第640話 「成立」

 また怒り出すのかとも思ったが意外にもベレンガリアは特に表情を変えなかった。


 「逆に聞こう。 何を差し出せばアパスタヴェーグの問題を片付けてくれる?」

 

 取りあえず欲しい物を言えと?

 まぁ、言うだけなら無料だし好きに言うとしようか。


 「まずはアパスタヴェーグの魔剣は俺が貰う。 引き受ける場合はそれが前提条件だ」

 「……貴方にしか魔剣が扱えない以上、調べてはみたいが私に否やはない。 国の上に話を付ける事も引き受けよう。 それで? 成功報酬に何が欲しい?」

 「ならついでに聖剣も貰おうか」


 正直、見たくもないが妙な奴の手に渡っても困るので、拘束した上でオラトリアムの発電装置として使い潰してやろう。 聞けば魔力炉心としては大変優秀らしいからな。

 増やせば首途も大喜びだろう。

  

 「悪いがそれは私の裁量ではどうにもならない。 ただ――安置されている場所を教える位はできる」


 場所は教えるが後は知らんと言う訳か。

 なら、それはそれとして、他に有益そうな物を貰うとしよう。

 何かこいつ等から毟り取れる物はあるだろうかと考える。


 実の所、この話は引き受けてもいいと考え始めていた。 アパスタヴェーグの動きには不可解な点もあるので内部がどうなっているのか気になっていたからだ。

 こちらにも魔剣がある以上、逃げる事はそう難しくないと判断していたので、覗くぐらいは問題ないだろうと思っていたのだが……。


 ……実益があると言うのならトラブルの解決に手を貸してもいい。


 何故なら、俺にとって在りし日の英雄の撃破は必須ではないからだ。

 アンデッドが湧くのは魔剣によるものだ。 そして辺獄から撤退するには魔剣が必要と言う事もあって、他の連中にとっては拘束した上での使用が必須となるので、その際に必ず妨害されるであろう事を考えると難易度は極めて高い。


 だが、俺の場合は奪って即使用できるので最悪、強襲した上で奪ってそのまま逃げればいい。

 仮に使えなかったとしても自前の魔剣で逃げればいいだけの話だからな。

 そして魔剣を失えば辺獄の領域はこちらへの侵攻手段を失い、一応ではあるが無力化できると言う訳だ。

 

 要は勝算が充分にあるので引き受ける事にメリットがある。

  

 「まずはそちらが保有しているグリモワールをあるだけ全部とその運用法と製造法、魔剣を拘束する為に使う鎖も同様にあるだけ全部と製造法を貰う。 言っておくが、いきなり襲って来た事を水に流す気はないからな。 後はそっちが保有している技術に関しての情報――一から十までとは言わないが、どういった物があるかの基本と物品なら現物をいくつか貰おうか。 後はホルトゥナとか言ったな。 答えられる範囲で良いので、組織の詳しい来歴についての情報」


 現状で思いつくのはそんな所か。

 正直、取れる物は取っておきたいとは思うが、この女と会話するのは苦痛なので早めに切り上げたいといった考えが強い。 何かあれば恩に着せて追加で要求してやればいい。


 グリモワールとやらを筆頭にテュケのように怪しい技術を保有しているのは間違いないので、そのノウハウを知っておけば将来使って来るであろう敵への備えになる。 鎖は魔剣や聖剣の拘束に使うから可能であれば製法を手に入れておきたい。 鞘は魔力の遮断さえできれば問題ないので、オラトリアムでも製造は可能だから要らんな。 最後の来歴は――まぁ、ちょっとした好奇心だ。 確認したい事もあるからな。


 「……分かった。 条件は可能な限り呑もう」

 「では、前金と賠償代わりにグリモワールとやらのサンプルと使い方を教えて貰おうか?」


 ベレンガリアが少しの間を開けてそう返事したのを確認。 素直に頷いてくれて良かったよ。 断ったらそのまま始末するつもりだったからな。 いい加減、我慢するのも苦痛だったのだが命拾いしたな。


 そのグリモワールだが、大いに興味がある。 転生者二人の腰にも鎖でつながれた本が露骨にぶら下がっているからな。 どうやら連中にも扱える代物のようだ。

 

 「サンプルは渡せないが概要ぐらいは――」

 「断れる立場なのか?」

 「――分かった。 ただ、初期状態イニシャライズ前の在庫があまりないので、ある分だけになるが構わないか? それと鎖はある分なら引き渡せるが、製法は不明だ。 あれはグノーシス教団から提供されたもので製法は私にもわからない」

 

 ……まぁ、いいだろう。 


 鎖に関しては少し残念だが、現物が手に入るなら問題はない。

 取りあえず、どういった物かはその場で教えてくれるようだ。


 魔導書グリモワール

 簡単に言うとお手軽に悪魔召喚を行う為のツールだ。

 仕組みはそう難しい物ではなく、本の表紙と背表紙の部分が召喚する為の魔法陣としての役割を果たし、中身のページで細かい調整を行うようだ。


 こいつの面白い所は本ごとに狙った存在を呼び出せる事にある。

 どうもホルトゥナと言う組織は召喚関係にかなり力を入れているらしく、悪魔召喚に関する知識はテュケやダーザインよりも遥かに深いようだ。


 少なくとも他の組織が悪魔を呼び出すには大仰な儀式や魔法陣が必要となる。

 それを本一冊で済ませるのは凄まじい。

 しかも天使と同様に体に直接降ろして身体能力の増強を行うのが基本的な使い方で、身体にかかる負担も驚く程に軽いそうだ。


 ただ、欠点としては本人に合わせて調整する必要があるので、一度使うと使った奴専用になるらしい。

 魔法に関しては適性が低い獣人に扱わせるに当たっては身体強化こそが最適解と言うのがベレンガリアの出した結論らしい。

 

 ……なるほど。


 第三形態の靄を仕留められるレベルまで強化されていると言うのであれば、中々の代物と言えるだろう。 俺に扱えるかどうかは不明だが、転生者でも扱えている所を見ると行けそうな感じだ。

 回収はガブジャリルに任せる事にし、転移魔石を預けておけば勝手にオラトリアムへ送るだろう。

 さて、聞く事も聞いたし話も纏まった。 もう用事はないな。


 俺は席を立つ。


 「明日から仕事にかかる。 片付いたら報告を入れよう。 あぁ、ないとは思うが、裏切ったら殺すから覚えておくと良い」


 何だったら裏切ってくれてもいいぞ。 正直、殺してやりたいしな。


 「分かっている! 自分で持ちかけた話を反故にしたりしない! 見損なうな!」


 反射的に怒鳴るベレンガリアを無視して俺はその場を後にした。

 ちなみに後で聞いた話だが、食費の伝票を見てベレンガリアが悲鳴を上げたらしい。

 

 ……俺の知った事じゃないな。





 「――あんまりウチのお嬢を虐めんで欲しいんですがね」


 そう言ったのは俺を送る為に付いて来た柘植だ。

 

 「悪いがあんた等みたいな怪しい連中に何度も絡まれたんでな。 信用しろと言うのは難しい」

 「……お客人にもここに来るまでに相当の苦労があった事は察するが、お嬢はああいった性格だが真っ直ぐなお方なんでその辺は大丈夫でさぁ」

  

 ……真っ直ぐなお方?


 何を言っているんだと首を傾げる。 馬鹿なのは良く分かったが、アメリアの同類じゃないのか?

 同情を引く為なのか知らんが、柘植は聞いてもいないベレンガリアの身の上話を始めた。

 ベレンガリア・ヴェロニク・ラエティティア。


 ラエティティアという家は代々襲名する決まりがあるらしい。

 元々の名前はマルキアという。 先代が死んだ事で暫定的にベレンガリアの名を継いだと。

 どうも割と最近の事らしく、組織の掌握などに苦労しているようだ。


 本来なら柘植達側近が支えつつ何年かかけてじっくりやるつもりだったが、彼女の妹二人が自分こそが後継者と名乗りを上げたので、組織は三つに分裂。 熾烈な派閥争いが起こっているらしい。

 さて、その派閥争いにどうやって決着を付けるか? 実はその為のお題はもう出ていたのだ。


 フシャクシャスラの攻略。 そこでの貢献で組織の頂点に立てるかが決まる。

 何故、フシャクシャスラか? あそこの攻略は様々な勢力が集結する大規模な戦闘となるだろう。

 その勢力にはホルトゥナのスポンサーが多分に含まれている。


 要はそこで良い所を見せておけば、スポンサーからの覚えもめでたくなると。

 まぁ、トップを名乗っても誰からも見向きもされない奴なんてお飾り以下だからな。

 そんな矢先にアパスタヴェーグでの氾濫。 本来なら無視したい所だが、本拠をモーザンティニボワールに置いているベレンガリアからすれば先に処理しなければならない案件になったのだ。


 なるほど。 今までの奴の行動に、一応ではあるが納得はした。

 あの態度は性格もあるが、余裕のなさから来ていると言うのが大きいと言う訳だ。

 まぁ、一人だけトップ争いに参加できないのであれば焦りもするか。

  

 ……事情は分かったが「あぁ、そう。 それで?」以上の感想が出てこないな。


 柘植の話は続く。 正直、興味ないと言っても勝手に話しそうだしさっさと済ませてくれと先を促す。

 取りあえず、手っ取り早い解決の為に魔剣を手に入れようと考えたのは理解できる。


 あのレベルのアンデッドを仕留めたいのなら魔剣か聖剣使いクラスの戦闘力が必要となるだろう。

 俺の所見では勝負にはなるが勝ちは厳しいと言うのが素直な感想だ。

 少なくともアムシャ・スプンタと飛蝗では後者の方が遥かに脅威度が上と俺は認識している。


 根拠はその力の源にある。 前者は装備による強化、後者は純然たる技量。

 その差は大きいと俺は感じている。 何故なら前者は装備を剥ぎ取れば脅威度が下がる事に対し、後者は何をしても脅威度が変化しないからだ。

 それに――何故かあのライオンではどう頑張ってもあの飛蝗に勝てる光景が全く想像できなかった。

 

 その後もベレンガリアの空回ったエピソードをいくつか聞けたが、面白い物じゃなかったな。

 ただ、興味を引く話も少しはあった。

 どうも他所とも最低限ではあるが技術交流は行っているので、転移魔石も数は少ないが手に入れているようだ。

 

 それともう一点。

 どうも奴の妹が手勢をヴァーサリイ大陸に送り込んでいたらしい。

 目的は聖剣の奪取。 場所はアラブロストル。


 ……そう言えばグノーシスの自治区があったな。


 なんだ。 遺跡があるのは知っていたが聖剣もあったとは知らなかった。

 知っていれば先んじて奪っておけばよかったかもしれんな。

 結果は恐らく失敗。 詳細は不明だが、手に入れていない事ははっきりしているようだ。


 ベレンガリアも対抗して西のポジドミット大陸に手勢を送ったが、こちらも失敗したようだ。

 要は打った手が悉く失敗していると。 俺に言わせれば、あんな調子で指示を出しているのなら失敗しない方がおかしいな。

 そんな訳で魔剣をぶら下げている俺の存在が現れた事でこれ幸いにと飛びついた訳だ。


 どうやって捕捉したのかと聞くと、少し前に俺が消し飛ばした村に残っていた魔力の痕跡から魔剣に辿り着いたらしい。


 ……あぁ、あそこで足が付いたのか。


 失敗したな、次はもっと上手く消すようにするとしよう。 痕跡を消す方法を課題として頭の片隅に置いておく。

 その後も柘植のフォローは続いたが適当に聞いて、終わった所で宿へと引き上げる。

 

 ……辺獄の領域か。


 嫌な予感はするが、放置もできん案件だ。

 行かないわけにはいかんか。

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