第747話 「意見」

 「例の件だが――」

 「ユルシュル行きの件ですね。 準備の方はもう終わっているので、明日か明後日に出発を予定しています」


 流石にその辺は抜かりはないようで、もういつでも発てる状態のようだ。

 

 「それもあったが、意見を聞いておきたくてな」

 「意見?」

 「今回のユルシュルの動き、どう思う?」


 マネシアはあぁと察したのか表情に理解が広がる。

 

 「……まずは不可解と言った印象を受けます。 我々はともかくオラトリアムの力はユルシュル王も身を以って知っている筈。 ――にもかかわらず戦の準備を始めている。 はっきり言って何を考えているのか理解に苦しみますね。 それに流通を押さえられている以上、彼等が用意できる武具にも限りがあるので、その出所も気になります」

 「あぁ、それは俺も気にはなっていた」


 あれからオラトリアムは流通を戻しはしたが、武具や魔法道具関連にはかなり厳しく制限を設けていたのだ。 その為、連中は武具を自前で賄わなければならないのだが、そもそもユルシュルが独力で生産できる量などたかが知れている。


 ……その辺を踏まえるとするなら……。


 「間違いなく支援している存在が居るな」

 「私も同じ意見です。 戦の準備とユルシュル王に動く事を決心させる程の物と考えるなら、間違いなく裏に大きな組織が居ると見ています」


 ……そこまでは俺も察しては居たが、問題は何者かだ。


 一番怪しいのはホルトゥナだ。 ジャスミナの連れて来た連中がまだ残っている。

 その連中が未だに王都に顔を出していない所を見ると、向こうに行っている可能性は低くない――というよりは極めて高いだろう。

 

 「俺はホルトゥナが怪しいと睨んでいる。 連中は転移魔石を持っているので物資も時間をかければ距離を無視していくらでも送り込めるしな」

 「……私はそのホルトゥナに関しては良く知りません。 ですから別の可能性を考えています」

 「というと?」


 聞き返すとマネシアは声を落として答える。


 「オラトリアムです」


 それは流石に想像していなかったので、小さく目を見開いた。

 頭から否定する事はしない。 俺の脳裏を過ぎったのはそう言う可能性もあるかといった考えだ。 


 「……おいおい、そりゃぁ……」


 口ではそう言いつつ冷静に吟味する。 オラトリアムがユルシュルを裏で操っていた。

 仮にそうだとしたら連中は間違いなく傀儡となっているだろう。

 正直、オラトリアムなら何をしてもおかしくはないと思っているので、あり得ないと言い切れない所が連中の怖い所だ。


 「確かにオラトリアムの力は強大で、力押しでも充分にこの国を支配できるでしょう。 ただ、アイオーン教団には聖剣があります。 彼等はその力を目の当たりにしていない筈なので、それを測る為の試金石としてユルシュルを嗾けようとしているのでは? 仮に失敗してもユルシュルが滅びるだけなので、オラトリアムには何の損害もありません」


 ……なるほど。


 アイオーン教団の戦力評価の為にユルシュルを動かした、か。

 確かに戦の準備に関しては連中が手を貸せばどうにでもなるだろうし、現実味は充分にあるな。

 マネシアの言う通り、失敗しても全てユルシュルの所為にすればいいので、非常に都合のいい捨て駒とも言える。


 ただ、ファティマとユルシュル王の性格を考えると考え難い。

 前者に関しては飼い馴らす度量はあるかもしれないが、後者の事を考えると少し無理があると感じてしまう。 あの自尊心の塊のような男が負けた相手の施しを素直に受けるか?


 一度しかまともに見ていないが、少なくとも他の下に着く――と言うよりは指図を受けないといった手合いに見えた。


 「……確かに有り得ん話じゃないな」

 「あくまで可能性の話ですので、参考程度に留めて頂ければと思います。 何が正しいのかは、現地での見極めが必要となるでしょう」


 そう言ってマネシアは苦笑。


 「御心配なさらず。 疑ってはいますが決めつけるような真似はしません。 事の真相は自分の目で確かめる事としますよ」

 「あぁ、悪いな。 正直、お前さんが復調してくれて助かっている」

 「はは、クリステラのお陰ですよ。 色々と振り回してくれたお陰で怖がっても居られないと考えさせられました」


 マネシアはいや、もしかしたら考える余裕がなくなったからかもしれませんと付け加える。

 具体的にそれがどう言う物かは分からんが、心境の変化があったのは確かなようだ。

 

 「……色々と大変だったようだな。 それ繋がりでもう一ついいか?」

 「何でしょう?」

 「モンセラートについてだ。 お前から見てどうだ? 信用できそうか?」


 はっきり言って殆ど疑っていないので、確認の意味合いが強い。

 マネシアも同様なのか再度苦笑。


 「その点は恐らく心配ないかと。 念の為、道中監視していましたが、不審な行動は一切取っていない上、こちらの質問にも包み隠さずに答えているようでしたので私は信じても大丈夫と思っています」

 

 そりゃ良かった。 俺としても疑わないで済むに越した事はない。

 会話をした感じ、モンセラートという少女に関する所見も一致している。

 グノーシス教団とは完全に切れていると見ていいだろう。 あれで演技なら大した役者だが、そうだとは考え難いな。 クリステラと会った経緯を聞いても狙ったとは思えない。

 

 ……ま、疑うだけ馬鹿らしいか。


 クリステラやイヴォンとのやりとりを見れば疑いようがないだろう。

 

 「その様子だと疑ってはいないようですね」

 「あぁ、ただの確認だ。 ……時間を取らせて悪かったな」

 「いえ、では私は仕事に戻りますが、エルマン聖堂騎士はこれから?」

 「この後は異邦人の居住区で連中の様子を見て、大聖堂に戻るつもりだ」


 判断が必要な書類関係は片付けたが、戻ったらまた溜まってそうなので処理して今日は店終いの予定だ。

 

 「……大変そうですね」

 「…………そう思うなら代わってくれ。 逃げた連中の件もあるので、他の様子も定期的に見ておかんと安心できないのでな」

 

 俺がそう言うとマネシアは笑ってごまかす。

 実際、連中の普段やっている仕事を見れば余り役に立っていない事が良く分かるので、マネシアは異邦人に良い感情を持っていない。

 引き籠っている連中が居た事もそれに拍車をかけているのだろう。


 実際、少し前まで連中の大半が穀潰しだったからな。 そう考えるのも無理はないだろう。

 戦闘能力と言う点では鍛えればそれなり以上になるのは分かっているので、こればかりは長い目で見る必要がある。


 はっきり言って俺も余り好かんので、気持ちは分からんでもないがな。

 俺はマネシアと別れるとそのまま、異邦人達が住む居住区へと足を向けた。

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