第690話 「被害」

 ――拳は聖女に接触する直前に何かに遮られるように止まる。

 ローランドによる権能の防御だ。

 その隙を見逃さず、聖剣を上から一閃して影を斜めに両断。


 人型の闇は聖剣の光に打ち払われるように消滅。

 振り返るとヘオドラやローランド達が他の人型を相手にしていた。

 

 「『急げ! 早く塞ぐんだ! まだ『尖兵』しか出て来ていない今なら間に合う! 『衛兵』以上に出て来られると勝ち目がないぞ!』」


 現れた闇はまだ十数体のみなので、聖女は即座に次の敵に斬りかかるがどれも手強い。

 それぞれが何らかの技術を高い水準で修めた存在なのか、動きが異様に良いのだ。

 何らかの武器を持っている者が大半だが、素手の者も存在している。

 

 ――確かに高い技量を備えている。


 聖女は槍使いと切り結びながらも違和感を覚えていた。

 彼女の言う通り、敵の戦闘能力は間違いなく聖殿騎士以上だろう。 それでも聖堂騎士には及ばない。 


 そう考える根拠は敵の動きだ。 人型の闇の攻撃は洗練された物ではある。

 しかし、その動きは予め決められた型をなぞっているような無機質なものがあるのだ。

 彼女の語彙では上手い言葉が出なかったが、人型の闇の動きを例えるなら機械的だろう。


 動きに生物特有の揺らぎが存在せず、人によってはシステマティックなモーションと言われた方が理解がしやすいかもしれない。 動きではなく機械的なモーションなのだ。

 その為、目が慣れると攻撃パターンが非常に読み易い。


 聖女も早い段階でそれに気付き、相手の三連突きを防いだ後の一呼吸置く隙を突いて斬首。

 周囲を見るとヘオドラが戦っており、権能で引き上げた身体能力で敵を叩き潰していた。

 そのまま次の敵へと向かっていたが限界が近いようで、表情には疲労が張り付いており服のあちこちから血が滲んでいる。


 これ以上戦うと命に係わるのは明らかだ。


 「カーカンドル枢機卿! 貴女は一度下がって立て直しを!」

 「『そうもっ! 言って! いられませんのよ!』」


 ヘオドラは苦し気に剣を振り回し続ける。

 大きな動きで体を動かしているので、彼女の服の袖口から破片ような物が散るのが良く分かった。

 散っているのは負担を肩代わりさせる為の魔法道具だ。


 彼女の権能行使と憑依に耐え切れなくなって次々と砕け散っており、もう限界はとうに過ぎ去っている事を示していた。 彼女は文字通り命を燃やして戦闘を継続しているのだ。

 一対一でなら少し時間はかかるが、聖女であるなら仕留めるのは容易。


 人型の闇は上空の亀裂からポツポツと雨漏りか何かのように散発的に落ちて来るだけだが、徐々に出現ペースが上がっている。

 

 「亀裂もそうだけどあの柱を何とかしないと――」


 落ちて来る敵もそうだが、亀裂を広げている原因である柱を何とかする必要がある。

 そして柱からも何かが出てこようとしていた。

 腕の様な物が突き出し――突如、三方から光の柱が立ち上り、闇の柱が押さえ付けられるように収縮。


 出てこようとした何かも影響を受けたのか押し戻される。

 同時に空からの闇の落下が止んだ。 恐らくこれがグノーシス教団の対抗策なのだろうと判断。

 疑問を挟まずに残りの敵の排除に集中。


 慣れればそこまで難しい相手ではないが、一対一で尚且つ相手の攻撃パターンを掴む時間があればと言う前提が付く。

 ヘオドラも限界なので、聖女は焦りながらも残りの敵の撃破を急いだ。

 幸いにも敵の武器は聖剣を何度か当てれば砕けるのが分かってからは、武器を破壊して戦闘能力を奪ってからとどめを刺す形に方針を変更。


 そんな調子で出てきた影を倒し終えた頃には辺りは静かになっていた。

 

 「ローランド枢機卿。 この状況は一体……?」


 予断を許さない状況ではあるが、事情ぐらいは聞けそうだと彼等を振り返り――目を伏せた。

 その理由は彼等がもう消えかけていたからだ。


 「『聖女ハイデヴューネ。 申し訳ない。 事情を説明したい所ではありましたが、我々にはその時間がないようです。 ここは一度下がって立て直しを』」

 「……分かりました。 ありがとうございます。 貴方達がいなければ……」

 「『いえ、こちらこそ。 貴女が居てくれて本当に良かった。 今なら穴を塞ぐ方策も執れる。 状況は絶望的ですが、まだ手立てはあります。 どうか――最後まで――諦めないでく――だ――』」


 それを最後にローランド達は空気に溶けるように消えて行った。

 同時にどさりと誰かが倒れる音がしたので、振り返るとヘオドラが全身を血に塗れさせて倒れている。

 慌てて駆け寄って彼女の体を確かめると、何とか生きてはいるようだ。


 それでもあちこちがボロボロになっており、出血も酷い。

 特に手足にある内側から破裂したような傷は早く処置しないと命に係わる。

 聖女は持っていた魔法薬を振りかけて応急処置をした後、彼女を抱えて踵を返す。


 本来ならあの柱を何とかしなければならないのだろうけど、どうすれば良いのか分からない以上は事情を知っているであろうグノーシス教団から対策法を聞いてから事に臨むべきだろう。

 それに聖女自身も白金の聖騎士の戦闘でとうに限界を超えていたのだ。

 

 一度下がって休息を取る必要がある。

 

 「……ヤドヴィガさん……」


 別れすら告げられなかった彼女を悼むように聖女は小さく目を伏せた後、その場を後にした。

 


 

 戻る途中、辺獄種と戦っていたエイデン、リリーゼと合流して後退。

 白金の聖騎士が消滅した事で戦場を統率する存在が居なくなり、辺獄種達が烏合の衆と化した事もあって危機は脱したようだ。

 辺獄の侵食もグノーシス教団が何かをしたのか、押し戻せているようで最初にヘオドラ達が陣取っていた砦が元に戻っている。


 何とか砦に到着した聖女達は負傷したヘオドラを預け、事情を知っている者の下へと向かう。

 エイデンとリリーゼも限界だったようなので休ませ、今は彼女一人だ。


 「英雄討伐ご苦労だったな」


 砦で聖女を待っていたのは第十司祭枢機卿ヘルディナンド・ドゥ・ムエル・マクリアンだ。

 労いの言葉をかけて来るがとてもじゃないが、今の彼女は素直に受けてなかった。


 「えぇ、ですが状況は――」

 「分かっている。 未だに危機的状況ではあるが、まだ希望が潰えた訳ではない。 最善の行動をする為にまずは状況を正確に見極める事が必要だ。 ――分かるな?」


 彼の言う事は正しいと理解したのか聖女は素直に頷く。

 マクリアンはよろしいと頷くと現状を語り始めた。


 まずは比較的ではあるが良い報告。 戦果についてだ。

 在りし日の英雄の消滅に伴いフシャクシャスラにあった魔剣を安置していたであろう拠点と、彼の配下らしき辺獄種は全て消滅。 残りは大した事のない辺獄種に統率者も失ったので現在、掃討戦に移行しているようだ。 このペースならそう時間もかからずに全滅させる事も可能となる。 

 

 同時に魔剣の消失により辺獄の侵食も停止。

 ただ、聖剣も同様に消失しているので、押し返す事も出来ないがグノーシス教団には手段があるらしくマクリアンは数日中に辺獄の侵食部分をどうにかするとの事。


 そして次の報告。 これは聖女自身とマクリアンの擦り合わせた形だが、被害についてだ。

 まずは前線での犠牲。 聖剣シャダイ・エルカイと担い手たるヤドヴィガ・ポポリッチの消滅。

 救世主のプロハスカ、モラヴェッツ両聖堂騎士の死亡。 加えて先鋒を務めた聖堂騎士は七割が死亡、生き残りも半数が戦闘の続行が困難な負傷で高度な治療が必要とされる状態だ。


 動員した聖殿騎士、聖騎士、傭兵団やヴェンヴァローカ側の軍勢も総数の六割強が死亡。

 生き残りも戦闘可能な者は僅かとなっている。

 エイデンとリリーゼも生きてはいたが、戦場での負傷と疲労でしばらくの休養が必要な状態だった。


 加えて、ヘオドラの負傷とローランド、ホーネッカーの両枢機卿の死亡。 

 これが前線での被害の全てだった。

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