第658話 「跡目」

 聖女は聖剣の刃を見せるようにジャスミナへ突き出す。

 

 「もしかしたらご存知かもしれませんが、聖剣には持ち主を守る加護が備わっており、危機があれば所持している私に伝わります。 ジャスミナさん。 その危機の範囲がどれだけの広さかはご存知ですか?」

 「い、いえ……」

 

 ジャスミナは聖剣とその柄をしっかりと握っている聖女の手を交互に見ながら首を振る。

 俺はそれを見て聖女が何を考えているのかを察した。

 なるほど。 そのやり方なら腹芸は通じんな。 嘘を吐いた際の危険が大きすぎる。


 「この剣は人の悪意や害意に敏感です。 そして虚偽はそれを源としている場合が多い。 私はこれから貴女の事情ではなく、「真意」を尋ねます。 何ら後ろめたい事がないと言うのならこの剣は何の反応も示さないでしょう。 ただ、反応を示した場合は――」


 それ以上は聖女は何も言わない。

 ジャスミナはどう受け取ったのか額に汗を滲ませていた。 

 聖剣にそんな便利な機能があるとは聞いていない。 間違いなくハッタリだろう。


 ただ、真偽の確認が出来ない以上、この状況で惚けられるなら大した物だが――

 

 ……あの表情を見る限り問題ないだろう。


 「まずは基本的な事を確認します。 貴女の目的は辺獄の領域を何とかする事。 それに間違いはありませんね?」

 「は、はい! 私はその為にここに来ました」


 聖剣は何の反応も示さない。 まぁ、嘘でも反応しないだろうが。

 

 「では、貴女が私に助力を求めた事に他意はありませんか?」

 「……それは――」


 思わずと言った感じで口籠る。

 俺はそれを見て小さく鼻を鳴らす。 そんな事だろうと思った。

 後ろめたい事がありますと自白しているような物だ。

 

 「大方、始末だけさせて用が済んだら聖剣とついでに魔剣を奪うって算段か?」 

 「ち、違う!? 確かに私には話していない別の目的があります。 ただ、決して聖女殿に危害を加えるような真似は――」

 

 どうだか。 取り繕うようにそう言っているが、悪いが信じる気にはなれんな。


 「なら、目当てと事情を洗いざらい話せ。 それにお前、事情も話さずに他人に命懸けろとか舐めているのか?」 

 

 知らずに声に怒気が混ざる。 ジャスミナは観念したように小さく肩を落とす。

 

 「まずは私の素性から。 先程も申し上げましたが、私はある組織に所属しています」


 それを聞いて小さく眉を吊り上げる。 まぁ、見た感じ真っ当な宮仕えには見えないし、どこかの諜報関係――にしてはお粗末な態度を見ると、何かしらの非合法組織って所だろうな。

 ジャスミナはゆっくりと話し始めた。


 ――ホルトゥナ。


 それが組織の名称らしい。 目的はリブリアム大陸での技術の開発と研究、及び収集。

 

 「主な技術内容は?」

 「――詳しくは言えませんが悪魔の召喚関係とだけ」


 ……あぁ、そう言う事か。


 少し思い当たる事があったので口に出す。


 「そりゃ、妙な本で悪魔を呼び出す奴か?」

 

 反応は劇的だった。 目を大きく見開いて俺に険しい視線を向けて来る。

 やはり当たりか。 どうやらアラブロストルでクリステラ達とかち合ったのはこいつ等で間違いないな。

 そうなるとますます信用できないな。 協力関係にある筈のグノーシスから聖剣エロヒム・ギボールを盗もうとしていたという事になるからだ。


 「アラブロストルでの一件を知っていると言う事は聖剣を得たのは貴方達か!?」

 「何の事かさっぱり分からんな。 アイオーンは発足の関係で、グノーシスとは完全に切れた訳じゃない。 俺個人にも伝手があってな? 変わった事は自然と耳に入るって訳だ」


 そう言って肩を竦めてやった。 聖女が聞いていないとばかりにこっちを見たが気付かない振りをした。

 まぁ、情報の出所は送り込んだマネシアから聞いた話なんだがな。 今はいいだろう。

 色々とボロを出して来たが、それだけに分からんな。 何で同盟相手との関係が悪化するような真似――まさかとは思うがグノーシスとの同盟は口だけの嘘か?


 「――で? おたくらホルトゥナってのは同盟相手を平気で切るような組織なのか?」


 下手に追及される前に話の矛先を変える。 こういう時は話題を逸らすに限るな。

 ジャスミナは違うと首を振る。


 「グノーシスとの同盟関係に関しては嘘じゃありません。 ただ、彼等は戦場に聖剣を投入する事をしないので、エロヒム・ギボールも本国へ回収されてしまえばもう動かせなくなる。 そうなる前に――」

 「――横から掻っ攫って戦力に組み込もうとしたと?」


 ジャスミナは苦い表情で頷く。

 

 「選定された使い手さえいれば彼等も簡単には手を出せない! 聖剣は一つあるだけで戦況を一変させる代物です! ですから……」


 協力関係とは言っても利害優先の上っ面だけの物か。

 それにしてはやる事が杜撰だ。 事情があるにしても協力を取り付けたと言っている割には行動に距離を感じ――いや、こいつ等はあくまで仲介役で本当の同盟相手はフシャクシャスラの近隣にあるらしい国のヴェンヴァローカって所か? ……だとすれば戦力を集めると言っているが、一枚岩ではなく独自に揃えると言った形を取っている方が自然だ。


 ……聞けば聞く程、嫌な予感がする。


 恐らく事情にそこそこ通じているが、こいつ等はグノーシスとの繋がりは薄い。 協力を取り付けたと言っても第三者を介しての間接的な物だろう。 何なんだこの馬鹿丸出しの女は。

 苛々させられるが、話の腰を折る訳にもいかないので黙って続きを聞く。


 その後に出て来たのはホルトゥナの内部事情だ。

 どうも少し前――とは言っても数年前だが、代替わりが起こったらしい。

 結果、跡目争いと派閥による内部分裂が起こったと。


 ジャスミナ・ニコレッタ・ラエティティア。

 これが目の前の女の本名だ。 ラエティティアという家は代々襲名制で、新しい当主には前の当主――この場合、母親と同じ名前が名乗れるらしい。 昔から次の当主となるべく育てられたようで、口振りから凄まじい執着を感じる。


 死んだのならお前が当主だろうと言いたい所だが、問題がある。 理由は奴には妹と姉が一人ずついるからだ。

 その二人の姉妹と組織のトップを懸けて争い――というよりは方針がかみ合っていない所を見ると足を引っ張り合っているのか?


 「組織の長には代々ベレンガリアの名が与えられる。 私は欲しいのです。 ベレンガリアの名が!」

 「……その為に今回の一件を解決してついでに功績を稼ごうと?」

 「はい、話した事に嘘はありませんが、個人的な事なので話しませんでした」


 ……ふむ。


 どう判断した物か。 嘘を吐いている風じゃないな。

 聞けば、今は暫定的にではあるが姉がそのベレンガリアを名乗っており、ジャスミナからすればその状況は非常に面白くないようだ。 

 それを聞いていくつか腑に落ちた。 一枚岩ではないが情報は得ているというおかしな状況はそれぞれの勢力に奴と奴の姉妹が別々に渡りを付けたと言った所だろう。


 つまりジャスミナはグノーシスには関与していない。

 なるほど、そりゃ聖剣盗もうなんて発想が出てくる訳だ。


 「姉と妹の状況は?」

 「……姉は本拠の近くで問題があったらしく、今は身動きが取れていません。 妹は――あの娘はグノーシスの方とその――」


 言い難そうに口籠る。 反応から察した。


 「体を使って取り入ったか・・・・・・?」


 俺がそう言うとジャスミナは力なく頷いた。 なるほど、折り合いがつくのならいい手ではあるだろう。

 グノーシスでもそう言った手が通用する手合いもそれなり以上に居る。

 聖職者とか偉そうな肩書こそあるが、所詮は人間だしな。 効く奴には効く。 効かない奴にはまったく効かないが。


 何となくだがこいつがここまで来た理由と事情が見えて来たな。

 行動の根っこには明らかに姉妹に対する嫌悪や忌避感がある。 色々と言っているが、今回の一件で最大の功績を叩きだして出し抜いてやりたいと言うのが最も大きな理由だろう。 その為には自分の用意した戦力が最高の戦果を上げる必要があると。 で、危険を押してここまで来た訳だ。

 一応、理解はできた。 感情が見えるのは良いな。 行動に多少ではあるが説得力が生まれる。

 

 正直、世界を救うなんて大仰な動機よりは、姉妹が気に入らないから自分のやり方で見返してやりたいって方が好感が持てるからな。

 

 ――まぁ、請ける請けないはまた別の話だが――


 悪いが危険すぎるのでハナから請ける気はないし、請けさせる気も――


 「分かりました。 その話、お引き受けしましょう」


 どう言って追い払おうかと考えて聖女に入れ知恵しようと考えていた所で、聖女は唐突にそんな事を言い出した。


 ……え?


 俺はぽかんと間抜けに口を開ける。

 次の瞬間、胃が悲鳴を上げて俺は壁に寄りかかるふりをして脂汗をかきながら必死に魔法で治療を開始した。

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