第693話 「派遣」

 ――えぇ、第一陣には必ずソッピースを加えるように。 とにかく情報が足りません。 向こうで何があったのか可能な限り正確に調べなさい。


 一通りの指示を出し終えた私――ファティマは小さく息を吐きました。

 まだまだやる事はあるので、休んでも居られないからです。 後でエルマンからも事情を聞かなければならないので忙しいですね。

 

 「姉上、取りあえず向こうに送るメンバーの選出は済んだ。 イフェアスを指揮官にスレンダーマンと防御に長けた大型のレブナントを中心に固めるつもりだけど構わないかな?」

 

 同様に各所に連絡していたヴァレンティーナが確認を取って来たので頷きで応えます。

 本来ならロートフェルト様の近くに大部隊を送り込むような真似は許可されないのですが、状況が状況なので今回は許可が下りました。


 何があったのかは詳しく教えて頂く事はできませんでしたが、戦力を送るようにと指示を受けた以上はやるだけです。

 向こうでの拠点構築もあるので戦闘力のあるメンバーで固めるのは問題ありませんが、向こうで押さえたアクルール商隊があるので、再利用すれば基盤を築く事はそう難しくないでしょう。

 

 ……あの様子ではお急ぎのようですし、いっそ私が直接向かうべきでしょうか?


 半端な者に指揮を取らせるよりは私自身が陣頭で指示を出した方が早い。

 自分がオラトリアムを空ける事のメリットとデメリットを天秤に掛けましたが、前者がやや上回るといった所でしょうか。 そうと決まれば後は動くだけです。


 「ヴァレンティーナ。 第二陣には私も参加します。 護衛の選別を」


 それは予想外だったのかヴァレンティーナは小さく目を見開く。

 

 「いや、姉上? 本気かい?」

 「貴女が居ればこちらは問題ないでしょう」

 「確かにどうにでもなるけど、あくまでここのトップは貴女だ。 最終的な判断は――」

 「保たせなさい。 できますね?」

 

 ヴァレンティーナは小さく言葉に詰まりましたが、ややあって肩を落としました。

 

 「分かった。 こちらは私が何とかしよう。 なら姉上、貴女の姿を借りる許可を貰うけど構わないね?」

 「構いません。 私が不在時は貴女が責任者です。 与えられた裁量を逸脱しないのであれば好きにしなさい。 ただ、定期的に連絡は入れますので報告は怠らないように。 特にここ最近はユルシュルが妙な動きをしているようですので、気を配るように」


 私は指示を出すと壁に立てかけておいたタンジェリンをヴァレンティーナに渡しました。


 「向こうでは使えないのでこれも貴女が使いなさい」

 「分かった。 後、姉上が行くのならあの三人の他にシルヴェイラかハリシャのどちらかを護衛に付けて貰うよ。 いや、この場合はトラストの方が――」

 「ハリシャを連れて行きます。 後は――」


 人選を即座に決定し、次の話をしようとした所でドアが唐突に開きました。

 ヴァレンティーナが即座に前に出ます。


 「邪魔するぞ」


 現れたのはヴェルテクスでした。 その背後では護衛の三人が引き留めようとしていましたが、私が頷くとそのまま下がって控えます。 ここに現れた用事は聞かれなくても分かっているので用件をどうぞと促しました。 大方、例の依頼の事でしょう。 思ったより早かったですね。


 「進捗は? その様子だと良い報告と期待しますが?」

 「ホルトゥナとか言う連中が使用している分に関しては解析が終わった。 ローの言う通り、明らかに連中が独自開発したって訳じゃなさそうだ。 調べたが、魔法適性のないカスでも扱えるように機能に制限をかけている形跡があった」

 「それは結構。 で? 使えますか?」

 「――問題ない。 材料さえ揃えられれば複製は訳ないな」


 悪くないタイミングですね。

 接収した魔導書の解析を依頼していたのですが、思っていたよりも随分と早く済んだようです。

 流石に有能ですね。


 ……少し無理をしたようですが……

 

 睡眠をまともに取っていないのか目の下には隈が出来ており、全体的にやつれたような印象を受けます。

 

 「使えるだけですか?」

 

 使えるだけでも充分ですが、私はそれ以上を求めています。

 ヴェルテクスはそれを聞いて不快気に表情を歪めました。


 「舐めてんじゃねぇぞ。 そっちも終わっているから足を運んでやったんだろうが」

 「それは素晴らしい。 では時間も押しているので詳しく聞きましょうか」

 

 ヴェルテクスはあぁと頷いて退出。 私もそれに続きます。

 出て行く前に振り返ってヴァレンティーナに後はお願いしますとだけ、伝えて私は外で控えていた護衛の三人を連れて部屋を後にしました。




 ――素晴らしい。


 私はさっき調整を済ませたばかりの青い魔導書を撫でながら一人歩いていました。

 先程、性能テストも済ませたので、問題なく実戦に投入できるでしょう。

 立場上、前線に出る事態は避けねばならないので使う機会は先になりそうですが、適性がある者には順次支給するように伝えておいたので近々、見込みのある物の手に渡る事となります。


 「貴女達はどう思いますか?」


 私は魔導書を軽く持ち上げて護衛の娘達に意見を聞いてみました。

 元聖堂騎士の視点からはどう見えるのか少し興味があったからです。


 「見た限りで言うのなら負担も少なく安定した威力を発揮しているので、後衛には一つ持たせたい代物ですね」


 最初に応えたのはエルジェー――エルジェー・ナジ・エーベトです。

 動き易さを重視して今は全身鎧ではなく軽鎧を身に着けていた彼女は威力と安定性に重きを置いた考えのようで、剣や盾のように扱い易いか否かが重要と付け足しました。


 「……不具合が出ないのなら良いのではないでしょうか?」


 ぼそぼそと囁くように言ったのはボグラールカ――ボグラールカ・ティサ・バーリントです。

 彼女はいつでも全身鎧に兜の面頬をしっかり下ろしており、声が小さいので少し集中しないとよく聞き取れません。 ただ、仕事はしっかりとこなすので不満はありませんね。

 

 彼女曰く、安定性こそ重要と主張し、暴発や暴走せずに狙った時に狙った効果が出ればよい物だと考えているようです。 堅実な彼女らしい意見ですね。


 「うーん。 個人的にはルカと近い意見ですけど、もうちょっと検証してからの方がいいんじゃないかなとは思いますね」


 最後に否定的な意見を口にしたのはマリシュカ――マリシュカ・ガライ・フニャディです。

 ちなみにルカはボグラールカの愛称ですね。

 彼女は鎧が嫌いと言うよりは拘束される事を嫌う傾向にあるのか、鎧は身に着けずに腰には銃杖と短剣。 緊急時には私を連れて離脱できるように転移魔石を懐に忍ばせています。


 彼女の意見はホルトゥナでの運用ノウハウがあるにしても自身で検証した訳ではないので、信じすぎるのは少し心配だと言う事でしょう。 なるほどと小さく頷きます。

 

 「ところでリブリアム大陸行きでいいんですよね?」 

 「えぇ、北部のモーザンティニボワールという国へ向かいます」

 

 マリシュカは周りに誰もいないとこうやって少し砕けた口調で話しかけて来ます。

 その度にエルジェーが窘めているのですが、改める気はなさそうですね。

 仕事はしっかりこなしているので、客や外様の人間が居る前でやらないのであればと私は黙認しています。


 ……うっかりやってしまえば折檻ですが。


 「感じからして国盗りって訳じゃなさそうですね」

 「えぇ、多少の武力行使はあると思いますが、本命は大陸中央部になるでしょう」

 「あの方の狙いって何なんでしょうね? 無礼を承知で言わせて貰いますけど、騒動を治める感じじゃないんでしょう?」


 つまりは向こうで最終的に何をする事になるのかが気になると言った所ですか。

 全てをお話になられませんでしたが、私はあの方の妻!

 夫の考える事は手に取るように分かりますとも。 えぇ、勿論。 


 私は薄く笑みを浮かべて答えました。

 あの方のやる事なんて決まっています。

 

 「勿論――」


 私の答えを聞いた三人は思わず絶句。

 その反応に満足して急ぎますよと歩く足を早めました。

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