第625話 「上陸」

 そろそろ蛸や烏賊にも飽きて来たなと感じた辺りで、遠くに陸地の影らしき物が見えて来た。

 特に奇妙な――近寄るのに不向きな地形もないので上陸は問題なくできそうだ。

 サベージに指示を出して手近な浜へと向かわせる。


 小舟に関しては移動中、散々嵐や波に揉まれてぼろぼろになっていたので浜に放棄。

 元々、使い捨てるつもりだったから問題ない。

 どうせただの木でできただけの代物で高価って訳でもないしな。


 上陸して俺は小さく伸びをする。 しばらくの間、小舟の上で碌に動いていないから窮屈だったので、ちょっとした開放感がある。

 さて、首尾よく辿り着きはしたが、これからどう動いた物か。


 ……取りあえず人里を探すとするか。


 恐らく言語が違うだろうし、適当な奴を喰ってこの近隣の情報を仕入れておきたいしな。

 いっそ野盗の類でも来てくれないだろうか? その方が後腐れもなくて楽でいいんだが――。

 そう都合よく行かないか、そんな事を考えながらサベージに跨って行けと指示を出す。

 

 サベージも泳ぐのは飽き飽きしていたようでやや上機嫌に駆け出した。

 


 ここがどの辺りなのかは今一つ分からんが、リブリアム大陸の北部と言う事だけは分かる。

 まぁ、変に流されて多少外れているかもしれんが、概ね間違ってはいないだろう。

 不毛と言う訳ではないが周囲は視界が通り易い荒野で、遠くまで見通せる。


 近場には何もなさそうだが、少し離れた場所に小さな村が見えた。

 そしてかなり離れた位置に巨大な建造物の群れ。 あれが一番規模の大きそうな都市だな。

 見えてはいるが、遮蔽物がない上に小高い丘になっているここからでも微かにしか見えない所を見ると、かなり距離がある。 何も知らずに行くよりは手近で最低限の情報は仕入れておくべきだろう。


 言葉の習得を急ぎたいと言う事もあるので差し当たって向かうのは見えている村だな。

 会話が出来ないのは面倒なので、手っ取り早く習得するには記憶を頂くのが近道だろう。

 そんな事を考えながらサベージを走らせていると一番近い村らしき物に近づくと、その詳細が見えて来た。

 

 周囲を木製の柵で囲まれ、最低限の防備は整えているといった感じだ。

 俺が接近するのを察知したのか村から武装した連中がぞろぞろと湧いて出て来た。

 妙に体格がいい連中が――おや? よく見たら全員獣人じゃないか。


 「止まれ!」


 連中はそう言って斧やら槍やらを向けて来るので、素直にサベージに止まるように指示。

 左腕ヒューマン・センチピードの間合いで停止。

 俺はサベージの背から降りる。 知らない言語が飛び出す者かとも思ったが、獣人語じゃないか。


 言葉を覚える手間が省けて良いな。

 

 「貴様――見た所、人のようだが何の目的でこの村に近づいた!?」


 獣人共の表情には僅かながらの怒りと警戒、後は恐怖らしき物が混ざっていた。

 随分な対応だな。 特に睨まれる事をした覚えはないが?

 獣人の村みたいだし、人間はお断りなのだろうか?


 「俺はただの旅人だ。 世界のあちこちを当てもなく旅している」

 

 敵意がないと両手を上げてアピールする。

 だが、連中は俺の答えがお気に召さなかったのか更に警戒を強めた。

 

 「嘘を吐け! 南部からフシャクシャスラでの騒動を越えてまでこちらに来たのだ。 何か目的があるのだろうが!!」

 「フシャクシャスラ? 何か勘違いしていないか? 俺は海から来てこの大陸に辿り着いたばかりだ。 あんた等が何に警戒しているのかは知らんが、俺は無関係だ」


 誠意をもって正直に話したつもりなのだが、連中の警戒レベルが更に跳ね上がった。

 

 「海からだと!? 尚の事怪しいな! 海にはデキャブラチアやオクトポーダが居るんだ。 来れる訳がないだろうが!」

 「悪いが俺に分かるように言ってくれないか?」


 知らない固有名詞を並べるんじゃない。 話についていけないじゃないか。


 「惚けるな! 腕が沢山ある巨大なぐにゃぐにゃした魔物だ! この近海は奴等の巣だぞ!」


 腕が沢山あってぐにゃぐにゃ?

 そこまで聞いてようやく理解が広がった。

  

 「あぁ、あのでかい烏賊と蛸の事か。 確かに出くわしたが返り討ちにして食ったぞ」


 結構、美味かったが流石に食い飽きたな。 しばらくは見たくもないな。

 

 「う、嘘を吐くな! さっきから黙って聞いてれば適当な事ばかり並べやがって、もういい! 連行する。 そこでじっくりと話を聞かせて貰うぞ!」

 

 さっきから本当の事しか言っていないのだが、何でこいつは話せば話すほど怒り出すんだ?

 何故怒っているのかさっぱり分からんが、俺の話を聞く気がないと言う事は良く分かった。

 段々面倒になってきたな。


 「まずは武器を捨てろ! その後、大人しくこちらに来るなら多少の手心は加えてやる」

 

 あぁと察した。 要は自分達の気に入る答えが返ってこないから返って来るまで俺を拷問したいと。

 出来れば殺しは最低限に留めたかったが、連中の後ろには村人らしき獣人達が窺うように俺を見ている所を見るとこれは駄目か。


 「俺はこの大陸に来たばかりでそっちの事情とは無関係だと言っているんだが?」

 「それはこの後の取り調べでゆっくりと聞かせて貰う!」

 

 ……あ、そう。 じゃあもういいか。


 俺は腰の魔剣を抜いて真っ直ぐに突き出す。

 

 「な!? 抵抗すると言う事は、やはり我々の様子を探りに来たのだな! 汚らわしい人間め!」


 あぁ、はいはい。 もう会話する気がないなら黙って死ね。


 ――第二形態。


 魔剣の刃が開いてドス黒い光がバチバチと収束していく。

 まぁ、運が良ければ何人か生き残るだろう。 知識はそこから頂けばいい。

 武器を構えて向かって来る獣人連中を冷めた目で見ながら俺は小さく溜息を吐いた。


 発射。

 


 

 「……まったく、失礼な連中だ。 人を見るなり疑うとは信じられんな」


 これでも友好的に接したつもりなんだが、誠に遺憾な話だ。 これは正直者が馬鹿を見ると言う奴なのだろうか? まぁ、済んでしまった事は仕方がない。

 俺は焼失して廃墟になった村へと入って生き残りが居ないか探している最中だった。


 サベージにも息がある奴がいたら連れてこいと指示を出している。 

 鬱陶しかったので第二形態で薙ぎ払ったのだが、少し高めに狙っておけばよかったか。

 建物が一つも残っておらず、獣人だった炭の塊があちこちに転がっているだけだった。


 これは全滅か? しまったな。

 一人は左腕ヒューマン・センチピードで動けなくしてからの方が良かったか。

 まぁ、殺ってしまった事はしょうがないな。 前向きに考えるとしよう。


 俺は適当に焼け跡を漁りつつ生き残りは居ないかと探していたが――随分と余裕のない生活をしていたんだな。

 家は全部ボロい木造。 消し飛ばす前ではっきりと見た訳じゃないが、あちこちに穴が開いているような粗末な代物だった。


 まぁ、木が密集しているような森がなかったので木材が手に入り辛かったのかもしれんがな。

 しばらく見て回ったが、生きている奴は居な――おや?

 振り返るとサベージがくたばりかけた獣人の男を銜えて走ってきた。


 どうやら無駄骨にはならずに済みそうだな。

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