第768話 「更強」

 ユルシュルの者達は息を呑んで目の前の軍勢と対峙する。

 彼等が転移した場所も他と同様に平地だが、他と違う点が一つあった。

 周囲を高い壁に囲まれている事だ。 そして一点だけ欠けるように開いている。


 その先には完全武装した人型の改造種やシュリガーラ、人型のレブナント達の軍勢が布陣。

 明らかに正面からぶつかるつもりで用意された場だ。

 

 「――よく来たなユルシュルの者達よ! 貴様等に用意された道は二つある。 一つは武装解除して投降する事。 そうすれば無体な扱いはせず、可能な限り苦しませないと約束しよう。 場合によっては登用も視野に入れる!」


 そう叫ぶのは全身鎧を身に纏った女――シルヴェイラだ。 兜を外しているのでその顔が良く見えた。

 浅黒い肌に普段は適当に纏めた髪は邪魔にならないようにしっかりと結い上げられており、表情には不敵な笑みが浮かんでいる。

 手には巨大な鈍器――量産型ザ・コアを肩に担いでおり、腰には魔導書。


 「もう一つの選択肢はここで我々に挑み、粉砕されるかだ。 最初に言っておこう。 私は敵に容赦する気はない。 始まれば一人残らず諸君らを叩き潰すと約束しよう」


 さぁ、選べとシルヴェイラは選択を突き付ける。

 ユルシュルの者達はその分かり易すぎる挑発に表情を歪めた。 当然ながらそう言われて投降する程度なら始めからここに居ない。

 どちらにせよ、突き付けられた選択肢は彼等に許容できる物ではなかったので戦う以外に道はない。


 悪魔と融合した者達は各々武器を構え、使役している者は攻撃の体勢を取る。

 それを見たシルヴェイラは歯をむき出しにして獰猛に笑う。

 

 「そう来なくてはな。 では始めるとしようか!」


 シルヴェイラが小さく手を上げると、彼女が連れている者達全員が魔導書を使用。

 悪魔と融合してその姿が変貌していく。


 「な、馬鹿な……魔導書だと……」


 それを見たユルシュルの者達は大きく動揺する。 それもその筈だ。 彼等は魔導書の力という絶対的な優位があるからこそ明らかに罠と分かる状況でも強気の姿勢を崩さずにいられたのだが――

 

 「狼狽えるな! 条件は対等! 騙し討ちしかできぬオラトリアムの弱兵に我等ユルシュルの精鋭が負ける事など有り得ん! 怯まずにここを突破し、ゼンドル様をお助けに行くのだ!」


 ――一人の騎士の声で動揺が収まる。


 彼は代々ユルシュルに仕えている騎士の一人で、剣の腕だけでなく忠誠心も強い。

 そして周囲への影響力も強かった。

 彼の言葉に周りの騎士達は奮起。 目の前の敵を打ち破らんと鬨の声を上げる。

 

 「うぉぉぉぉ! 突撃! 突撃だ!」


 声を上げた騎士は真っ先に敵へと突っ込んでいく。

 ユルシュルの者達は魔導書で強化された人外の身体能力で瞬く間にその距離が埋まり――騎士の上半身が血煙と化した。


 「――は?」


 誰かが呆けたようにそんな言葉を漏らす。

 ついさっきまで雄叫びを上げていた騎士が即座に肉片に変わったのだ。

 何が起こったのか理解が追いつかずに思考が止まる。

 

 「ふん、これなら魔導書は必要ないか」


 そう言ったのはいつの間にか下半身だけになった騎士の傍にいたシルヴェイラだ。

 

 「いつの間――」


 言葉を発しようとした騎士も言い切る前にその首が引き千切れる。

 ユルシュルの騎士達が気が付いた時には少し先に布陣していたオラトリアムの軍勢が既に殴りかかれる距離に居たのだ。 彼等は驚く間すら与えられずに次々と殺され始めた。

 

 オラトリアムの兵達――レブナントは剣や槍などの刃物で敵を斬り刻み、シュリガーラ達は斧やハンマーなどの武器で文字通り叩き潰し始める。

 ユルシュルの騎士達もオラトリアムの者達と同様に魔導書で身体能力を強化しているが、その彼等すら反応できない速度で肉薄し襲いかかったのだ。


 その秘密は彼等の装備にある。

 レブナントや改造種には体の一部――体内に複数の魔石を組み合わせたような装置が組み込まれており、シュリガーラ達は全身鎧。

 

 それはかつてオフルマズドという国で使用されていた臣装と呼ばれる代物で、外部から供給される無尽蔵の魔力を以って使用者を極限まで強化する最高クラスの武具。

 魔導書による強化との併用により、彼等の身体能力はユルシュルの騎士達ですら反応できない程に高められていた。


 シルヴェイラが転移による奇襲と地形による有利を捨て、正面からの戦闘を良しとした最大の理由がこれだ。 オラトリアム内に居る限り、臣装の魔力供給は途切れない。

 そして彼等の装備が使用者に要求する膨大な魔力が賄われている以上、消耗なしでその恩恵を受けられる。


 結果、魔導書で強化されたユルシュルの騎士達が反応できない速度で接近。

 ユルシュルの騎士達は正面から奇襲を受けるという意味の分からない状況となった。

 

 「な、馬鹿な!? 条件は同じはずなのに――」

 

 その後に発生した事は戦闘と呼ぶには一方的な――蹂躙と呼んだ方が適切な出来事だった。

 ユルシュルの騎士達は動揺しつつも果敢に戦いはしたのだ。

 だが、数だけでなく圧倒的な質の差はどうにもならず、彼等はシルヴェイラの宣言通り次々と叩き潰されて行く。


 戦闘が始まって数分も経たない内にユルシュルの騎士達は半数以上が死亡。

 身体能力を強化した者は多少は食い下がれはしたものの、数が違うので本当に数撃耐えただけで殺されてしまうのだ。 使役と言う形で悪魔を召喚している者は間合いに入られた時点で為す術はなかった。


 彼等は支援に特化しているので接近されると非常に脆い。

 それを補う為に召喚した悪魔と前衛の存在だったのだが、その前衛が機能していない以上、彼等はもはや狩られるだけの獲物でしかなかった。


 オラトリアムの者達は冷徹にそして残虐にユルシュルの者達を血祭りにあげる。

 その先頭を行くシルヴェイラはさっきまでとは打って変わって、表情一つ変えずに淡々と量産型ザ・コアで敵を粉砕し続けていた。


 敵の上半身を粉砕する。 下半身を粉砕する。

 運悪く即死せずに激痛に泣きわめきながら命乞いをする敵を粉砕する。

 ザ・コアを掻い潜ってきた騎士の顔面を兜越しに殴って陥没させる。


 地面に倒れて死にかけている敵を踏みつぶして息の根を止める。

 武器を捨てて投降しようとしている者を容赦なく叩き潰す。

 シルヴェイラにとって敵を叩き潰している瞬間こそ、最も気分が高揚するのだ。


 潰す。 潰す。 潰し続ける。 自分の中にある獰猛な何かに従い、無心に敵を屠り続け――

 

 ――その動きを止める。


 「……もう終わりか」


 気が付けば敵が居なくなっていた。

 ぐるりと周囲を見回すが残敵は皆無。 生きている敵は誰一人として残っていなかった。

 彼女の部下達も生き残りが居ないか確認しているようだが、この様子では問題ないだろう。


 「死体の回収を行え。 肉は辺獄に持って行かれる前に畑に撒くので早めに集めるように」


 シルヴェイラはふぅと小さく息を吐いて僅かに力を抜く。

 味方の損害はほぼ皆無。 臣装と魔導書の併用は凄まじいなと小さく肩を竦め、後始末を始めた部下に後を任せて彼女は踵を返してその場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る