第639話 「寝言」

 まず思い浮かんだのは何を言っているんだこの女は?だ。

 在りし日の英雄ってあれだろう? 飛蝗の同類で尋常じゃない強さのアンデッドの総称らしいな。

 魔剣を使えれば撃破が可能? いや、無理だろ? 寝言を言ってるのかこの女はといった疑問が自然と湧く程度には無謀な事だった。

 

 正直、あの飛蝗相手に魔剣を二本使える今ならいい所までは行けそうだが、はっきり言って勝てる自信がないな。

 逃げるだけなら問題なくできるだろうが、撃破が可能とか何を根拠に言っているのだろうか?

 それと聖剣? 何だ、この辺にもあるのか。


 持ち主が居ないという話も少し意外だったな。 見かける度にすっ飛んで何処かへ行こうとしているので、常に適当な奴に尻尾を振る尻軽だと思っていたのだがそうでもなかったらしい。

 口振りから察するに三本あったが、一本は持ち主不在。 もう一本は中央とか言ってる所を見ると例のフシャクシャスラへの備えと言った所か? 最後の一本はグノーシス教団が持って行ったと。


 魔剣に関しても怪しいな。 本当に欲しいのは制御法だけか? 方法があったとしてそれを俺から聞き出した後はどうするつもりだ。

 扱うにしてもその魔剣を持っていないと話にならんからな。

 

 ……それとも俺から奪うつもりだったのか?


 さっさと半殺しにして色々吐かせた方がいいんじゃないかという大変魅力的なアイデアの実行を我慢しつつ確認をする。


 「まず、確認したい。 俺からその方法とやらを聞きだした後、肝心の魔剣はどこから用意するつもりだ?」

 「……グノーシス教団に魔剣が二本ある。 何とか片方だけでも借りられるかの交渉を行うつもりだ」


 グノーシスが魔剣を二本所有している? それは初耳――そう言えば、ファティマが何か言っていたな。

 まぁいい。 どうやって手に入れたのかは知らんが、覚えておくとしよう。

 他に組織の成り立ちやグリモワールとやらの事を聞こうとしたが、ベレンガリアはこれ以上は魔剣の使い方を教えるまで言わないと口を閉じた。


 ……そろそろ喋らない訳にはいかなくなったな。

  

 襲われた事実を盾にして強気に出てもいいがこの女は会話の切り口を増やすとキレて脱線するので、話を進める為にも少し我慢する必要がある。

 さて、どう答えた物か。 制御法なんて大仰な物は存在しないのだが――

 

 「魔剣の制御法だったな。 簡単だ。 気をしっかり持てばいい」

 

 ――誤魔化すのも面倒だったので正直に話す事にしたが……面倒臭い反応が返ってきそうだな。


 「貴様……私を馬鹿にしているのか!?」


 ほらきた。

 ベレンガリアは顔を怒りで赤く染めながら喚き出す。


 「そうとしか答えられないからな。 嘘だと思うなら試してみろ」


 魔剣を抜いて見せる。 どうせ、例の鎖も持っているんだろう?

 試しに拘束して扱ってみればいい。

 ベレンガリアの視線は魔剣に注がれ、しばらくすると俺へと移る。 かなり集中しているようで、その表情は別人のように静かな物だった。

 

 「――拘束している気配がない? 聖剣と同じで選定された使い手なのか……いや、性質が違いすぎる。 選ばれたとしても正気で居られる訳がない」


 ぶつぶつと考察しながら魔剣から視線を動かさない。

 

 「魔剣に細工がされていないのなら、やはり本人の資質? カルマの形質が関係して――」


 ベレンガリアがおもむろにテーブルに置いてあったモノクルを装着。 そっと手を触れると、何らかの機能が働いたのかレンズの表面に魔法陣の様な紋様が浮かび上がる。


 「――一体どういった作用が……ひっ!?」


 不意にベレンガリアが小さく悲鳴を上げると大きく仰け反って椅子から転がり落ちた。

 左右の二人が慌てて助け起こすが、その表情には恐怖と驚愕が張り付いている。

 何だと思ったが、似たような反応に覚えがあった。


 エルフの里で魔法で作った水鏡で俺を見た奴の挙動にそっくりだ。

 内心で小さく息を吐く。 またこの反応か、人の顔を見てそれは流石に失礼なんじゃないか?

 後、何故外せといったモノクルを勝手に装着してるんだ? 殺されたいのか?

 

 「き、貴様! 一体なんだ!? 訳が分からない! どうやったらお前の様な生物が成立するというんだ!」

  

 ややパニックになりながら喚き散らすベレンガリアを無視して他の二人に視線を向けると、警戒と言うよりは困惑に近い物を俺と自らの飼い主に向けていた。

 まぁ、いきなり悲鳴を上げていきなり喚き散らし始めたのだから訳が分からんだろうな。


 「一応、言っておくが俺は何もしていないぞ」

 

 念の為、弁明しておくが二人は理解しているのか特に何も言ってこなかった。

 尚もベレンガリアはぶつぶつと自分に言い聞かせるように何かを陰気に呟いている。

 

 「お客人。 お嬢がこうなった事に心当たりは」

 「さぁな、そのモノクルで何か変わった物でも見たんじゃないか?」


 魔剣を鞘に戻しながら、柘植の質問に即答する。

 顔が虎なので分かり辛いが、やや疑いの混じった眼差しを向けた後、沈黙した。

 そうこうしている内に注文した料理が来たので、ぶつぶつ言っているベレンガリアを無視して食事を始める事にした。


 バクバクと食い始めた俺に二人が何か言いたげだったが無視。

 いつまで経ってもベレンガリアが妄想の世界から帰ってこないので、空になった皿を下げるついでにお替りを頼む。


 皿が空になる度にベレンガリアをちらりと見るが、特に反応しないので遠慮なく追加を注文。

 奴が正気に戻った時にはもう材料がありませんと言われたので、酒を飲んでいた所だった。

 

 「……魔剣を扱えている理由は良く分からんが――ちょっ、何で勝手に飲み食いしている!?」

 「お前がいつまで経っても帰ってこないからだろう? それで? 話を続けてもいいのか?」


 聞く事は聞いたし、続かないならここの酒を全て飲み尽くした後、痛めつけて尋問タイム――いや、オラトリアムに送り付けてファティマに拷問させるのもいいかもしれんな。

 俺がそんな事を考えているとベレンガリアは視線を魔剣に固定したまま質問を続ける。

 

 「……質問を変える。 貴方は魔剣を相性を無視して扱えるのか?」

 「相性とやらはさっぱり分からんが、今の所は問題なく扱えているな」

 「つまりは制御方法なんてものは存在しないと言う事か……ただの人間ではないと思っていたが、種族は何だ? その姿は擬態か?」

 「見ての通りだが?」


 俺がそう言うとベレンガリアまたキレ始めた。

 キレ散らかしている所為か、何か顔が赤黒くなってきたな。


 「ふざけるな! お前のような人間が居てたまるか! 何だあの形は!? 悪魔や辺獄種の方がまだましな見た目をしているぞ! 転生者ですら貴様に比べれば、理解できる形状――転生者? まさか人間が基礎なのか?」

 

 途中でいきなりテンションが急変。 怒りから猜疑、考察へとシフト。

 さっきからだが、本当にテンションの上下が激しい女だな。

 

 「――だからなのか? いや、考え難い。 悪魔もそうだが魔力量はあくまで一要素……本当に重要なのは――」


 ……帰ってこないな。


 ならいいか。 料理もないし酒の追加を頼むとしようか。

 面倒だったのでボトルじゃなくて樽ごと注文してそのまま煽る。

 柘植達がなにか言いたげに見ていたが無視。 三つ程空にしたところで、ベレンガリアが現実に帰って来た。


 「貴方は転生者なのか?」

 「まぁ、そんな所だ」


 誤魔化したらまた鬱陶しくキレ始めるだろうからここは素直に答えておいた。


 「魔剣が使える理由もその体質が原因なのか?」

 「そこまでは知らん。 が、乗っ取られかけたから捻じ伏せたとだけ言っておこう」

 「――そうか。 話は分かった。 魔剣の制御法が存在しない以上、我々は別の手段でアパスタヴェーグを何とかしなければならない。 そこでだ、協力を頼みたい」


 ……まぁ、言うだろうと思った。

 

 魔剣があれば在りし日の英雄を何とか出来るとかおめでたい事を考えているような頭の悪い女だ。

 制御が叶わないのなら、扱える奴を抱きこもうと画策するのは当然の流れだろう。

 当然ながら俺の答えは決まっていた。


 「――で? あんた等は見返りに何をしてくれるんだ?」


 ついでにいきなり襲って来た事に対する賠償もしろよ。

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