第712話 「約果」

 召喚陣の敷設が完了したとの事なので早速、儀式を始める事になった。

 陣に魔力を充填。 召喚陣の造形は巨大な円とその内側に死体の山を置く部分と中央に触媒の二人。

 俺は少し離れた所で状況を観察。


 死体の山を配置した部分から次々と光の柱が立ち昇る。

 地上に描いた魔法陣と同様の図形が空へと広がった。 そう言えばこんな感じだったなとオールディアでの事を思い出す。


 管楽器の様な音が響き渡り、状況が動き出す。

 空の魔法陣の中央から光の柱が落ちて来て、中央の二人に降り注ぐ。

 近くに居るファティマは興味深いといった視線を向け、ベレンガリアも気になるのか同様の視線を向けていた。


 「これだけの巨大召喚陣だ。 間違いなく狙った悪魔が呼べる! 一体、どの大罪を狙ったんだ?」

 「黙って見てろ」


 俺はそれだけ返して無言を貫く。 恐らく見ごたえと言う点では期待外れかもしれんな。 寧ろデカすぎる奴が来ると失敗だったりするのだが――どうなるのか。 上空から魔力の塊が発生、憑依するべく降りて来る。


 「あ、あれ? 何だか規模が……」

 「おや? おやおや? これは失敗ですか?」


 現れた何かは不定形の薄く光る何かだ。 それが二つ。 片方はそこそこ大きいがサベージと同程度の大きさ。 残りの小さい方に至っては俺が抱えられるぐらいの大きさしかない。


 それを見たベレンガリアは焦ったような声を上げ、ファティマは若干楽しそうだ。

 失敗したら処分できるから嬉しいのだろう。

 

 ベレンガリアはここまで小さいのが現れるとは思っていなかったのか、焦ったような表情でチラチラとこちらを窺っている。

 何を気にしているのかは知らんが、恐らく成功だな。 元々、まともな形状をしていないような奴の筈なので、これで問題ない。 気配を見る限り、少なくとも片方は確実に狙った対象だ。


 光が消えた所で儀式は終了となるので、安全を確認した後に魔法陣の中央へと移動する。

 触媒の二人は相変わらず、こちらに反応を示さないが気配が変わっているので問題はない。 放置しておけばそうかからずに肉体にも変化が現れるだろう。 さて、約束は確かに果たした。 後は好きにさせて貰うとしよう。

 俺は左腕ヒューマン・センチピードを伸ばして最大まで肥大化させる。


 スケールアップした百足は口を大きく開けて、肉体の変異が始まろうとしていた二人を丸呑み。 そのまま中身ごと全てを吸収する。

 取り込んだ対象を確認。 権能も備えている事を確かめた後に大きく頷く。

 

 ……よし、これで完了だな。


 取引の内容は自分と同様に忘れ去られた存在の解放。

 余程の幸運が訪れない限り外界と接触できないので、永遠に近い孤独に苦しんでいる仲間を助けてやって欲しい。 あの時、俺はそう頼まれて了承した。


 代償として救われた以上は約束を守るべきだ。 まぁ、俺なりの手段を用いた解放だがな。

 吸収した権能の能力を確認する。


 ……一応は使えそうだな。


 模倣する人格もさっき喰った触媒を虚飾でコピーすれば良いので、使用に関しても問題ないだろう。

 少し前に手酷く痛めつけられたばかりなので、戦力の強化はしておいて損はない。

 まぁ、あの女王相手にはあまり役に立たないだろうが、効く相手には効くだろう。


 「お、おい、今何をした!? え? 喰ったのか? 悪魔を喰ったのか!?」

 「成功と言う事で問題ありませんか?」

 「あぁ、問題ない。 片付けていいぞ」


 混乱しているのかうるさくまくし立てるベレンガリアを無視し、俺は族長の屋敷へ戻りファティマは撤収と片付けの指示を出し始める。

 離れた所にいるサベージの所へ向かいつつ俺はこの後、どうした物かと考えていた。


 もうこの国でのやる事は済んだのでさっさと大陸中央部へと向かいたい所だが、向こうはグノーシス教団の連中が大量にうろついている面倒臭い状態なので、行くにしても向こうの状況を知ってからじゃないと行き辛いのだ。


 取りあえず転移魔石を持たせたソッピースに先行させて、向こうの様子を見つつ偵察要員を送り込んでいるのでそろそろ結果が出る頃だろう。

 屋敷に戻ると噂をすれば何とやら、ちょうど結果が出た所らしい。


 ファティマ経由での連絡だったので、詳細を説明する為にもあいつも一度戻ってくるようだ。

  


 

 「――向こうでの情報がある程度ですが出揃ったので、ご報告をさせて頂きます」


 場所は変わって屋敷の応接間。

 いるのは俺と急いで戻って来たファティマとその護衛に何故かついて来たベレンガリアとその護衛が二人。

 

 「おい! 情報ならこっちで集めると言っているだろ――」


 何か言いかけていたベレンガリアの口を両角がそっと塞いで黙らせ、柘植が「続けてくだせぇ」と笑って見せる。

 まぁ、うるさくないのなら問題ないのでファティマに頷いて見せる。

 

 「この一件は大陸中央部――ヴェンヴァローカで起こった事件に端を発しています」


 事の起こりはヴェンヴァローカ付近にあった辺獄の領域――フシャクシャスラの氾濫だ。

 この辺は俺も知っていたので特に驚きはない。 実際、国境付近だけでなく、モーザンティニボワールの南部はその一件の所為でかなりピリピリしていた。


 当初は独力で対処しており、自分達だけでどうにかするつもりだったようだ。

 

 ……事情を知っていれば無謀どころの話じゃないな。


 雑魚の辺獄種程度ならどうにでもなるだろうが「在りし日の英雄」が出張って来た時点で詰むだろう。

 それを証明するかのように、早い段階でその思惑は瓦解。 対処しきれずにグノーシス教団への救援要請を行った。

 連中は辺獄に関して深い知識を持っているので、半端な戦力では話にならないと考えていたのだろう。 用意した戦力の規模は凄まじい物だったらしい。

 

 隣国であるアタルアーダルからだけでなく、本国やヴァーサリイ大陸からも動員していたようだ。

 まぁ、英雄を仕留めたければそれなり以上の戦力が居るからな。

 

 ――とは言っても疑問は残るな。


 「グノーシスは聖剣を持ち出さなかったのか?」


 確か連中はいくつか押さえていた筈なので、投入すれば楽に片付くと思っていたがそうはならなかったようだ。


 「……そのようですね。 ただ、現地の聖剣とアイオーン教団の聖女を使ったようです」

 「アイオーン?」


 意外な名前が出たので思わず聞き返す。

 確かウルスラグナでグノーシス教団の後釜に納まった連中だろう。

 正直、名前を変えただけで中身は殆ど同じ程度の認識だったが、わざわざ他所のトラブルにまで首を突っ込むとはその聖女とやらは随分と物好きのようだな。


 「えぇ、その辺りはそちらの方が良くご存じなのでは?」


 ファティマはそう言ってベレンガリアの方を一瞥。

 当の本人は分からないといった表情で固まっている。

 おい、何も知らないって反応だぞ? どうなっているんだ?


 「し、知らない! 私は何も知らないぞ!」

 

 俺がどう言う事だとファティマを見ると何故か一瞬、射殺しそうな視線をベレンガリアへ向けた後、笑顔でこちらに振り返る。

 

 「ホルトゥナと名乗る組織の者に助力を乞われて向かったとの事です」

 「な、何だって!?」


 ベレンガリアは全く知りませんでしたと言った表情で驚きを露わにした。

 おいおい、何で当事者で在る筈の珍獣女が一番驚いてるんだ?

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