第713話 「岐路」

 「ウルスラグナのアイオーン教団に現れたのはホルトゥナのジャスミナと名乗る女だそうです」

 「じゃ、ジャスミナだと!? あいつ! ヴェンヴァローカから姿を消したと思ったらそんな事をしていたのか!?」


 ファティマの発言に何故か一番大きな反応をしたのがベレンガリアと言う意味不明な状況だったが、話自体は理解できた。

 

 「――で? そのジャスミナって言うのは?」

 「……ヴェンヴァローカを拠点としている私の妹だ」


 なるほど。 要はベレンガリアの妹がアイオーン教団に助けを求めてそれを聖女が了承したと。

 タイミング的に戻りは間違いなく転移魔石を使用したのだろうが、ウルスラグナまでは徒歩で行った事になる。 国内に入って王都までは簡単だっただろうが、アープアーバンを越えるとはご苦労な事だ。

 

 それで現地の聖剣使いとグノーシス教団と組んで辺獄に挑んだらしい。

 戦力構成を聞いて少し驚く。 聖堂騎士だけでも百人規模、聖殿騎士や聖騎士に至っては文字通り桁が違う数を投入したようで、思わず眉を顰める物量だった。


 過剰――ではないのか? 聖剣とやらは辺獄種に覿面に効くという話だったので、二本もあれば充分に仕留められるのではないのだろうか?

 実際、バラルフラームの英雄は一本で仕留められたとの事だし、それが二本あれば楽勝とは言わんがほぼ必勝の布陣だとは思うが……。


 「グノーシス教団が過剰に戦力を送り込んだのは、恐らくですがその後を見越しての事でしょう」

 

 ……後?


 一瞬、何だと思ったがあぁと察した。


 「終わったら後ろから襲って聖剣を奪う腹積もりだったと言う事か」

 「何だと!? グノーシス教団はそんな卑劣な事を考えていたのか!?」


 ……。

 

 「な、何だお前達、何故そんな目でこっちを見る?」

 「……まだ露骨に戦力を並べているだけマシか」

 「はい。 当人達に対する威圧も兼ねていたのでしょうね」


 うるさい珍獣女を無視して話を続ける。 とにかく戦力を揃えて辺獄へ行ったと。

 

 「それで結局、そのフシャクシャスラはどうなったんだ?」


 寧ろそれだけの戦力を用意しておいてどうやって負けるんだ?

 勝てたとは思うが、状況を考えるとそう簡単な話ではないのだろうな。

 

 「この辺りの詳細は不明ですが、フシャクシャスラの攻略は完了。 在りし日の英雄の撃破も成ったとの事ですが――」

  

 この辺りは送り込んだ人員による情報収集の結果だそうだが、流石に中枢までは潜り込めなかったようで全て把握とは行かなかったようだ。

 その為、確定情報ではありませんと前置きしてファティマは話を続ける。


 ヴェンヴァローカでの攻防戦の後、在りし日の英雄の撃破には成功したが討伐軍の半数以上が死亡。

 生き残った連中も大半が重傷。 現在は立て直しの最中だそうだ。

 主力だった聖堂騎士も大半が死亡か戦闘不能。 聖女は生き残ったらしいが、ヴェンヴァローカが用意した聖剣使いは死亡したとの事。


 「――肝心の聖剣はどうなった?」


 あの尻の軽さだ。 持ち主が死んだのなら早々に次へ行くのが聖剣と言う代物だと思ったのだが……。

 

 「こちらは未確認情報なのですが、英雄撃破の際に何かが起きて聖剣、魔剣が共に消失。 代わりに現れたと言うのが――」

 「あの黒い柱か」


 状況だけで判断するのなら英雄と相討ちになったと言った所か?

 だが、肝心のあの柱がどうやって湧いて来たかが分からんのは少々拍子抜けだな。

 分かっては居たがあれは辺獄からでしか観測できないので、情報に関しては少し当てにしていたのだがそう簡単にはいかんか。


 「……取りあえず話は分かった。 準備が出来次第、俺も向こうへ行くとしよう」


 必要な情報は集まった。 後はやる事をやって行くだけだ。

 席を立つ。 あぁ、そう言えば忘れていた事があったな。


 「例の埋まった山の件だが――」

 「既に作業員を送っており、明日にでも採掘作業に入る予定です」

 

 恐らく聖剣は出てこないだろうが、例の符もそうだが連中の歴史関係にも興味があるので資料の一つも出て来れば何かの役に立つだろう。

 

 「あ、あれ? 何で私の部下からの報告前に情報が集まっているんだ?」


 さっさと済ませる事を済ませるとしよう。

 例の権能の検証は――少し難しいか。 俺は頭の中でやるべき事を軽くリストアップしながら部屋を後にした。

 

 

  

 ローが部屋を後にし、足音が消えてからその場に残されたファティマは表情を消してベレンガリアへと視線を向ける。

 

 「ひっ!?」


 欠片も温度が籠っていない視線に晒されてベレンガリアは思わず小さく悲鳴を上げる。


 「さて、ロートフェルト様から貴女達の処遇に関しては一任されています。 一先ず確認なのですが、貴女達は私達の配下になりたいと言う事で間違いありませんか?」

 「いや、それは――」

 「も、勿論でさぁ! こう見えてもお嬢はきっとお役に立てますぜ! あっしらも荒事であるなら力になれると思いやす!」


 柘植が被せるようにそう言い、隣の両角は追随するように何度も頷く。

 ベレンガリアは反射的に文句を言おうとしたが、耳が拾った異音に口を閉じる。

 カチンカチンと小さく金属が鳴る音だ。 発生源はファティマの後ろにいるハリシャ。


 ニコニコと笑みを浮かべて刀の鯉口を切っては戻している。

 笑顔は優し気ですらあるのだが、街で住民を切り刻んでいる場面を目の当たりにしたベレンガリアは思い出して気分が悪くなったのか小さく口元を押さえた。


 ハリシャは事前に面接の結果次第では斬り殺しても良いと言われていたので、許可が出るのを今か今かと待っていたのだ。


 「私が知りたいのはそこなのです。 貴女に何が出来るのか。 それは先程の召喚を見て分かりましたが、私達にその能力をどう利益として還元してくれるのでしょう?」  


 ファティマの態度は表面上こそ変わらないが、後ろに控えていた護衛の一人――マリシュカだけは気が付いていた。


 ――あ、これは相当怒っているなと。


 どうもさっき話を振って首を傾げられたのが――と言うよりは主であるローの前で恥をかかされたのが相当、頭に来ているようだ。

 表には出ていないが、表情は勿論、声にも感情が全く籠っていないのが分かる。

 ちらりと他の同僚を窺うが、転生者とベレンガリアの動きに注意を払っており、明らかに気が付いていない。 ハリシャに至っては刀を鳴らしていつでも斬りかかれる体勢で命令を待っている有様だ。


 駄目だ。 同僚二人はファティマに注意を払っておらず、ハリシャに至っては目の前の連中を斬り刻む事しか考えていない。  

 マリシュカは内心で頭を抱える。 いざという時は自分が止めるべきなのだろうか?

 例の悪魔召喚に成功し、主であるローが満足している以上はこいつ等を殺せない。


 殺してしまえば最悪、不興を買う恐れすらあるだろう。 ファティマもその辺りは理解しては居るだろうが、当の本人が居なくなった事により怒りが上回りつつあるのだろうと彼女は考えていた。

 何か言って落ち着かせる? 怒りがこっちに向いても困るし……うん、放置でいいか。 彼女は考えるのを止めた。

 

 マリシュカが葛藤に決着を着けた頃、ベレンガリアも自らの身の危険を感じ取っていた。

 彼女は察しも悪い上、空気も読めないが、ここまで明確な命の危機に気付けない程ではなかったようだ。

 特にハリシャの態度を見て誰も咎めない時点で察せないようなら危機感以前に認識に何かしらの欠陥があると見ていいかもしれない。


 ベレンガリアはふと思った。


 ――もしかして次の発言で何か失敗すると私は死ぬのだろうかと。


 その予感は正しかった。 最低限、ベレンガリアを配下にするリスクに釣り合ったメリットを提示しない限り彼女に明日はない。

 今、この場では殺されないかもしれないが、ファティマは処分を決めればローの機嫌を損ねない形で理由を作ってベレンガリアを処分するだろう。


 そしてこう言うのだ。 何の利益も齎さない不要物だったので処分しました、と。

 今、この場では命は奪わないだろう。 ただ、命以外は全て奪われ、例の母体組織の情報を集め終えれば処分となる。


 少なくともベレンガリアにとって一生を左右する展開である事は間違いなかった。

 

 「――わ、私は――」


 彼女は必死に考えた結果、言葉を何とか絞り出した。

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