第659話 「意志」

 「何を考えている!」


 思わず怒鳴る。

 場所は変わって聖女の私室。 準備があると適当に言ってジャスミナはお付きと一緒に客間に放り込んで置いた。

 

 俺の剣幕に驚いたのかリリーゼとエイデンが小さく目を見開く。

 聖女は何事もなかったかのように兜を近くの机に置いて振り返る。

 振り返ったその表情は落ち着いており、それが更に俺の苛立ちを煽った。


 「難しい事は何も。 ただ、必要だと思ったから引き受けただけです」

 「おふざけも大概にしておけ! お前もバラルフラームで在りし日の英雄と戦って、その危険性は理解しているだろうが!」


 あの時、勝てたのはほぼ運だった。 はっきり言ってもう一度やって勝てるとは思えない。

 そう言い切れる程にあの辺獄種の強さは異常だった。

 ジャスミナ達の様子を見る限り、例の魔石とやらで即座に連れて行きかねん。 クリステラが居ないのも痛い。


 仮に行くにしても最低限、あいつを付けないと――くそ、外に出すのを早まったか?

 いや、あの時期でなければ聖剣を手に入れる事が出来なかっただろう。

 判断に間違いはなかったと信じたいが……。


 「分かっています。 僕もエルマンさんと同じでジャスミナさんを信用している訳でも、その話に感化された訳でもありません」

 「なら――」

 「あれから僕もバラルフラームでの戦いを経験して考えていました。 辺獄の領域や在りし日の英雄とは何なのかと」


 俺は呼吸を落ち着けつつ黙って聖女の話に耳を傾ける。


 「彼等が何故あそこまでの怒りを以って僕達に襲いかかったのか、それは分からない。 ただ、あの辺獄種は怒りだけではなく、周りにいた仲間を想っていた事は分かりました。 彼等は感情だけじゃない、確固とした決意を抱いて戦っている」


 だからどうしたといいたかったがぐっと我慢する。

 確かに奴は辺獄種とは思えない程に感情的だった。 実際、あの時の動きは初手から明らかに殺しに来ていたからな。


 「ジャスミナさんは彼等を災害と捉えている節があったけど、彼等は明確な意思を以って侵攻してくる。 そんな彼等がヴェンヴァローカを滅ぼして満足すると思いますか?」

 

 ……。


 否定はできなかった。 聖女の所見は恐らく間違っていない。

 連中は魔物の様な本能ではなく、明確な意思と怒りを以って戦っているのは分かる。

 同意を求められれば素直に頷くだろう。 そこまで聞いてこいつが何を考えているかに察しがついた。

 

 「……要は先を見越して今の内に脅威を潰して置こうと?」


 聖女は答えないが、肯定しているのは伝わって来る。 理解できなくはない。

 今なら侵攻が進んでいるとはいえ、初動に失敗したとは言えない状況だ。 単純に問題の解決だけを切り離して考えるのなら戦力が充実している今の布陣に加わるのは悪い手ではない。


 なるほどとは思うが、それでも聖女が行く理由としては弱い。

 仮にヴェンヴァローカが滅ぼされて連中がそこを足掛かりに侵攻を開始したとしよう。

 

 ウルスラグナが真っ先に狙われる訳じゃない。 間違いなく、リブリアム大陸内の他の国が狙われるだろう。 特に南側はグノーシスの影響が強い。

 どう言う理由で連中が聖剣を出し渋っているのかは知らんが、流石に南端が押さえられたら投入する――いや、それ以前にここまで投入しなかったのは持ち出せない理由がある可能性もあるが、状況がそれを許さなければ無理にでも出すだろう。 いや、まさか本当に出せないのか?


 そうなるとヴェンヴァローカが負ける可能性が高い?

 いや、向こうにも聖剣がある以上、だったら――肩を落とす。

 確かにヴェンヴァローカに続いてグノーシスまで負ければ間違いなくリブリアム大陸が陥落する。 そうなれば辺獄種共は他の大陸まで手を伸ばすだろう。 仮にそこまで事態が進行した場合、ウルスラグナに達する頃には間違いなく手が付けられない規模になる。 何せ辺獄の侵食が進めば連中は無尽蔵に湧いて来るからな。 そう考えると先を見越して潰して置いた方が良いのかもしれない。


 そう考えるには根拠――と言うよりは嫌な可能性が頭を過ぎったからだ。

 連中が聖剣を出さない理由が低俗な物であった場合――万が一、俺の考えている事が正しかったのなら、本国まで侵攻されなければ連中は聖剣を出さない。


 だが、ようやく軌道に乗ったアイオーン教団から聖女の姿が消えるのは不味い。

 安定してきたとはいえ、まだまだ不安材料は多いのだ。

 聖剣の力が必要な案件なのかもしれんが、行かせる訳にはいかない。


 「話は分からんでもないが――」

 「僕の代わりなら居るでしょう?」


 ――それは完全な不意打ちだったので俺は言葉に詰まる。

 

 聖女の表情には不快感の様な悪感情が浮かんでいる訳ではないのだが、微かな怒りが滲んでいた。

 

 「僕に黙ってクリステラさんに聖剣を取りに行かせたんですね」

 「――あぁ、その通りだ。 だが、別にお前に思う所があった訳じゃ――」

 

 惚けても無駄なので素直に頷く。 我ながら動揺したのか言い訳じみた物まで口から出かかってしまったが、すぐに引っ込める。

 恐らく疑ってはいたのだろうが、さっきので確信に変わったって所だろう。

 流石に長期間クリステラとマネシアが揃って消えれば不審にも思うか。


 「言いたい事がない訳じゃありません。 ただ、今後は僕に黙ってそう言った事をするのはやめてください」


 言葉こそ少ないがこれは相当怒ってるな。

 責任者の頭越しに事を起こしている以上は誹りを受けても仕方がないだろう。

 それに最初の取り決めを破っているので、言い訳のしようもない。

 

 「悪かった。 今後は気を付ける」


 そう言って頭を下げる。 流石に二度目は不味いだろうな。

 二本目の聖剣が手に入った以上、戦力的には問題ない。

 俺としても担ぎ上げた引け目もあるし、当初の約束通り役目から解放する道も付けてやりたかったと言うのもある。


 ……いや、これも言い訳か。


 「クリステラさんが聖剣を手に入れたと言う事は僕の代役を任せても問題ないって事ですよね?」

 「まぁ、聖剣を手に入れさせたのは戦力的な意味合いが強いが、お前の代役もこなせない事はないだ――お前まさか一人で行く気か?」


 答えない所で確信に変わった。 安請け合いする訳だ。 自分一人で済ませるつもりなら即答もできるだろうよ。

 仮に死んでも代わりが居るなら尚更だろう。

 確かにクリステラでも代役は問題ないだろう。 かなりの演技指導が必要になるだろうが、誰かを補佐に付ければ問題はない……筈だ。


 だが、だからといって聖女が死んでもいいなんて俺は思っていない。

 

 ……クソッ、何故こうなった。


 胃がキリキリと痛む。 恐らくクリステラの一件がなかったのならこいつは断っただろう。

 結果的に俺がこいつの背中を押した事になったのか。

 諫める筈だったのに出発の障害を取り除く事になっているのはどういう事だ?


 今回に限っては致命的に裏目に出てしまった。 こんな事ならエロヒム・ギボールは諦めるべきだった。 

 聖女を楽にさせる筈が気軽に死地に行かせる動機になるとは……。


 「大丈夫です。 別に死にに行く訳じゃありません。 あくまで力を貸すだけです」

 

 大丈夫じゃない。 聖剣を持っている以上、他が黙って済ませる訳がないだろうが。

 胃に激痛が走るが患部を掴むように押さえ、俺は重い溜息を吐く。

 止められないと悟ったからだ。

 

 「……分かった。 だが、条件が二つある。 まず一つ、行くのなら護衛は絶対に付けて貰うぞ」

 「でもこれは――」

 「代理は用意できるが、アイオーン教団の聖女はお前だけだ」

 

 俺がそう言うと聖女は何かを言いかけて――苦い笑みを浮かべた。


 「それと二つ、連中には代価を支払わせる。 これは今後、アイオーン教団が便利屋として扱われないための措置でもある。 この二点を守れるのなら俺はもう何も言わない好きにしろ」

 「……分かりました」

 「対価の条件と護衛の選別はやっておく、お前は今の内に出発の準備と仕事の引き継ぎをしておけ」


 思う所がない訳ではないが、ぐだぐだ言っても仕方がないので頭を切り替える。

 聖女達を残し、部屋を退出して考える。 対価に関しては大雑把に考えてあるので後でジャスミナと交渉になるが、これだけ非常識な方法で厄介な案件を持ち込んだのだ。 多少は吹っかけさせてもらうぞ。

 

 ……後は護衛の人選はどうするか……。

 

 エイデンとリリーゼは世話役なのでそのまま行かせるつもりだが、問題は戦力の方か。

 聖堂騎士以外に適任が居ないのだが、現状では送り出せる奴が居ない事だ。

 俺以外の聖堂騎士は王都から出払っているのですぐに用意できない。 そして、俺は戦力面では役立たずで、実務面でも離れる訳にはいかないので同行は無理だ。 半端な奴を付けても足を引っ張るか死ぬだけだろう。


 最低限、聖堂騎士と同等の戦闘能力と簡単に死なない事が条件――考えたが選択肢がなかった。

 異邦人。 正直、余り当てにはしたくないが、使えるのがあの連中しかいない。

 マーベリックの話では辺獄に送り込むのは難しいらしいが、護衛ぐらいには使えるだろう。


 辺獄種だけじゃなく、グノーシスや現地の連中にも警戒しなければならんからな。

 どちらにせよ現状で教団自治区内でしか運用できない以上は使いどころはここだろう。

 そう考えながら誰が使えるのかを考える。


 筆頭のカサイにムクシ、タメガイ、キタマ。 後は最近部屋から出て来たミナミぐらいか。

 他は受けている報告を聞いた限りでは、まだ使い物にならない。

 戦闘はおろか会話すらまともにできない連中に何を期待しろというんだ。


 俺はもう一度溜息を吐く。

 取りあえず、後でカサイの所へ話を持って行くとするか。

 もう既に行く気満々の聖女を尻目に日程の調整をすると言って部屋を後にした。

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