二十章

第656話 「面会」

 近頃は気がかりがない訳ではないが、ウルスラグナ王国は比較的平和な日々を送っていると言って良いだろう。

 以前の事件の爪痕は完全に消えた訳ではないが、落ち着きを取り戻しはしたので王都を始め、国全体が日常に戻りつつあったのだ。


 そんな中、俺――エルマンは仕事をこなし判断が必要な案件の処理を済ませていた。

 マネシアとクリステラが抜けた事でそれなりに大きな穴が開いたが、ユルシュルへの牽制はゼナイドに任せ、後進の育成はグレゴアが頑張っている。


 順調に行けば純粋なアイオーン教団の聖騎士や聖殿騎士が誕生する日もそう遠くないだろう。

 後はクリステラが帰って来れば戦力的にも一息つけるし、聖女の負担も大きく減らせる。

 いい感じに物事が進んでいるので俺の胃も少し落ち着いており、安らかな日々が続いている――いたのだ。


 その日は季節も変わり雪も降らなくなり、少し暖かくなって過ごしやすくなったかななんて取り留めのない事を考えている時だった。

 切っ掛けは大聖堂――要は教団の玄関口に来客があったとの報告を受けた事だ。


 誰だと俺は首を傾げた。

 何故なら、用件は聖女との面会だったからだ。 俺の把握している限りではあいつに面会の予定なんて入っていなかった。 つまり事前連絡なしで来たと言う事になる。 付け加えるならフードを目深に被ってツラも見せない怪しい連中との事だったのでますます胡散臭い。


 ……経験上、こういった連中は厄介事しか持ってこないような印象があるので関わり合いにならないのが無難なのだが……。


 正直、無礼だから追い返せと言ってやりたいが、その連中が口にした事が無視できない内容だったので受けざるを得なかったのだ。

 用件は辺獄の脅威についてとの事。 流石に聞き流せる内容でもなかったので、聖女と相談の後に話だけでも聞いてみようという事になった。 まぁ、あいつ自身がお人好しと言う事もあったので、手が空いて居れば話は聞くという流れにはなっただろうな。

 

 フード被った連中には少し心当たりがあった。 注意事項として報告に上がっていた事があったからだ。

 ここ最近、王都に妙な集団が出入りしていると言う事で、本来なら不審者や身分の定かではない者は王都に入る前に弾かれるはずだが、引っかからなかった所を見ると何らかの方法で誤魔化したか、無断で入ったかの二択だ。

 

 間違いなく後者だろうが――後で王国の方に注意しておくべきかと頭の片隅に報告事項として書きつけておく。

 この辺りは王国側の領分なので、事が起こっていないにもかかわらず対処するのは難しかったと言うのもあって注意に留めておいたが、目的はこっちだったのか。 こんな事ならもう少し探りを入れておくべきだったな。

 

 ……結局、放置して居た以上は後の祭りか。


 一応、聖女には簡単に連中の事を耳打ちして含ませておいた。

 俺、聖女、エイデン、リリーゼの四人で用意した面会室へ向かう。


 魔法的に防御されているので盗聴の類にも強い隔離部屋だ。 場合によっては尋問室としても使える。

 中へ入るとフードを目深に被った人物が三人。 真ん中に居る奴が代表か?

 室内は机と人数分の椅子。 三人は大人しく着席して聖女を――いや、視線の動きからその腰にぶら下がっている聖剣と魔剣を見て僅かに驚きを露わにしているようだ。


 それだけで何となく連中の目的は聖剣、魔剣に関連する事だろうと当たりを付ける。

 俺は無言で腕を組んで部屋の角に寄りかかり、手は腰の短槍に触れていた。

 リリーゼも同様に俺の反対側の角に着く。 その手には弓を握ったままだ。


 連中が妙な行動を取れば即座に仕掛けられるように位置取る。

 エイデンは聖女の斜め後ろで不動。 聖女は小さく頷いて席に着く。


 「私がアイオーン教団代表。 ハイデヴューネ・ライン・アイオーンです。 辺獄の事で大事な話があるとの事ですが?」

 「――まずは面会に快く応じてくださった事に感謝を」


 そう言って代表の――声からして女がフードを取る。 見た感じ普通の――いや、そう言う事か。

 連中がフードを被って顔を隠していた理由が分かった。 耳だ。 人の物ではなく獣のような耳をしている。 獣人か。 確かにこの国では素顔を晒して動きにくいな。 服装の理由は分かったが、獣人と言う事が引っかかった。


 ……今はいいか。 まずは目的を喋らせてからだ。


 嫌な予感しかしないが話を聞かないと始まらないしな。

 

 「私はジャスミナ。 ある組織に所属しております。 本日は聖女様にお願いがあってこうして参った次第です」


 そう言って獣人――ジャスミナは深々と頭を下げる。

 

 「お願い?」

 「はい。 用件を簡潔に申し上げますと――どうか我々と共に辺獄種の脅威から世界を守って頂きたいのです」


 ……正直、この展開は予想した中でも最悪に近い部類だった。


 「――一先ず、詳しく話を聞かせて貰ってもいいですか?」


 辺獄種の脅威と言う事は間違いなく辺獄の領域関係だ。 要はこの女はいつかのマーベリックと同じ頼み事をしに来たわけだ。 だが、気になる事もある。 仮に辺獄の領域だった場合、どこだという話になるからだ。

 少なくともこの大陸内ではそう言った話は聞かない。 何故ならウルスラグナに存在したバラルフラームはもはや無く、アラブロストルの近くに存在するザリタルチュも既に攻略されたと聞く。


 残りは大陸南部になるが、ウチの聖女様に大陸の反対側まで行けってか?

 ふざけた奴だという考えは続く言葉で消し飛んだ。

 

 「現在、リブリアム大陸中央部に存在する辺獄の領域「フシャクシャスラ」で辺獄種の氾濫が起こっています」 

  

 ……フシャクシャスラにリブリアム大陸!? 隣の大陸じゃねえか!? 何を考えてやがる!?


 「おいおい、おたくらがどうやって来たかは知らんが、俺の知る限り隣の大陸へは専用の航路が必要の筈だ。 ――で、その航路ってのはクーピッドからだけの物しか知られていない。 おたくらはウチの聖女様に化け物退治をやらせたいみたいだが、どうやって隣まで移動する気だ? ついでに言うならこちらへの見返りは?」

 

 余りにも突拍子もない内容だったので思わず口を挟む。

 呆れが先に立つが、隣の大陸とか完全に他人事なので間をおいて怒りが湧いて来る。

 やはり厄介事を持ってきやがったか。 しかも予想以上のだ。


 「……仰る通り、普通の方法では移動に膨大な時間がかかるでしょう。 ですが、私達には一瞬で移動できる手段があります」


 ジャスミナは事前に断ってから懐に手を入れ、やや大ぶりな魔石を取り出す。

 

 「これは転移魔石と言う物です。 使用すれば対になっている物と場所を入れ替える事が出来ます」

 「ほー、そりゃすごい。 要はそいつで向こうまで移動するって訳だ」


 ……何だそりゃ胡散臭ぇ。


 驚く程、軽い口調で言葉が出た。 全てが胡散臭くて笑っちまいそうだ。

 俺だけなら寝言は寝て言えと追い返すが、聖女はそうもいかない。

 ジャスミナに詳しく聞かせてくれと続きを促していた。


 あぁ、胃がチクチクと痛みだして来たぞ畜生。

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