第626話 「思返」

 バキバキとサベージがくたばりかけの獣人を咀嚼する音を聞きながら手に入れた知識を反芻する。

 何を神経質になっているのかと思ったが、理由を知れば納得のできる話だった。

 さて、このリブリアム大陸。 北と南でざっくり勢力が分かれているようだ。 厳密には間に緩衝地帯があるので三つだがまぁ今は良いか。

 

 中央から北部にかけては獣人連中の住処で、反対側である中央から南部にかけては人間の領域となっているらしい。

 ちなみに両者の仲はよろしくないようだ。 理由は色々あるが、最も大きいのはグノーシス教団らしい。 またあいつ等か、本当にどこにでも居るな。

 どうも連中は自分達人間以外の種族が幅を利かすのが気に入らないのか、獣人連中にも信者になれと誘いをかけたらしい。

 

 それだけならいいが、教団は人間以外の種を見下す傾向にあるようで、当たりがきついようだ。

 記憶の主から見れば入信と言う名の隷属の強要らしいが――。


 ……要は管理してやるから信者になれって所か?


 この辺は記憶の持ち主の主観が入っているから何とも言えんな。

 見聞きした限りでは入信を強要されたとかなんとか。 これはサンプルが足りんから保留。

 ただ、客観的に見ても獣人と人間の仲が悪く、一触即発の状態ではあったらしい。

 

 ……一先ず人間が嫌われている理由は良く分かった。


 この大陸は勢力関係が大変分かり易くなっており、大国三つに支配されているといった状態らしい。

 まずは北部を支配している獣人の国モーザンティニボワール。

 そして南部を支配している人間の国アタルアーダル。

 最後に中央に存在する両者が混在している国ヴェンヴァローカ。


 仲は悪かったが緩衝地帯であるヴェンヴァローカのお陰で、一応は平和に過ごせていたらしい。

 ただ、ここ最近は深刻な問題が発生しているらしく、今はこの大陸全体がピリピリしている。 

 理由は緩衝地帯であるヴェンヴァローカが危機的な状態に陥っているからだ。


 さて、それは何かと言うと――辺獄種だ。

 ヴェンヴァローカのやや南寄りにある辺獄の領域――フシャクシャスラ。 さっきの連中がくたばる前に言っていた地名だな。

 そこから辺獄種の氾濫が起こっているらしい。 要はザリタルチュと同じと言う訳だ。


 恐らく――いや、間違いなくか。 ちらりと腰の魔剣に視線を落とす。

 また魔剣絡みの案件だろうな。 正直、可能であればもう関わりたくないと言うのが本音だが、聖剣同様危険なので場合によっては回収も視野に入れた方が良いのだろう。


 ……また増えるのか?


 二本でも鬱陶しいのにこれ以上増えるのは嫌だな。 回収する場合は拘束してオラトリアムにでも送り付けてしまえばいいか。

 まぁ、そんな訳で現在大陸中央部では辺獄種の氾濫を抑える為に派手に戦り合っており、突破されれば中央部から大陸全土に広がるかもしれないと危機感を抱いているらしい。


 現状、危機感を抱く程度で済んではいるのだろうが、ここまで記憶にある限り結構な日数、この状況が続いている事を考えるとかなり不味い状況だろうと考えていた。

 ザリタルチュでの経験上、辺獄の領域からのアンデッド流出は魔剣をどうにかすれば治まる現象だ。


 未だに止まっていないと言う事はそれだけの期間、いいようにやられているか抑えるだけで精一杯といった状況なのだろう。

 取りあえず、当面の方針としては大陸中央部のヴェンヴァローカには近寄らないようにすればいいか。


 さて、そんな事より俺が気にするべきはこの国モーザンティニボワールだろう。

 このリブリアム大陸はこの世界に存在する三つの大陸の中央に位置するだけあって、他の二つに比べてかなり大きい。


 大陸中央部の山脈から北側は広大な荒野や砂漠、巨大な火山らしき物まである。

 アープアーバンとは違ったベクトルで豊かな自然が満ち溢れていた。

 自然が豊かなだけあって、生息している魔物の種類も豊富だ。


 ウルスラグナも未開拓地帯が多く、人の手が入っていない場所に生息している魔物の中には珍しい種が多いとも聞く。 要はこの近辺に限って言えば人が住むにはあまり向かない土地柄と言う訳だ。

 知識にはなかったが、話ではそれなりに大きな都市を築いている場所もあるらしいので、その辺りは場所によりけりと言った所なのだろう。


 ……とは言ってもこの近辺にある獣人の集落は時間はかかるが行き来できる程度の距離に密集しているらしい。


 ここから一番近い集落も距離こそあるが連中の鋭い五感なら異変を察知するぐらいの事はするかもしれん。

 振り返るとサベージの食事が終わったようなので、俺はそのまま背に跨り<茫漠>で姿を消す。

 上陸時は確認できなかったが、派手にやったのでそろそろ見に来る奴が来るかもしれん。 用もないしさっさと離れてしまうとしよう。

 サベージは俺がしっかりと跨ったのを確認すると、力強く地面を蹴って駆け出した。


 


 取りあえず集落を離れたのはいいが、これからどこへ向かおうかと考える。

 まず、南側は論外。 魔剣の事は気になるが、今の所は辺獄絡みの事件に首を突っ込む気はない。

 アンデッドが溢れて結構な激戦地と化しているだろう事は予想できるので、危険を冒してまで行く理由がないからだ。 行くにしても北部を回り切ってからだな。


 ちなみに俺の現在地はリブリアム大陸北部のやや南寄りと言った所だろう。

 真っ直ぐにこちらを目指したつもりではあったが、やはり目印もない海では方向に狂いが生じるか。

 

 ……まぁ、大雑把に北へと向かうとしよう。

 

 この国の環境は整備に向いておらず、街道の類が一切ない。

 ついでに言うなら似たような風景が多いので一度方向を見失うと迷うかもしれんな。

 俺は飛べるので分からなくなれば上空から場所を確認すればいいので、変に迷う事はないだろう。


 アープアーバンもそうだったが、こう見た事のない風景を見ると少し新鮮な気持ちにはなるな。

 旅の醍醐味って奴だな。 まぁ、それなりにいい気分にはなれるので、俺が旅をする理由の一つだ。

 

 ――ただ――。


 肝心の筥崎の言う俺の生きる目的って奴に関してはさっぱりだな。

 辺獄の領域には何かがあるかもといった話だったが、一度行ってみた後だと危ない以上の感想が出ないので馬鹿正直に信じて向かうのも躊躇われる。

 ふと思い返す。 ヴァーサリイ大陸でやった事と言えば、辺獄で飛蝗に殺されかけたり、研究所をオラトリアムへと吹っ飛ばしたり、臭い女を始末したり、でかい虫を駆除してオフルマズドを地図から消したくらいか。

 

 そこまでやって得た物と言えば五月蠅い剣が二本とあまり成果があったとは言い難いな。

 こうして思い返してみると色々ありはしたが驚く程、目的に近づいていないな。

 俺はこれでも記憶力は中々の物だと自負している。


 目を閉じれば様々な物が色褪せずに瞼の裏で蘇っていく。

 フォンターナ、ザリタルチュ、アラブロストル、チャリオルト、エンティミマス、そしてオフルマズド。


 危機は幾度か感じたが、感情を揺さぶられるような物は殆どなかったな。

 抱いた物は精々、見たままの感想ぐらいか?


 ……果たしてこの土地で俺は何か見つける事ができるのだろうか?


 流れる荒野の景色を眺めながらぼんやりとそんな事を考えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る