第657話 「臭話」

 隠しているつもりだったが、自分でも驚く程に小馬鹿にしたような軽い声が出る。

 俺はジャスミナとか言う胡散臭い獣人女に猜疑の視線を向けた。

 聖女に話をさせるつもりだったが、内容が不味すぎる。


 皆の為に世界を御救い下さい?

 口ではそれっぽい事言っているが、いつかのマーベリックと同じで聖女に辺獄の領域へ行ってこいと言っているのだ。


 馬鹿が。 内心で気軽に舐めた事をほざく獣人女を睨みつけた。

 一度行ってあそこの危険性は十二分に理解している。

 バラルフラームでどれだけの死者が出たと思っているんだ。 聖女に複数の聖堂騎士が束になってかかってようやく仕留めた化け物が居る場所になんぞ何度も行ってられるか。


 我ながら出過ぎた態度だとは思うが、この手の連中にはいい加減に俺も限界だった。

 バラルフラームはウルスラグナ国内と言う事もあり、マーベリックの話も他人事ではなかったので乗る事にそこまでの抵抗はなかったが、今回はあの時とは訳が違う。 場所は俺達に何の関係もない隣の大陸だからだ。


 ……他所の揉め事を持ち込んでるんじゃねぇよ。


 「おたくらが聖剣を当てにしているのは分かるが、順序が違うんじゃないか? まずはグノーシス教団に話を持って行くべきだろうが」


 そもそも辺獄の領域への対処なら連中の領分だろう。 まずはそっちに泣きつけ。

 ジャスミナは力なく首を振る。


 「勿論、もう協力を取り付けています。 かの教団からかなりの戦力を供出して頂く約束は取り付けています。 しかし、フシャクシャスラによる侵攻はかなり進んでおり、ウルスラグナの聖女殿と聖剣のお力に縋るしか……」


 なるほど。 打てる手は打った後って訳か。

 その割には違和感のある言い回しだな。 グノーシス教団の連中だけでは力不足――と考えているというよりは別口で戦力を用意したいと言っているようにも聞こえるが、何を企んでいる?


 はっきり言って俺はこの女の事を欠片も信用しちゃいない。

 いきなり世界の為とか損益や事情をすっ飛ばして、大義名分を持ち出している時点で非常に胡散臭いからだ。 押しつけがましいと言い替えてもいい。

 

 「聖剣と言う大きな力が必要なのは分かりました。 ただ、グノーシス教団も聖剣を保有しているのでは?」


 ……確かに。


 聖女の言葉に俺は内心で同意する。

 連中は聖剣や魔剣について詳しすぎるのだ。 保有しているのは当然として、間違いなく扱える奴がいる筈だ。 それも複数。


 この女の言葉が正しいのならかなりの戦力を投入していると見ていい。

 仮にだ、他所の大陸の戦力を当てにする程、余裕がないのなら出し惜しみをしている場合じゃないだろうに……。 こんな所まで来るぐらいに追い詰められていると言う事は、グノーシス教団は聖剣を投入していない? 危険ではあるが聖剣を投入する程の事態ではないと判断している? それとも動かせない事情がある? 何にせよ情報が足りんな。

 

 後の突っ込み所としては――

 

 「そっちにある聖剣はどうした? 大陸中央部なら人口密度も高い筈だ。 扱える奴の一人や二人は出て来るんじゃないか? 言っておくが、ありませんってのはナシだ」


 マネシア経由でモンセラートの話はこっちの耳にも入っている。

 辺獄の領域の近くには必ず聖剣が存在すると言う事は知っているんだよ。

 惚けるようなら話を終わらせてもいいな。 そう考えていたが、ジャスミナは特に誤魔化すような事はせず、素直に頷く。

 

 「――はい。 確かにヴェンヴァローカには聖剣シャダイ・エルカイとその担い手が存在します。 ですが選定されてから日が浅く、聖剣の力を充分に引き出せるかに不安がありまして……」

 

 なるほど、一応は扱える奴が居るのか。 だが、聖剣を使い始めたばかりなので勝てるかどうか怪しいと。

 こいつの言葉が本当ならグノーシス教団に力を借りて、未熟とは言え聖剣使いまで確保できていると言う事だ。

 なら尚の事、話にならんな。 不安ってだけで戦力が足りているのならそっちで何とかしろと言う話だ。 そんなヤバい場所での戦いになんでわざわざ部外者の俺達が首を突っ込まなきゃならんのだ? おたくらの土地の事はおたくらで片付けろ。


 「それで? 話は分かったが、なんでウチの聖女様がそんなヤバい場所で体を張らにゃならんのだ?」

 「ですから! 我々だけではどうにも――」

 「分からん奴だな。 おたくらの尻拭いをする義理はないっていってんだよ」


 間違いなく国外から来た連中ってのはこいつ等だろう。

 わざわざ海を越えて、アープアーバン突破したのはご苦労な事だとは思うが、俺の知った事じゃない。

 話も聞いたが、充分に戦力を揃えて尚、聖女を欲しがる理由としても弱いのだ。 明らかに伏せている思惑があるのだろう。

 

 「貴方は分かっていない! 辺獄の領域を放置すると世界に危機が訪れるのです! ここだって将来的には危険に曝されます!」

 「あぁそうかい、そりゃ危ねぇな。 海の向こうでおたくらのお仲間が全員くたばったら備えるとしようか?」


 エイデンとリリーゼが怪訝な表情でこっちを見ているが無視した。

 らしくないのは自分でも分かっているが、こいつ等は欠片も信用できないので、どうにかして真意を確かめる為に少し煽る事にしたのだ。


 ……まぁ、どういう反応するかである程度は性根が見えて来るし、俺の方も本音が混じっていないかと言えば嘘になる。


 はっきりいって図々しいだけの輩と言う事ならまだマシだが、問題はそうじゃなかった場合だ。

 仮にこいつの話が裏もなく全て本当だとしよう。 そして首尾良く辺獄の問題を片付けた。 その後は?

 お礼言って終わりか? 有り得んな。


 どんな奴がいるかも分からん複数の勢力が混在した見知らぬ場所で、そんなでかい隙を晒せばどうなるかは火を見るよりも明らかだろう。 正直、後ろから斬られて聖剣を奪おうとされても俺は驚かない。

 そもそもこいつの話自体が全て嘘で聖剣と魔剣を奪う為の方便って可能性もある。


 「本気で言っているのですか!? 貴方達アイオーン教団は民を導くのではないのですか!?」

 

 ジャスミナは怒鳴り返してくるが、俺は肩を竦めて頭の冷めた部分で観察する。

 

 ……確かに感情的になっているようには見える。


 辺獄の件は本当なのかもしれん。 これで演技だったら大した役者だな。

 少なくともフシャクシャスラとやらの脅威は本物なのかもしれない。


 ――ただ、意図的に話していない事が確実にあるな。


 これは経験に基づく物で勘に近いが、こういった雰囲気の女は大義よりも実利で動く印象がある。

 俺の所見では要請自体は事実だが、巻き込む事で俺達に話していない利益が発生する――と言った所だろう。 要は体よく利用しようといった魂胆があるんじゃないかと確信に近い域で怪しんでいる。


 ……と言うか――


 さっきから聖女が大人しいがどうしたんだ?

 何だかんだと言ってお人好しなので、ほいほい引き受ける事を懸念して口を挟んだのだが……。

 黙って俺とジャスミナのやり取りを見ていた。


 「エルマンさん。 大丈夫だから」


 聖女がこちらを振り返る。 面頬越しだが、笑みを浮かべているのが良く分かった。

 そう言われると俺としては何も言えないので黙って口を閉じる。

 ジャスミナは俺とは話にならないと判断したのか聖女に詰め寄った。


 「聖女様! どうか、どうかご助力を!」


 聖女は黙ってジャスミナを見つめている。 口を開かない聖女に気圧されたのかしつこく食い下がろうとしていたようだが、押し黙る。

 

 「あ、あの……」

 

 聖女は答えないがしばらくジャスミナに視線を向けると、ややあって立ち上がる。

 

 「せ、聖女様?」


 そしておもむろに聖剣を抜いた。

 おいおい、何をする気だ?

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