第638話 「珍獣」
象が
見抜かれて観念したのか、あっさりと名乗った。
ただ、両者とも口数が多くないようで、それ以上は何も言わずに黙る。 それとも立場を弁えた結果なのだろうか?
お互いの自己紹介が済んだ所で俺はさっさと向かいの席に座り、俺を案内した男に料理を持って来てくれと適当に注文した後、向かいの女――ベレンガリアと向かい合う。
「さて? 早速、用件を聞こうか? あぁ、その前にそのモノクルを外せ」
「これを? 理由を聞いても?」
「その手の道具を使った奴に以前、逃げられた事があってな。 まともに話す気がないならそのままで構わないが?」
「……分かった」
渋るかとも思ったが意外にもベレンガリアは素直にモノクルを外してテーブルに置く。
では改めて用件を聞くとしよう。 ないなら飯を食った後に全員半殺しにして尋問だ。 目の前の女はそこまで強そうじゃなさそうな上、左右の転生者は警戒が必要ではあるが脅威度はそこまで高くないと判断している。
俺の気楽な旅を邪魔した以上、生かしておく事に何のメリットもないのなら情報を搾り取った後に即殺してやろうと決めていたので、さっさと力で解決せざるを得ない場面にならないかなと内心で期待しつつ話を聞く事にした。
ベレンガリアは何やら覚悟を決めたような表情で、俺の目を真っ直ぐに見て用件を切り出した。
「単刀直入に聞きたい。 貴方の所持している剣は魔剣で間違いないな」
「そうだな。 それで?」
奪おうとした癖にいまさら何をほざいているんだこの女は?
即答したのが意外だったのか僅かに鼻白む。 その表情には驚きと嫉妬のような物が混ざっていた。
いちいち百面相しなければ会話もできないのかこの女は。
正直、たった数十秒でこの女と会話するのが面倒になって来た。
話を続けようとしたベレンガリアの肩を虎が小突いて何事かを囁く。
何を言い含められたのかはっと驚いたような表情を浮かべる。
「いや、違う。 まずは謝罪を。 我々の手勢が貴方を襲った事を謝りたい」
ベレンガリアはすまなかったと頭を下げる。 それを見てこっそり溜息を吐く。
……何だこいつは? 本当に組織のトップなのか?
言いなりと言う訳ではないのだろうが、介助がなければ会話も円滑にできないというのなら突っ立っている虎か象と話した方がマシかもしれんな。
というかこいつは本当にホルトゥナのトップなのか? 比較対象がアメリアなので、あの女と比べると様々な面で劣る。 奴は周到な準備、保険の掛け方に罠の構築と実に様々な手を打って来ていた。
そう考えると目の前の女が酷く幼稚な存在に思えてしまうのだ。
だからこそ疑念が脳裏に浮かぶ。 こいつは本物かと?
はっきり言って影武者か代役で、本物は別に居ると言われれば信じられるレベルで、目の前の女は交渉相手と言う点ではかなりお粗末な出来だった。
……そういうのはいいからさっさと話を続けてくれないか?
介助の結果、飛び出した何の価値もない謝罪だ。そう思いつつも俺は無言。
最初に迷惑料を払えと吹っかけなかったのは相手の目的を確認する為だ。
強気に出るにしても最低限の情報を得るのが先だからな。
「確認したい。 貴方は魔剣を扱えるのか?」
……あぁ、いや違うな。 こっちから聞いた方が良さそうだ。
話を促そうとしたが、違うと思い直す。
この女の話は周りくどい。 先に俺が質問をした方が早そうだ。
「聞いてばかりだな」
そう切り返すとベレンガリアはうっと言葉に詰まる。
仕留めても記憶を抜けない可能性を考えて聞ける事は聞きだしておきたい。
取りあえず、これだけは確認しておきたいからな。
「――テュケという名前に聞き覚えは?」
取りあえずさっさと核心に触れて反応を見ておきたい、それでこの後の対応も変える必要があるからな。
反応は劇的だった。 ベレンガリアは驚きに目を見開き、俺を見る視線に微かな怒気が混ざる。
「貴様! あの女の! アメリアの手下なのかっ!!」
「違うが?」
何だこの女は? 悩んだり怒ったりと忙しい奴だな。
ともあれ、噂の暖簾分けされたテュケの関連組織で間違いなしか。
まぁ、確認に近かったが、はっきりしたというのは収穫だな。
「な、なら何故その名を知っている!? あの女は滅多な事では表には出ない!」
反応が素直なのはいいが、過剰に反応するので話がすぐに脱線する。
話をするならこいつじゃない方がいいかもしれんと思い始めて来た。
「……話が進まんな。 お前はもういい。 そこの象か虎と席を代われ」
いい加減、会話が苦痛になりつつあるので、もう半殺しにしてから色々吐かせようと見切りをつけて、他と話をしようとしたら俺の態度がお気に召さなかったのか顔を真っ赤に染めだした。
「貴様! もういい! モロズミ! ツゲ! 殺してしまえ!」
ベレンガリアは拳をテーブルに叩きつけると叫ぶように部下に命ずる。
なるほど、随分と短気だな。 少なくとも今までの指示を出していたのはこいつで間違いないようだ。 大方、こうやって早々に魔剣の奪取を命じたのだろう。
連中の気の早さにも納得だ。 面倒だし、もう適当に痛めつけて吐かせる方向にシフトした方が――
「何をしているさっさと――がっ!?」
ベレンガリアが尚も言い募ろうとした所で虎がその頭に拳骨を落として黙らせる。
「お嬢、短気もいい加減にしろ。 これ以上の被害を出さない為の交渉だろうが」
虎――柘植は俺に深く頭を下げる。
「お客人、失礼をした。 見ての通りお嬢は短気でね。 お怒りはごもっともだが、もう少しだけ辛抱しちゃあ貰えねぇか」
「そうだな。 あんたは話が通じそうだ。 そこの女と席を代わってくれ」
「なっ!? お前――」
「お嬢!」
ベレンガリアが更に声を荒げようとしたが柘植の一喝で黙る。
少しの沈黙の後、クールダウンする為なのか何度か深呼吸。 落ち着いたのか顔から赤みが消えた。
「まずはそちらの質問に答えよう。 テュケという組織は知っている。 我々ホルトゥナと源を同じくする組織だ」
「その源とやらについてが知りたいのだが?」
「悪いがそれは言えない。 言うと死ぬように細工をされている」
例の裏切防止措置か。 嘘か本当かは何とも言えんが、やっと話を進める事が出来るようだしここは我慢するとしよう。
「そちらの質問には答えた。 今度は――」
「足りんな。 あんたらの目的は何だ? テュケの事もあるが、ただ怪しい技術をばら撒いているだけって訳じゃないんだろう? ……あぁ、先に言っておくが、世界が滅びるからとかいうはっきりしない説明は聞き飽きたのでな。 詳しく教えて貰おうか」
ベレンガリアは何か言いかけたが、柘植に睨まれて大人しくなった。
「……世界の滅びに関しては私も伝え聞いただけで、断言はできない。 ただ、このまま辺獄から辺獄種が溢れ、侵食が進めばやがてこの世界は滅びを迎える事となる。 我々はそれに対する備えを目的としている」
「要は辺獄がこちらを侵食する事によって滅びるから、それを防ぐ為に色々やっていると?」
ベレンガリアは小さく頷く。
話は分かったが具体的なメカニズムなどは分からんのか? 内容が抽象的すぎてまったくはっきりしていないんだが? 俺ははっきりとした答えを寄越せといったんだがな……。
質問をぶつけるが、それ以上は答えられないとはぐらかされた。 反応を見て少し訝しむ。 表情などの動きから嘘を吐いているようには見えないが、本当に知っているのかと疑わしくなってきたな。
今一つ腑に落ちない答えだったが、しつこく聞いても碌な答えが返ってこないだろうし今はいいだろう。
俺が黙った事で質問は終わったと判断したのか、ベレンガリアが今度こそと用件を切り出した。
「我々が知りたいのは魔剣の制御法だ」
……は?
一瞬、この女が言っている事が理解できなかった。 ややあって、発言の内容を咀嚼し――
何を言ってるんだこの女は? そんな物ある訳ないだろう――と即答しかけたが、話を聞いてからと我慢した。
「……知っているかもしれんが、北にある辺獄の領域から辺獄種の氾濫が起こっている」
「らしいな。 それで?」
「ぐっ! 今はどう言う訳か出現の頻度が落ちている。 何が起こっているかの調査と言う意味もあるが、打って出るなら今だ。 あそこにある魔剣さえ押さえればこの国の危機は去る」
俺が他人事のように流すとベレンガリアが気炎を上げかけたが、今回は自力で自制したようだ。
ぐっと堪えるように表情を強張らせて、強引に話を続ける。
「別に制御できなくても例の鎖を使って持ち出せばいいんじゃないのか?」
当然の疑問をぶつける。例の鎖さえあれば扱うだけなら問題ないだろう。 それ以前にそもそもお前等って魔剣を持っているのか?
持っていないならそんな事を知った所でどうにもならんだろう。
ベレンガリアが一瞬、何かを言いかけたが何度も深呼吸をして呑み込む。
喋ってなくてもうるさい女だな。 余り出くわした事がないタイプの女だったので若干珍しいとは思っていたが、鬱陶しいから好き好んで会話したくないな。
今は珍獣か何かを見ていると自分に言い聞かせて黙って話を聞いているが、気を抜くと脊髄反射で殺してしまいそうだ。 我慢しなければ。 何度も持ち上がりかける左腕をそっと膝に乗せる。
「いや、それだけでは足りない。 完全に制御された魔剣さえ使えれば「在りし日の英雄」の撃破が可能だ。 この地の聖剣は未だ持ち主は現れておらず、中央の聖剣は動かせない。 最後の一本は教団が本国に持ち帰っているのでこの大陸に存在しない。 奴等は一度引き上げた聖剣を動かすような真似はしないからだ! その為になんとしても魔剣を操る方法を得てこの地の魔剣を抑える! それには完全な魔剣の力が――」
随分と熱の入ったセリフだったが、あちこちに引っかかるワードが入っていたので手で制して止める。
……取りあえず、何処から突っ込むべきか……。
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