第725話 「災禍」

 たった数十秒でセンテゴリフンクスの様相は一変した。

 異形の魔物達が暴れまわり、空中で炸裂したミサイルに内包された毒が街に充満していく。

 いきなりの事態に対応できずに住民や駐屯していた聖騎士や傭兵達は成す術もなく次々と殺されて行った。


 そんな中、この状況が比較的にではあるがいい方に転がった者も存在する。

 聖女ハイデヴューネだ。

 レブナントの襲撃とサンダーバードの攻撃により包囲に巨大な穴が開いた。


 この隙を見逃さず聖女はエイデンとリリーゼを抱えて走る。

 包囲していたグノーシスの者達も逃がすまいと動くが、隙を晒した者からレブナント達に襲われる事となり、そちらに対処せざるを得なくなってしまった。


 何が起こっているのか聖女には全く理解できず、襲撃して来た第三勢力の正体も分からない。

 腰の聖剣は在りし日の英雄と対峙した時と同等の警告を発している。 つまり、ここにいると確実に死ぬと言う事だけは理解できた。

 

 「『待ちなさい! 逃げるのですかこの卑怯者!』」

 「『無辜の民を巻き込むなんて恥を知りなさい!』」


 背後から枢機卿の罵声が響くがいちいち構っていられないので無視して目的地へと急ぐ。

 巨大な狐型のレブナントが狙いを定めて進路を塞いで襲って来るが、攻撃を聖剣で防ぎながらすれ違い際に足に一撃入れて機動力を奪うに留めて脇を抜ける。


 聖剣の身体能力強化を全開にして一気に距離を消化。 そうかからずに目的地である高台が見えて来た。

 

 「――あれは」


 待ち合わせ場所まではまだ距離があるのではっきりとは見えないが、高台で戦闘が行われているようだ。 恐らく北間だろうと聖女は考え――


 「っ!? 二人とも着地を!」


 咄嗟に二人を放り投げて聖剣を一閃。 飛んで来た魔法を打ち払う。

 エイデンとリリーゼはいきなりの事だったが、何とか空中で体勢を立て直して着地。

 背後から現れたのは異形の黒い全身鎧――イフェアスだ。 聖女はその立ち姿が放つ異質とも言える威圧感に簡単な相手ではないと即座に理解する。


 「先に行ってキタマさんの援護をお願いします」

 「……分かりました。 どうかご無事で」


 聖女の有無を言わせぬ口調にエイデンは一瞬、迷ったが頷いてリリーゼを伴い高台へと走る。

 二人が離れた事で僅かに聖女の意識が逸れたと同時にイフェアスの左肩からヒューマン・センチピードが飛び出して聖女に襲いかかる。


 肩から魔物の様な異形が飛び出した事に驚きはしたが、聖剣で斬り裂く。

 反撃の為に間合いを詰めようとした時にはイフェアスは視界から消えていた。

 咄嗟に仰け反りながらバックステップ、同時に魔法で姿を消していたイフェアスの振った剣が一瞬前まで聖女の首があった場所を薙ぐ。


 当然ながらここは辺獄ではないので聖剣の力が充分に振るえる以上、彼女の戦闘能力は辺獄に居た頃に比べて大きく向上していた。 聖女は即座に反撃に移る。

 聖剣で斬撃、残像すら残しそうな程の速くて重い一撃をイフェアスは際どい所で剣で受けるが一撃で剣に亀裂が入り、二撃目で折れた。


 イフェアスは折れた剣を投げつけて眼球に魔力を流す。

 魔眼だ。 当然ながら聖剣使いには一瞬程度の効果しかないが、それで充分。

 彼は脚部のローラーを起動して一気に距離を取る。 三メートル程離れた所で腰にマウントされた銃杖を抜いて連射。 この距離なら<照準>なしでも充分当てられる。


 聖女は左腕を突き出すと鎧の一部が弓のように開き、氷の矢を生成して発射。

 イフェアスの撃ち込んだ弾を悉く撃ち落とす。

 空中で撃墜された魔石が次々と砕けて内包された魔法を解放。 爆発と煙幕が両者の間に広がる。


 聖女は敵の動きの良さに驚きを露わにした。

 見た事のない武器にそれを使いこなす巧みな動き。 剣だけに限っても早々に武器の差を理解して距離を取った判断の早さを見ると頭の回転――というよりは戦いの組み立てが上手いと分析。


 対するイフェアスも勝ち目がない事を早々に理解。

 武器と身体能力の差は歴然だった。 身体に仕込まれたギミックを駆使して意表を突く形で仕掛けたが、悉く反応された所を見ると、動きに慣れられた時点で詰むと判断。


 間違いなく報告にあった要警戒戦力である聖女ハイデヴューネだろう。

 可能であれば始末して聖剣を奪えとは言われていたが、今の自分の技量では不可能。 そして下手に戦力を投入しても余計な犠牲が出るだけだと結論付けた。


 イフェアスは<交信>で聖女発見の報告をすると、すぐに返答があった。

 指示を受けて了解と受諾。 煙が晴れる前に銃杖の弾を補充。

 再度、射撃しながら足のローラーを用いて突撃。

  

 煙を突っ切――聖女も同じ事を考えていたのか既に煙越しに間合いを詰められていた。

 咄嗟にローラーを逆回転、バック移動での緊急回避。

 紙一重の所で聖剣を躱しひやりと彼の背筋が泡立つ。 回避と同時に再生が完了したヒューマン・センチピードを下から掬い上げるように嗾ける。

 

 当然のように反応されて聖剣で斬り裂かれるが、それは彼の想定内だ。

 もう一度魔眼を使って拘束を試みるが、当然のように弾かれる。

 一秒にも満たないが、それでも動きは止まるので無駄ではない。


 ――ここだ。


 彼は一気に肉薄。 固めた拳を渾身の力で振り抜く。

 聖女は咄嗟に聖剣で受け止め、接触したイフェアスの拳が砕ける。

 だが、彼にはそれで充分だった。 何故なら与えられた任務を全うできたからだ。


 斜め下から上への軌道を描いて繰り出された人外の怪力と魔法による強化の乗った拳は聖女の体を地面から引き抜き宙へと打ち上げる。

 聖女はどういう意図で打ち上げたのかの意図は分からなかったが、適度に間合いが開いたので聖剣の能力を使用し、水銀の槍を大量に生成。 飽和攻撃でイフェアスを仕留めようとしたが――


 ――咄嗟に水銀を盾のように固めて自分の前へ展開。 同時に聖剣からの魔力を注ぎ込み装備による魔力障壁を展開。 全力で防御を固める。


 同時に闇色の閃光が聖女に襲いかかる。

 水銀の盾は即座に蒸発。 聖剣を使用しての全力で展開した魔法障壁が軋みを上げ、鎧の腕部分が赤熱して激痛が走る。


 「こっのぉ!」


 聖女は痛みに耐えつつ、小さく吼えて聖剣を握る手に更に力を込めると闇色の光は霧散。

 風系統の魔法を使って強引に落下速度を速めた。

 

 ――何だったんだ今の攻撃は。


 急いで着地しながら聖女は戦慄に身を震わせる。

 飛んで来たのは街の南側――いや、その向こうの辺獄からだろう。

 凄まじい威力の魔力攻撃だった。 聖剣がなければ何回死んでいたか分からないぐらいだ。


 着地と同時に走る。 遅れて彼女が居た位置に光線が突き刺さった。

 どうやら威力を絞って連射に切り替えたらしい。 何度も飛んでくるが、いちいち防いでも居られなかったので必死に回避。 四射目で角度が悪くなったのか撃って来なくなった。

 

 聖女は攻撃が止んだ事に胸を撫で下ろして高台へと向かう。 聖剣が傷を癒してくれているが、腕を焼いた攻撃による傷が重かったのか両腕が激痛でまともに動かない。

 一人なので道を使わずに斜面を登って一気に頂上へ。 そこには狐型のレブナントの死骸と重傷を負った北間と彼を必死に癒そうとしているジャスミナ、周囲を警戒していたエイデンとリリーゼが居た。


 全員が無事である事に聖女は微かに安心したが、北間の傷が深い。

 急がなければと判断。


 「転移します。 集まって下さい」

 

 全員が固まった所で聖女が転移魔石を起動。

 街全体に広がった災禍を見つめながら聖女達はウルスラグナへと転移した。

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