部下達に意見を求めると、後衛を専門としているだけあって着眼点が彼等とは少し違っていた。


 「先程、魔法を撃ち込んだ感触なのですが、あの森は見た目ほど大きくないのかもしれません」

 「どう言う事だ?」

 

 ゼンドルの質問に部下が頷いて答える。


 「確かに森自体は存在するのでしょうが、恐らく半分以上は魔法か何かで偽装した幻かと」

 「……燃え広がらない理由はそれか」

 「はい、本物の木には魔法が命中したら燃えますが、再生するように何かしらの細工を施している物かと思われます」

 

 確かに燃える物がなければ広がりようもない。

 つまりあの森はまやかしと見て間違いないと言う事だ。

 

 「これだけ仕掛けて何もないと言う事は罠の類があるとも考え難い。 攻撃を止めさせよ! これより進軍する。 森を突っ切るぞ! 文句はないな、バウード!」 

 「はっ! 直ちに!」


 やる事が決まれば後は動くだけだ。 行動とは裏腹にゼンドルは内心で歯噛みする。

 まんまと時間稼ぎに付き合わされた。 やってくれると憤りを表に出さないようにしつつ準備を急がせる。


 こんな小賢しい手に頼ると言う事は迎撃の態勢が整っていない可能性が高い。

 今なら一気に攻められると確信。 ゼンドル率いるユルシュル軍は次々と森へと突入。

 通り抜けるべく真っ直ぐに北を目指す。


 「……なるほどな。 騙される訳だ」


 森に入ってしばらくするとゼンドルは忌々し気にそう呟く。

 理由は森の木だ。 触ろうとするとすり抜ける。

 部下の言った通り、魔法で作られた幻だ。 いつの間にこんな物を仕込んだのかは不明だが、謀られたという事実は彼を大いに苛立たせた。


 それでも部下の手前、我慢したのは彼なりの矜持なのかもしれない。

 

 「この幻影は解除できんのか?」

 

 罠らしき物はなかったが、視界が塞がっているのは居心地が悪い。

 森に入ってから早い段階で部下には調べさせていたのだが、結果は芳しくなかった。

 魔法である以上、発生させている術者か魔法道具の類が在る筈なのだが見当たらないとの事。


 埋まっているのでは?と軽く土を掘らせたがその様子もなし。

 部下の予想では掘り起こすのに手間がかかる程、深く埋められているか術者が何処かに隠れているかとの事だが、前者であれば手間がかり過ぎるのでいちいちやっていられず、後者の可能性を考えて周囲を捜索させているが敵らしき存在は見つからない。


 ――つまりは我慢して進むしかないと言う訳だ。


 木々は幻ばかりではないので、何も考えずに進むと本物にぶち当たる危険もあって、幻と分かっていても避けて進まざるを得ない。

 実際は何もない場所を意味もなく蛇行させられていると考えると叫び出したくなるほどの怒りが込み上げるがどうにか我慢する。


 この怒りはオラトリアムの連中を前にしたときにぶつければいいと必死に自分に言い聞かせ平静を保つ。

 部下に当たり散らすのは士気に影響が出るので、したくてもできなかった。

 そう考えられている時点でゼンドルは比較的ではあるが冷静だったのかもしれない。


 ――だが、この幻影の森を仕組んだ意図までは冷静な彼にも読み切れなかった。


 森の半分ぐらいを通過したあたりだろうか?

 全軍が森に呑み込まれたタイミングでそれは起こった。 周囲が光り始めたのだ。

 

 「な、何だと!? 周囲を警戒!」


 流石にゼンドルの反応は早かったが、その心中は穏やかではなかった。

 この輝きは明らかに魔力の輝き。 自分達の進んでいる森――光り方からして全域で何かが起こっている。 罠という単語が脳裏を過ぎるが、一体どうやって?と言う疑問が多くを占める。


 彼は短慮だが馬鹿ではない。 進みながら罠の有無も確認して周囲の警戒も密にしていた。

 自分の行動に落ち度はなかったと考えたかったが、この状況がそうさせてくれない。

 

 「全員魔導書を使え! 後衛は防御魔法の用意! 異変があれば俺の指示を待つ必要はない! どうにかして身を守れ!」


 周囲の輝きが最大になり――それが起こった。

 

 「なん……だと……」


 目の前で起った事にゼンドルはそう呟く事しかできなかった。

 今の彼には周囲が見え過ぎるぐらいに良く見える。

 それもその筈だ。 幻影の木々が全て消滅し、本物の木は瞬く間に枯れて崩れ落ち、視界が大きく開けて行く。


 開けているだけならそれでいい。 平野に戻り進軍がスムーズになるからだ。

 ただ、問題はそこではなかった。 本来なら幻影が解除されれば周囲は平野で遠くまで見渡せるほどの平坦な大地が広がっていなければおかしい。


 しかし、彼の今いる場所は周囲を山に囲まれた平地。

 意図的に均されたような不自然な程に平らな地形だった。 少なくともこんな場所を彼は知らない。

 ゼンドルは周囲を見回して何とか情報を得ようとするが周りは山ばかりで――山?

 

 そこで気が付いた。 周囲の山は大小様々だが巨大な物は見上げる程に巨大な物がある。

 こんな巨大な山は国内でもそう多くない。 つまりここは――


 「……ティアドラス山脈……」


 そう呟いたのは隣のバウードだ。 彼も同じ結論に至ったらしい。

 ティアドラス山脈。 オラトリアムの北・・・・・・・・に広がる巨大山脈で亜人種の巣窟の筈だ。

 訳が分からない。 何故、自分達は目的地を飛び越えて大陸の北方に存在する未開の地に居るのかがだ。

  

 いや、理解はできるのだが理解したくなかったのかもしれない。

 

 「馬鹿な。 これだけの数を転移だと……」


 動揺しているゼンドルの横で動揺から立ち直ったバウードは直ぐに人員の確認。 

 その様子を見て彼も慌てて自軍の状態を見るが、明らかに数が少ない。

 目算だが四分の一以下と言った所だろう。 恐らく別の場所に転移させられたと見て間違いない。


 そして地形が最悪だった。 何もない平地に周囲はやや盛り上がって丘のようになっている。

 要はすり鉢状の地形となっているのだ。 包囲殲滅するには最高の地形だろう。

 ゼンドルの考えは正しく、彼等を取り囲むように軍勢が現れた。

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