第718話 「我慢」

 ――大した物だ。 よく我慢したな。 俺なら間違いなくぶん殴ってた所だ。


 場所は変わって砦の屋上。

 僕はマクリアン枢機卿の話の内容をエルマンさんにぶちまけていた所だった。

 そう、報告ではなくぶちまけた。 報告と言うには間違いなく僕の話は感情的だったろうからだ。 自分でも分かるぐらいに僕は腹を立てていた。 それほどまでにマクリアン枢機卿の話は僕にとって不愉快極まりない物だったのだ。


 一通り聞き終わったエルマンさんの反応は苦笑と労いの言葉だった。

 

 ――お前がブチ切れるぐらいだからその枢機卿とやらの物言いは相当な物だったんだろう事は察しが付く。 後、気になるのは例の対抗策か……。


 ――どう思いますか?


 ――正直、何とも言えん。 俺はそう言った現象を経験した事がないから、判断が付かん。 ただ、まぁあり得ない話じゃないとは思う。 実際、本当に魔力の塊であったのならその枢機卿の言う方法で散らす事はできるだろうからだ。 ただ、引っかかる事がない訳じゃない。


 ……引っかかる?


 思わず聞き返すとエルマンさんはあぁと頷く。

 

 ――魔力っていうのは実際はそう呼ばれているだけで形のない不定形な物だ。 俺の認識ではそれに何らかの形を与える事で成立するのが魔法と思っている。 だからその不定形な状態である魔力だけでその場に長時間留まれるのかといった事だな。


 ……確かに。


 身近すぎてあまり深く考えた事はないけど、魔力と言う物は形こそないけど僕等の生活に欠かせない物だけどそれがどういう物なのか理解が足りていない。

 冷静に考えるなら魔力の塊なら放置しておけば霧散するんじゃないのかといった疑問も出て来る。


 ――連中が細かい説明を省いただけなのかもしれんが、一応は注意しておけ。 もしかしたらまだ何かあると考えておいた方が無難だろう。

 

 ――はい。 僕も注意――いえ、優先するべき物を見失わないようにします。


 ミナミさんを失ったのは間違いなく僕の責任だろう。 これ以上は死なせる訳にはいかない。 


 ――それでいい。 例の転移魔石は取り上げたんだったな。 少しでもヤバいと感じたなら即座に使って逃げろ。 ……はっきり言うが、最優先するべきはお前自身と聖剣だ。 いざとなったら他はすべて見捨ててもいい。


 僕もその点はよく理解している。

 エルマンさんが言いたいのは見捨てるような事態になる前に皆を連れて逃げてこいと言っているのだ。

 

 ――分かっています。 これ以上は誰も欠けさせずに戻ります。


 ――よし、ならグノーシスの連中の事は気にするな。 聞いた限りだが、お前に話を持って来た例の枢機卿は個人的にお前を抱え込みたいってハラのようだしな。 最悪、逃げても即座に拗れる事にはならんはずだ。


 確かに。 明らかにマクリアン枢機卿には僕を個人的な戦力として抱え込みたいといった思惑があった。

 

 ――大方、本国に取られる前に北部攻めに使いたいんだろうよ。

 

 ジャスミナさんから聞いた話ではグノーシスは聖剣を回収したら本国へ持ち帰って動かさないといっていた事を考えると、エルマンさんの話で正解だろう。

 口振りからマクリアン枢機卿の獣人に対する感情は憎しみに近い。 どうあっても獣人を滅ぼしたいといった明確な意思を感じる。


 ――言っておくが長居すればするほど碌な事にならんと言う事は分かっているな?


 ――……はい。 ただ――


 ――別に非難している訳じゃない。 この状況を放置するのが不味いのは俺も理解しているつもりではある。 だが、この状況に対するグノーシスの反応が不可解だ。


 それは僕自身も肌で感じている。 グノーシス教団は辺獄もそうだけど、この状況に対しての知識を保有しているのもおかしい。

 

 ……彼等は一体何を知っているというんだ?


 聖剣、魔剣、辺獄に加え「虚無の尖兵アイン」と呼称されている存在に関して知っている事も妙だ。 あの存在は聖剣と魔剣が消滅した結果に発生した現象のはず。

 なのに彼等がそれを知り得ている事が酷く不自然なのだ。


 ……以前に経験した事がある?


 聖剣と魔剣の数が十と言い切るのも妙だ。

 現状、僕の知る限り聖剣はクロノカイロスに二本、マクリアン枢機卿の話では大陸北部に一本、クリステラさんが所持している一本、そしてヤドヴィガさんと消滅した一本に僕が持っている一本の合計六本。

 大陸北部は元々、獣人の土地である以上は彼等にとっても未開の地。 そこに聖剣があると言い切るのは勿論、そこにある聖剣を自分達の物と言い切るのも理解できない。


 ――何となくだが、考えている事は分かる。 俺もおかしいとは思っているんだ。 少なくともヴァーサリイ大陸内でそんな事が起これば嫌でも耳に入る筈だ。 連中が知る切っ掛けとなった事件が他所であったと言う事になるが――


 ――僕もあの後、ジャスミナさんに聞きましたけど、彼女も良く知らない風でした。


 ――妙な話だ。 ホルトゥナはリブリアム大陸全域で活動している組織の筈だろ? それが知らないって事はリブリアム大陸でもこの現象は起こっていない。 まぁ、遥か昔でホルトゥナ発足以前の出来事と言われれば知らないって事にも説明はつくが……。


 考え難い。 エルマンさんも同じ考えなのか歯切れは悪い。


 ――他に考えられると言ったらもう一つの大陸――ポジドミット大陸か。 あそこに関しては一番遠い事もあって情報が全くない――とは言ってもヴァーサリイ大陸、リブリアム大陸の二つでこの有様だ。 残りだけ例外とは考え難い。


 ――それにここまで事態が悪化するまで状況を放置していた事も気になります。


 ――今までも散々、話して来たが不自然な点しかないな。


 エルマンさんはそう言った後、はぁと重たい溜息を吐く。

 

 ――……とにかくだ、引き際だけは誤るな。 グノーシスとの関係が拗れてもいい、必ず無事に戻って来い。


 ――分かりました。


 通話を終えて僕も小さく息を吐く。

 マクリアン枢機卿には考える時間が欲しいとその場は誤魔化したけど、あの様子なら諦めてはくれないだろう。

 

 しつこいようなら今回の一件に集中したいとでも言って先延ばしにするつもりだけど――

 彼のあの様子を見ると、何をしてくるか読めないのも怖い。

 

 「話は終わりましたか?」


 少し離れた所で周囲を警戒してくれていたエイデンさん達が近寄って来るのに僕は頷きで答える。

 

 「えぇ、この一件が片付き次第、ウルスラグナへ帰還します。 ただ、状況次第ではこの場を放棄する事も視野に入れるのでいつでもここを離れられるように準備を」


 それを聞いて安心したのか二人は少しほっとした表情を浮かべる。

 

 「了解です。 正直、最後まで残ると言われなくて安心してますよ」

 「そうね。 あたしもそろそろウルスラグナが恋しくなってきたし、早く帰れるようにもう少し頑張りましょう」

 「ここまで付き合ってくれてありがとう。 それと無理をさせてごめんなさい」


 二人は笑みで頷いてくれる。 彼等は本当に良くついて来てくれた。

 それに報いる意味でも必ず連れて帰る。 僕は生きて帰ると決意を新たにした。

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