第748話 「行方」

 異邦人の居住区に入ると廊下の向こうから誰かが歩いてくる姿が見えた。

 キタマだ。 相変わらずの肉体形状に合わせた風変りな全身鎧に武器の大鎌。

 向こうも俺に気付いたのか小さく会釈してすれ違うが――


 「あー、その、なんだ……」


 しまった。 思わず声をかけちまった。

 正直、無視しても良かったのだが、ミナミの件があったので少しは話をしておくべきだと思っていたからだ。 結局、死なせてしまった上に知らん顔は流石にないなと思ったのだが、何て声をかければいいか咄嗟に出てこなかったのでつい曖昧な言い方になってしまった。


 「……何すか?」


 足を止めてこちらへ振り返ったが、そこで俺は小さく眉を顰める。

 以前と態度が違ったからだ。 喋り方こそ変わっていないが投げ遣りな感じがあまり見られなくなった。

 こいつにも何か心境の変化があったのだろうか?


 気にはなるが、今考える事じゃないな。


 「ミナミの件だが、行くように強要したのは俺だ。 だから聖女には――」

 「いえ、流石にそんな事は言えねぇっすよ」


 キタマは小さく息を吐いて壁に小さくもたれかかる。

 

 「あの時――三波さんが死んじまった時に傍にいたのは俺なんですよ。 ――俺だけなんすよ。 俺だけがあの時、あの人を助ける事が出来た。 なのに、できた事と言えば指を銜えて見ているだけ。 ……俺の所為だ。 俺が殺したような物ですよ。 そんな奴がどうして他を責めるなんてダサい真似――出来る訳がない」


 キタマの口調は重く苦々しい。 言葉の端々に後悔が滲んでおり、少なくとも勢いだけで言っているようにはとてもじゃないが見えなかった。

 俺も何か言おうかとも思ったが、下手な慰めを口にできる雰囲気じゃない。

 

 「聖女さんには君の所為じゃない、自分の都合で俺らを連れてったから責めるんだったら私を責めろって言われちまって、何と言うか居たたまれなくって……」

 「……そうか」


 結局、俺は相槌を打つぐらいしかできなかった。

 こればかりは他が何かを言ってどうにかる物じゃなく、自分で折り合いを付けて行くしかないからだ。

 俺も親友のスタニスラスを喪った後、持ち直すのに少し時間がかかった。


 聖女はその辺で失敗したようだが、こういう状態の奴には下手な慰めは逆効果だ。

 多分だが、好きに喋らせて吐き出させた方がいいかもしれん。 


 「あの時の事を思うと心底から思うんすよ。 もうちょっと訓練とかに身を入れてりゃ、結果は変わったのかなって……今更なんですけどね。 ははは、遅せぇっつうの」

 

 そう言ってキタマは自嘲気味に笑う。

 

 「葛西の奴にもここ最近は気を使われちまって、もう死にたい気分っすよ」

 「……俺が言えた話じゃないと思うし、知った風な口をと思うかもしれんが、カサイはお前を心配しているって事を考えた方がいい。 お前が死ねば今、お前が味わっている物をカサイが味わう事になるだろう」

 「……そうっすね。 すんません」

 「いや、こっちこそ悪かったな。 余計な事を言っちまったか?」

 「あ、いや、こっちも吐き出せてちょっとすっきりしました」


 キタマはそう言うと仕事に戻りますんでと言って去って行った。

 その背を見送って俺ははぁと溜息を吐く。 こればっかりはいくら見ても慣れないな。

 仕事柄、こう言った場面には良く出くわすが、身近な存在を失った奴にかけられる言葉なんてそんな簡単に出てこない。


 俺はままならないなと思いながら、キタマの背中から視線を切ってカサイの執務室へと足を向けた。




 「北間の奴に会いましたか。 三波の件が相当に堪えたらしくて、あれから別人のように訓練に身を入れるようになりましたよ」


 カサイは表面上は普段の調子を取り戻しているようではあるが、こちらも無理をしているようで余り元気がない。

 

 「まぁ、それは俺もなんですけどね。 焦ってもしょうがないのは自分でも分かるんですけど、戦闘訓練はなるべく受けるようにしてますよ。 まぁ、何を今更って感じはするんですが……」


 ……あぁ、キタマと同じ状態か。


 こちらも下手な慰めは逆効果だろう。

 少し厳しいかもしれんが、仕事の話をした方が気が紛れてくれるか? 後は――近い内に仕事抜きで食事にでも誘うとしよう。


 「あぁ、すみません。 仕事の話でしたよね。 確かユルシュル関係ですか? それとも消えた連中の足取りの方ですか?」

 「一応、両方だな。 まずは簡単な方から済ませるぞ。 ユルシュルの方だが、今回は異邦人の投入はしない方針で行くつもりだ」


 幸いにも事が起こる前にクリステラが帰って来てくれたので、有事の際はあいつを送り込めばいい。

 流石に聖剣があればどうとでもなるだろう。 例の鎖と鞘を持ち出してくるかもしれんが、それにさえ気を付ければ聖剣使いの戦闘能力は他の追随を許さない。

 

 「つまり今回、俺達は王都の防衛に専念って事ですか?」

 「あぁ、そうなる。 向こうにはゼナイドが居るし、マネシアも近々送り込むつもりなので無理にお前等を使うつもりはない。 ただ……」


 ……ただ、ユルシュルに対しては、だ。


 これから自分が口にする事を考えると我ながら反吐が出そうだな。

 

 「逃げた連中についてだが、三人は足取りが掴めた」

 「……ユルシュルですか」


 カサイは話の流れで察したのか重々しく正解を口にする。


 「あぁ、まだ恐らくといった段階だが、東の方に向かっている奇妙な連中の目撃情報があった」


 朝方に移動している冒険者からの報告で明らかになったが、飛んでいる二つの影とそれにぶら下がっている一つの影。 見慣れない姿だったので新種の魔物かとギルドの方へ報告が入ったらしく、そちらからこっちにも情報が上がってきたのだ。


 「他の二人は?」

 「目下、捜索中だが、人目を避けて移動しているのか今の所は見つかっていない」

 

 居なくなった異邦人は全部で五人。

 どうも引っ張り出す時に強引な手を使ったカサイのやり口に怯えたのか、嫌気が差したのかは知らんが逃げ出したらしい。

 

 ……で、その内の三人は何を血迷ったのかユルシュルへと向かったようだ。

 

 偶然、東に移動したというだけでユルシュルとは無関係なのかもしれんが、この時期にと言うのが少し気になるな。

 仮に連中に付くつもりならどういう条件を提示されたのかも気になる。

 連中は戦うのが嫌で引っ込んでいたと聞いているのに、戦力として駆り出されると言うのなら本末転倒じゃないか。 それともその辺の事情を脇に置いても戦いたくなるような条件を提示された?


 ……今の段階では情報が足りんか。 


 「……馬鹿が。 向こうに付いちまったらもう始末するしかなくなるってのに……」


 カサイは苛立ちと苦悩を隠しもせずに手で顔を覆うようして俯く。


 「一応、もし現れた場合は可能であれば捕縛するように言っているが……」

 「分かってます。 そもそも俺達がここに居る事を許されているのは最初の取り決めがあったからなのは理解してるんで――今回のユルシュル行き、俺も同行します」


 ミナミの件でキタマにもあんな事を言っておいて同族殺しを強要する。

 我ながら最低だなと嫌悪感が泥のように溜まっていく。

 なら温情を与えればいいと言うのは通らない。 そもそも連中の処遇に関してはアイオーン教団発足の時点でそう決めていたので、変えようがないのだ。


 仮に見逃せば周りに対しての示しがつかない。

 連中の存在を知っている人間は教団内に多いので、ごまかすのも無理だ。

 こればかりは聖女の威光を使う訳にもいかないので擁護も難しい。


 ……つまりは逃げた連中はユルシュルに付いたと判明した時点で処分が決定する。


 カサイもそれを理解しているようで、声には微かに怒気が混ざる。

 

 「もし、ユルシュルの戦力に混ざって連中が出てきたら俺が行きます。 始末は間違いなくつけるんで大丈夫です」


 カサイの口調に迷いがない。 話を振られた時点で覚悟を決めていたな。 

 

 「……それはそうと、良かったら明日か明後日にでも飯に行かないか? 当然、仕事抜きでだ」

 「あぁ、いいっすね。 是非、お願いします」


 カサイは小さく笑う。

 表情は読み辛いが、少なくとも痛々しい笑みと言う事だけは俺にも分かった。

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