第711話 「敷設」

 何故か見せびらかすように抱き着いて来るファティマを無視して俺は敷設中の召喚陣に目を向ける。

 オークやトロールが図面の写しを片手に作業をしているのが見えた。

 

 「作業の進捗状況は?」

 「そろそろ九割と言った所でしょうか? 召喚に必要な贄に関してはそろそろ集まります」


 何故かしがみ付いたままそう答えるファティマにそうかと返事をして、引き剥がしながら死体と死にかけの獣人でできた山と死人の様な顔色のベレンガリアを見る。


 「あの珍獣女の有様は何だ?」

 「住民の虐殺を見て気分が悪くなったようですね」


 ……何故だ?


 俺は思わず首を傾げる。

 自分で図面を書き起しておいて、その制作過程で気分を悪くする?

 意味が分からない。 そもそもこの状況は珍獣女自身が必要経費として割り出したんじゃないのか?


 「数字で計上するのと実際に目にする事の違いに驚いているのかと」


 そんな物か。 研究職とか言っていたが想像力が足りなさすぎではないだろうか?

 まぁいい、うるさくないからしばらくは放置でいいか。

 

 「召喚陣の敷設は後、数時間ほどで完了となります。 死体が持って行かれる前に始めてしまいたいのですが、肝心の触媒の方はどうされるおつもりですか?」

 「そっちなら目星は付けている。 奴隷の用意は?」

 「はい、事前に言われていたので集められるだけ集めておきました」

 「生きているな?」


 ファティマははいと頷くと、集めている場所に俺を案内する。

 奴隷が集められている一角へと付くとそこでは大量の檻と、そこに閉じ込められている奴隷たちが居た。 大半は周囲に積み上げられた死体を見て怯えているが、一部はそんな気力すらないのか力なく倒れている者も少なくない。


 「取りあえずあの元気に怯えている連中は要らんから後で召喚のコストにしてしまえ」

 

 俺が欲しいのは人生に絶望しきっている目が死んでいる奴だ。

 つい最近まで――いや、時折思い出しはするのだが、何故か記憶に残らない。

 それでも残滓は確かに残っていた。 あの時――ウルスラグナの王城で俺は確かに救われた事の記憶を。


 そしてその救い主は俺にある頼み事をしたのだ。 

 俺は確かに果たすと頷いた以上、それを違える事はあり得ない。

 さて、狙った相手を呼び出すには触媒となる奴は厳選する必要がある。


 ファティマにあれこれと注文を付けて、俺の設定した条件に適さない奴は片端から除外していく。

 それで残ったのは十数人だが――

 

 「……あの、本当にこの者達で間違いなのでしょうか?」

 「ん? あぁ、これで良い」


 ――残ったのはどいつもこいつも目が死んでおり、力なく倒れているような連中だ。


 実際は目が死んでいるどころか生きているかも怪しいようなのが、非常に好ましい。

 ただ、半端なのは駄目だ。 一人一人顔を上げさせて目を見る。

 出来れば完璧に壊れていると都合が良いのだが――


 ……こいつは駄目。 これも使えなさそうだ。


 目を合わせて反応を見ると使えるかそうでないかは一発で分かる。

 何故なら瞳孔の収縮等で外界に対してどの程度の反応を示しているかが分かるからだ。

 完全に心が死んでいない奴は目を合わせると、多少は反応するからな。


 違う、これも違うと次々に顔を見て行ったが、中々条件に合致する奴がいない。

 今回に限っては妥協が出来ない。 下手に壊れていない奴を放り込むと、恐らく狙っていないのが釣れるからだ。


 半数ほど弾いた所で良さそうなのが見つかった。

 歳は十行くか行かないかの獣人。 性別は男。 顔を掴んで持ち上げたが反応なし。

 指で目を強引に開いて、合わせるがこちらも反応なし。 瞳孔の収縮も光量の変化による反射的な物以外は無反応。


 ……これは使えそうだ。


 念の為、他も見ておこうか。 欲を言えば後一人は欲しい所だが……。

 最悪、一人でいいが二人いるなら約束ついでに借りも返しておきたい。

 全員を確認したが運がいい事に候補がもう一人出て来た。 よし、これで問題ないな。


 細かく反応を見た上で、脳を探って意識まで確認したがどちらも完璧に壊れている。

 心が完全に閉じており、外界をまともに認識できていない。

 よし、こいつ等でいいだろう。


 「この二人でいい。 召喚陣の敷設が終わったら中央に放り込んでおけ」

 「分かりました。 ではそのように」


 ファティマが指示を出しているのを尻目に俺はベレンガリアの方を見るが、奴は出発する前までの威勢はどこへやら、怯えているのか小刻みに震えている。

 

 「それで? こいつは本当に怖気づいたのか?」

 「……いや、それは――まぁ、お嬢には街の光景はちょっと刺激が強かったと言いやして……」

 「刺激? こいつが自分で数を出したんじゃないのか?」

 

 死体の山は召喚陣を起動する為のコストとして自分で算出したんだろう? 

 訳が分からん。 それとも本当にファティマの言う通りこの状況が想像できていなかったとでも言うのか?


 「えぇ、そうではあるんですが、何と言うか――お嬢は数字でしか人命を見ていなかったので……」

 

 なるほど、ファティマの話で正解のようだ。

 書類だけでその数字を叩きだす過程をまともに認識してこなかったと言った所か?

 珍獣の想像力のなさには首を傾げざるを得んが、能力に問題がなければそれでいい。

 

 「なるほど。 それは分かったが、こいつはこの先、使い物になるのか?」

 「勿論でさぁ! お嬢にはちょっと場数が足りないだけで、経験を積めば必ず旦那のお役に立ちますぜ!」


 ……まぁいいか。


 今の所、要求した仕事はしっかりとこなしているようだし、うるさくもないので問題ないだろう。

 使えないなら処分すればいいだけの話だしな。

 ベレンガリアは恐怖に濁った眼でこちらを見ていたので、何だと見返すと小さく悲鳴を上げて視線を逸らされた。


 これは本当に大丈夫なのだろうか?

 



 準備まで間があるとの事だったので族長の屋敷でしばらく飯を食ったりして時間を潰していると、呼び出されたので召喚陣へと戻る。

 あれから数時間程しか経過していないので、余り待たされなかったなといった感じだった。

 

 戻ると巨大な召喚陣が完成しており、要所要所に召喚のコストに使う獣人が山のように積み上げられている。

 そしてその中央には俺が選んだ二人が転がされていた。

 作業していた者達とベレンガリアが確認作業をしているのか、陣の周りをウロウロしている。


 「それで? 直ぐにでも使えるのか?」


 近くに来た所で声をかけると、ベレンガリアは「あ、あぁ」と曖昧に頷く。

 それにしても視線を合わせてこないな。

 

 ……これは何かしら話を振った方が良いのだろうか?


 ちらりと召喚陣の方を見るとまだ確認作業中のようだ。

 もう少しかかるか。 

 

 「そう言えば気になっていたが、以前に見た所では悪魔の心臓を使っていたな。 今回は使わなくていいのか?」

 「――悪魔の心臓は下級であっても魔力を産み出す優秀な炉心だ。 生贄の数か質が確保できなかったので劣った下級悪魔を呼び出して下敷きにしたんだろう」


 なるほど。 オールディアでは足りないコストの質を補う為にあんな真似をしたと。

 

 「特に完全な状態で呼び出したいのであれば、見合った量か質を持った贄が必要となる」


 両方揃っていれば言う事ないがとベレンガリアは付け加える。


 「そう言えば聞きそびれたが、完全、不完全はどうやって見分ければいい?」

 「名前だ」


 エンジンがかかって来たのか、いつもの調子が戻って来たな。

 ベレンガリアはいつの間にか真っ直ぐにこっちを見ながら説明を続ける。


 「天使や悪魔の名前は聞き取れない――または発音が難しいのは知っているか?」

 「確かにそうだな」 


 グリゴリの連中も名乗りはしたがよく聞き取れなかった。

 

 「名前がまともに発音できない、またはされないのは彼等が完全な状態でこちらにいないからだ。 これは私の推測だが、完全にこちらの世界に属していない事から彼等は正確に名前を発音できないと考えている」

 「つまりは完全な召喚に成功した存在は名前がまともに聞こえるし呼べると?」

 

 ベレンガリアはあぁと頷く。

 ふむ。 興味深い話だ。 実際、あの時呼び出されたアクィエルはまともに名前を認識できている。

 そう考えるならベレンガリアの話にはなるほどと頷けるな。


 「ただ、巨大すぎる存在になると――」

 「待て、話の続きはまたの機会に頼むとしよう」


 俺は長くなりそうなベレンガリアの話を遮る。

 召喚陣の方を見ると、どうやら準備が終わったようだ。

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