第692話 「訃報」
――あぁ、分かった。 大変だったな。
執務室で聖女からの報告を聞いた俺――エルマンは通話を終えた魔石を懐にしまう。
バラルフラームの時とは戦力の規模が桁違いだった事を考えると、厳しい戦になるだろうと予想していたが思っていた以上に大事になっていた。
辺獄に「在りし日の英雄」、闇の柱と「虚無の尖兵」か。
正直、情報量が多すぎて頭が付いて行っていないが、聖剣と魔剣の関係性を知れたのは収穫と言えるかもしれん。
何かしらの条件があるのだろうが、エロヒム・ツァバオトとサーマ・アドラメレクを一緒にしておくのは相当に危険だったようだ。
……結果的にではあるが引き離したのは良かったのかもしれんな。
聖女の話を聞いた限りだが対になっている聖剣と魔剣で例の現象が起こるとの事だが――溜息を吐く。
腰の魔剣は時折カタカタと動いて自己主張するので、押し付けられてから胃が痛くてしょうがないぜ。
不安だったので俺の手元に来て直ぐに魔法道具で封印を強化しておいたが、欠片も安心できない。
本音を言えばその辺に捨ててしまいたいが、危険すぎるのでそんな真似もできないと。
誰か引き取ってくれないか……。
は、こんなヤバい代物を好き好んで腰にぶら下げる奴なんて居る訳ないだろうが。
正直、そんなあり得ない事を考える程には参っていた。
――話を戻そう。
聖女の話ではかなりの犠牲は出たが、一応は在りし日の英雄は消滅した。 撃破こそできなかったが結果的に仕留めた形になったのか。
辺獄による侵攻は防げた訳だが、同等以上に厄介な案件が発生しなければめでたしめでたしといえたんだがなぁ。
「……後はカサイへの説明か……」
その犠牲の中には送り出したミナミも含まれていた事が俺の気を重くする。
伝えるのは俺がやっておくと請け負った手前、やらない訳にはいかないか。
死んだミナミには悪いが、異邦人が辺獄に行けばどうなるのかもはっきりしたので無駄死にじゃなかったのが――考えを追い払うように首を振る。
これは良くないな。 俺は確かに連中の事が嫌いだが、数と損益で割り切るのは違う。
座っていた椅子の背に体重を預ける。 疲れているのは自覚しているが、ままならないな。
悪い報告ばかりで頭がおかしくなりそうだ。
聖女はこのまま引き続き連中に手を貸すと決め、明らかにヤバそうな化け物共と一戦交える覚悟を決めている。
聖剣と魔剣の関係が一部ではあるがはっきりした以上、クリステラの聖剣と対になっている第五の魔剣の所在についても調べる必要が出て来たな。
ウルスラグナでそんな規模の災害を起こされても敵わん。
最低でも所在だけでも掴んでおかないと不味い。 聖女の聖剣に関しては俺がサーマ・アドラメレクを抑えている間は問題ないだろう。
……クソッ! こんな厄介事を抱え込む事になるとはな。 誰だ、聖剣を戦力に組み込もうなんて考えた馬鹿野郎は? ――あぁ、俺だよ畜生!
ガリガリと頭を掻く。 あちこちで問題がゴロゴロしているが、ふざけた事に少し前から新しい問題も湧いて来たのだ。
具体的に言うとユルシュルで不穏な動きがあるらしい。 あの連中、懲りずに武具を生産して軍備の増強を始めているようだ。
オラトリアムと戦り合って結構な数の兵を失ったはずなのだが、何処から調達したのやら。
ユルシュル王の顔を思い出して溜息を吐く。
あの男は馬鹿なんじゃないのだろうか? 以前にこれ以上ない程の大敗を喫しておいてまだ諦めないのは、執念と言うよりは正気を失ったか、痴呆にでもなったんじゃないのか?
そんな考えが自然に出て来る程度には愚かな事をやっているといった感想しか出てこない。
流石に無策で挑む程、血迷ってはいないと思いたいので恐らくは何かしらの勝算を得たのだろう。
怪しいのはあのジャスミナとか言う胡散臭い女の連れだ。
あいつ自身の思惑は聞きはしたが、勢力が三分割された組織で下が奴に忠実とは考え難い。
可能性としては奴の部下と見せかけて、話に聞いた姉か妹の息がかかった間諜と言った所か?
もしそうだとしたらオラトリアムにも行っている可能性があるな。
一応、次にファティマから連絡があれば警告をして借りを――あ、痛ててて、あの女の事を考えると胃が……。
魔法で痛みをどうにかして思考を続ける。
警告なんてしなくてもあの連中なら問題ないだろうが、聖剣や魔剣、辺獄関連の情報は流しておいた方がいいだろう。 いざと言う時に巻き込んでしまえるからな。
それに事が起こってしまえば他人事では済まないので、警鐘と言う意味でも向こうの耳に入れておくべきだろう。
辺獄と虚無の尖兵。 第五の魔剣の行方。 ホルトゥナ、ユルシュルの動向。
聖剣と魔剣の関係。 後はオラトリアムへの警告とミナミの死の報告。
考えれば考える程、逃げ出したくなる。
「唯一の朗報はクリステラ達が帰って来た事ぐらいか」
ここ最近で唯一の明るい知らせはクリステラ達からアープアーバンを抜けたといった連絡を受けたぐらいだ。
そう遠くない内に王都に着くとの事なので、王都の守りに関しては問題なさそうか。
ついでにサーマ・アドラメレクも押し付けてしまおう。 そうしよう。
あいつに持たせれば早々奪われると言う事にはならない筈だ。
我ながら名案だと自画自賛して強引に気持ちを立て直してから席を立つ。
……取りあえず、やれる事からやるとするか。
まずはカサイへの報告だ。 恐らくはキタマから聞いているだろうが、送り出した以上は俺の責任でもある。 少なくとも俺の口からも話をしておくべきだろう。
気が重いと思いながらも俺は執務室を後にした。
「……そうですか」
「あぁ、行かせる判断をしたのは俺だ。 責めるなら聖女でなく俺を――」
異邦人の居住区にある応接室に場所を移し、仕事をしていたカサイに時間を取って貰いこうしてミナミの死を伝えたのだが……。
カサイは小さく首を振る。 事前にキタマから話を聞いていたようで、ある程度の整理は付けていたのだろう。 激高するでもなく落ち着いていた。
「……北間に謝られましたよ。 三波が死んだのは自分の目の前だったのに何もできなかったって」
カサイは無言で窓際に移動。 気を紛らわせる為なのか、視線は外へ向けている。
「正直、三波が死んだって聞かされても今一つ実感がないですね。 全部俺の知らない所で進んで終わっちまった事もあって――」
「俺が言っても白々しく聞こえるかもしれんが、死んじまうってのはあっけない物だ」
実際、俺自身もそうだったのだ。 親友のスタニスラスも俺の見ていない所で逝ってしまった。
奴だけじゃない。 少し前に会話していた顔馴染みが数日後に死んでそれっきりだった。
よくある話と言えばそうかもしれんが、割り切れと言うのは酷な話か。
「……そうかもしれないっすね。 前の時は俺も戦闘に参加したので、多少の実感はあったんですけど。 今回は普通に仕事してたら連絡が入ってこれですからね。 はは、マジで訳が分からねぇ」
その声は少し震えていた。
「いや、まぁ、分かってるんですけどね。 つい思っちまうんですよ。 俺が行っとけば良かったのかなって」
…………。
俺には何も言えなかった。
カサイはしばらく無言で窓の外を見つめた後、微かに震えた声で「仕事に戻ります」と小さく会釈をして部屋を後にした。
俺は小さく肩を落とす。 我ながら嫌な役回りだ。
落ち込んでも居られない。 やるべき事はまだまだ多い。
カサイの足音が遠ざかって消えた後、俺も小さく溜息を吐いて自分の執務室へと戻る事にした。
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