第719話 「打合」

 「……話は分かりました。 じゃあ俺は街の内側――できれば砦の近くに居ればいいって事っすね」

 「そうなります。 私達が撤退する際には通信魔石で合図するので、ジャスミナさんを連れての合流をお願いします」


 エルマンさんとの話を終えた後はキタマさんとの打ち合わせだ。

 場所は砦の裏手。 周囲はエイデンさん達に警戒して貰って彼と話をしていた。

 彼を辺獄に近づけるわけにはいかないので、なるべく街の内側に居て貰って撤退の際は合流する手筈になっている。


 「例の獣人の女っすね。 どうします? 何だったら護衛って名目で張り付きますが?」


 あれからキタマさんは協力的だ。 質問にもすぐに答えてくれるし、こうやって自分の意見も言ってくれる。


 「キタマさん、普段は何を?」

 「基本的には傭兵とか聖騎士に混ざって見回りっすね。 辺獄には近づけないし、辺獄種も湧くには湧きますけどあの時程じゃないんであんまり出番がないんすよ」

 「抜ける時に何か問題は?」

 「……まぁ、抜けるだけなら便所とか適当言って離れる所までは行けると思います。 転移で逃げるって話なら意図がバレても最悪、俺が解放使って全力で逃げれば追っかけて来るのが聖堂騎士クラスでもない限りは問題なく撒けるかと」

 

 少し考えたけど、特に問題はなさそうだ。

 

 「分かりました。 では私達が目的を達成し終えた所で引き上げるつもりです。 場合によってはグノーシス教団の準備が出来次第になるかもしれませんが、そのつもりでお願いします」

 「……そりゃ連中が裏切る感じっすか?」


 キタマさんの質問に僕は小さく首を振る。


 「誘われてはいますけど、私達が組んだのはホルトゥナであってグノーシス教団ではありません。 状況が変わって、彼等の発言力が強くなりましたけど従う義務はありません」

 「……難しい事は良く分かんないんすけど、あんたが抜けてもこの状況はどうにかなる感じなんすか?」

 「だから彼等の準備が終わってからを撤退の目安にしています。 ――ミナミさんの犠牲は絶対に無駄にはしません」


 彼が気にしているのは恐らくそこだと思ったのでその点は強調する。

 彼女だけじゃない。 ヤドヴィガさんやローランド枢機卿。 この戦いで命を落とした皆の犠牲を無駄にする事だけは絶対にさせないつもりだ。


 だからこそグノーシス教団に可能な限り協力もするし、僕が抜けても問題のない段階までは付き合う事を決めた。

 

 「……それだけ聞ければ充分す。 話は了解したんで、そのジャスミナって人の都合が付いたら教えてください。 ――っと、そろそろ戻ります。 変に怪しまれるのもアレなんで、まだ何かあるなら夕方から晩には戻ってるんで話はその時に頼みます」

 「分かりました。 ジャスミナさんには話を通しておくので、よろしくお願いします」


 キタマさんは分かりましたと頷いて仕事に戻って行った。

 彼なりに前に進もうとしている事が痛い程に伝わって来る。 真剣に取り組んでくれている事に感謝して僕もその場を後にした。




 「……分かっています。 私からは特に何も言う事はありません。 そちらの指示に従う事にします」


 キタマさんとの話を終えた後に向かったのはジャスミナさんの部屋だ。

 彼女の部屋は盗聴防止の細工が施されているのですぐに本題を切り出す。

 随分と手柄に拘っていた事を考えると逃げる事に難色を示す物と思っていたけど、彼女は意外にも僕達の提案に頷いてくれた。 ただ、最後に会った時と違って随分と憔悴しているようで元気がない。 何かあったのだろうか?


 「私が言うのもおかしな話ですが――いいのですか?」

 

 僕が質問すると彼女は自嘲気味に笑うと力なく座っている椅子に背を預ける。

 

 「……ヴェンヴァローカは私が拠点として居る場所です。 その為、手勢も多く、情報収集も容易な事もあって調べれば比較的簡単に色々と耳に入るようになってはいます」


 その表情は暗く、今にも泣き出しそうな程に落ち込んでいた。

 彼女が何を言いたいのか良く分からなかったので黙って話しに耳を傾ける。


 「最初に話した事を覚えていますか? 私が貴女達に協力を求めた動機についてです」

 「……功績を上げて当主になる為、でしたか?」


 確か姉妹と組織の跡目争いをしているとかで、今回の一件の解決を以って決着とすると言っていたけど……。


 「その通りです。 はは、今考えると必死に戦力を集める私はあの娘から見れば滑稽極まりない存在だったしょうね」


 僕はどう反応していいのか迷ったけど、黙って先を促す。


 「今回のフシャクシャスラ攻略を以ってホルトゥナの真の当主を決める。 私はそう意気込んでいましたが、実際は違っていたのですよ。 少し考えれば分かる話でした。 グノーシス教団の派遣して来た戦力、随分多かったと思いませんか?」

 「はい、少なくとも以前に攻めたバラルフラームに投入された戦力とは比較になりません」

 「――それに本来は本国から動かさない筈の救世主までいたのです。 もしかしたら察しておられるかもしれませんが、アレは辺獄ではなく聖剣の担い手たる貴女達への備えだったのですよ」


 ……それに関しては何となくだけど察していた。


 バラルフラームとの対比を考えるとグノーシス教団は辺獄の脅威を然程重要視しておらず、聖剣や魔剣の回収の方に力を入れているように見える。

 寧ろ、辺獄の攻略はついでに見えるぐらいだ。 もしかしたらだけど、終われば僕とヤドヴィガさんから聖剣を奪うつもりだったのかもしれない。


 だけど、彼等にとっての誤算は在りし日の英雄の存在だ。

 あの辺獄種があそこまで入念な準備を行って侵攻してくると言うのは彼等にも想像できなかったのだろう。 結果、想定以上の犠牲が出て聖剣と魔剣は失われてしまった。

 

 「恐らく辺獄の空に現れた亀裂は彼等にとっても想定していなかった物でしょう、加えて戦力の消耗にシャダイ・エルカイの喪失。 その為、予定を変更して貴女に協力を求めた。 ですが彼等は間違いなく事が済めば貴女からエロヒム・ツァバオトを奪おうとするでしょう」 

 

 それに関してはエルマンさんも危惧していた事で、僕もそうなるだろうと考えていた。

 マクリアン枢機卿の話に良い返事をすればその限りではないのだろうけど、あの話に頷く事は断じてできない。

 だからこそ、こうして逃げる為の手筈を整えている。

 

 「……元々グノーシス教団と次期当主についてはそう言った取り決めをしていた筈なのですが――実はそんな話は存在していなかったらしいのですよ」


 そう言ってジャスミナさんは泣き出しそうな表情のまま笑う。

 

 「この話は配下を通して私に来たのですが、その配下が裏切っていました。 つまりグノーシス教団は取引相手としてもう私の妹を選んでいたのです」

 「……貴女と貴方のお姉さんは初めから担がれていたと?」

 「えぇ、流石にあの数でしたので、おかしいと思って部下を使わずに自分で調べました。 すると私に上がって来る部下の報告の大半が虚偽でしたよ。 笑ってしまうでしょう? 私と姉は最初から道化だったと言う事ですよ。 恐らく貴女から聖剣を取り上げるついでに消される予定だったのでしょうね」


 ジャスミナさんはその後にモーザンティニボワールへの侵攻が控えている所を見ると、姉もその時に間違いなく消されるでしょうと付け加えた。

 

 「……もう私には何の力もありません。 恐らくウルスラグナに残った者達も妹の息がかかっている可能性が高い。 もしかしたら魔剣を狙っているのかもしれませんね」

 

 僕はちらりとエイデンさん達に視線を向ける。 察したエイデンさんが頷いて魔石でエルマンさんに連絡を取り始めた。

 

 「こうなった以上、もう全てがどうでもよくなったのですよ。 ――でも、こんな所で殺されてあの娘の思い通りになるのだけは嫌! だから、お願いします。 私を、私を連れて行ってください」


 そう言ってジャスミナさんは頭を下げる。

 彼女は笑ってこそいるが目からは涙がボロボロと零れ、声は震えて上擦っていた。

 

 「……分かりました。 決して貴女を見捨てるような事はしません」


 どちらにせよ連れて逃げると約束していた以上、彼女が裏切らない限り僕は連れて行くつもりだ。

 ジャスミナさんが落ち着くのを待って逃げる時の手筈――キタマさんとなるべく一緒に行動するようにとだけ伝えて部屋を後にした。

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