十九章

第624話 「海原」

 ざぶざぶと波をかき分け船が進む。

 俺はその場で横になって青い空をぼんやりと眺めていた。 

 身を起こして周囲をぐるりと見回すと、何もないまっさらな風景と海の青がどこまでも広がっている。


 冬が過ぎ去り雪が解け、春が来た所で俺は早々に出発する事にした。

 準備自体は冬の間に済んでおり、後は出るだけだったので手間はそうかからない。

 防具の類は邪魔なので首途の家にあったヴェルテクスのロングコートを仕立て直した物を着ている。


 どうも黒以外は要らないらしく使ってないのならどれでも持って行っていいとの事で、焦げ茶色のロングコートを貰ってサイズ調整した。 靴は作り直したザ・ケイヴ。 後は旅に使いそうな物をやや大きめの背負い鞄に詰め込んで準備は完了だ。

 船は一人で使うので大した物を用意しなくていいのも好都合だった。

 

 俺が乗っている船がどんな物かと言うと――一人乗りの小舟だ。 

 それに荷車を引く為の持ち手を付けてサベージに引かせている。

 ちなみに最初に船を見た時、こいつは自分が引く事になるとは夢にも思っていなかったらしく、随分と驚いていたが、お前は俺の移動手段なんだから大人しく船に乗せる訳がないだろうが。


 最初は結構なデカさの船を用意する筈だったが、要らんと断った。

 大型船にすると余計な人員が必要になるのでかえって邪魔だ。 現状、戦力は要らんので余計な連中を連れて行く必要がないからな。


 最初の数日は見渡す限りの大海原の景色を楽しんでいたが、十数日も眺めていると流石に飽きて来た。

 偶に海の魔物が襲って来るので、いい暇潰しになってありがたかったし、焼くと割と美味いので食料の節約になって大変都合が良かったのだが――


 「――来なくなったな」


 鮫や蛸、烏賊みたいな魔物が一時は引っ切り無しに襲って来てくれたのだが、現れる度に皆殺しにしてやったら来なくなってしまった。

 鮫はともかく烏賊と蛸は結構美味かったから喰い飽きるまでならいくらでも来てくれて良かったのだがな。 流石に暇すぎたので仕留めた鮫の頭を引き千切って海に血をバラ撒いて魔物を呼び寄せたりした。


 それなりに効果はあって血に誘われた大小様々な海の幸が寄って来たが、片端から仕留めていると途中で来なくなってしまったので専ら空と海を眺めて時間を潰すだけの旅になりそうだ。


 取りあえず西を目指せば目的地には辿り着けるはずだが、中々見えてこない。

 途中、小さな島のような物を見つけはしたが、誰も住んでいないような無人島ばかりで見るべき物は特になかった。


 精々、陸に上がれる魔物が巣を作って居たり、餌を探しに来たりしている場面と出くわす程度で、面白くもなんともない。

 ちなみに襲って来た奴は残らず返り討ちにして食卓に並んでもらったが。


 基本的に海の旅はのんびりと西へと進み、魔物が来たら返り討ちにしてその場で食事、後は日がな一日代わり映えしない空と海を眺めるだけで、気楽だが退屈な旅だ。

 天候の変化――要は嵐などで海が荒れれば魔剣の障壁で雨風を防ぎ、流れに身を任せてやり過ごす。


 落ち着けばまた進む。 まったく、問題がなさ過ぎて張り合いがないな。

 さて、海に出る前に色々と予習をしたのだが、仕入れた知識には中々興味深い物もあった。

 まずは西にあるリブリアム大陸を目指した理由だが、そこしか行ける大陸がなかったからだ。 


 どういう事かと言うと、俺が居たヴァーサリイ大陸の東には何もないからだ・・・・・・・

 はっきりと観測された訳ではないが、面白い事にこの世界には果てがあるらしい。

 東側へとひたすら船を進めると、ある一定の場所で必ず消息を絶つといった結果が出る。


 調べに行った連中曰く、ヴァーサリイ大陸の東には小さな島とも呼べない陸地が点在してはいるが大陸らしきものは確認されず、何かを見つけたという報告もないままぷっつりと連絡が途絶えるらしい。

 一時、どこかの国がこぞって海に出て調べたらしいが、得た物は帰って来なかった大量の船と人員と言う結果のみだった。


 結局、生きて帰って来た奴がいないので正確にどうなっているかは不明だが、最終的には世界に果てがあり、向かった者達はそれに触れ世界から零れ落ちたのではないのかと言う結論に達したらしい。

 その果てがどんな代物なのかは不明だ。 様々な憶測が飛び交っていたが、それなりに興味深い仮説も多かった。


 一部を挙げるなら――


 曰く、この世界はテーブル状で外縁に至るとそこから落ちて虚無へと消える。

 曰く、辺獄に地続きで繋がっており、現世との境界に触れると問答無用で引き込まれる。

 

 他は単純に凶悪な魔物の群生地で単純に皆殺しにされたのではという意見もある。

 ただ、消え方が唐突な事が、世界に果てがあるという説を強く後押ししているようだ。


 ……世界の果て……か。

 

 その割には太陽と月は交代で顔を出しているし、空には星が瞬いているが――その辺はどうなんだろうな?

 もしかして宇宙にも果てがあるのだろうか? そう考えるとこの世界は水槽のように狭いのだろうか?

 分からん事が多いな。 まぁ、そんな物かと世界の果てに思いを馳せていると、サベージが小さく唸る。


 どうやら、魔物の襲撃らしい。

 魔法と海の魔物から得た生体情報を用いてサベージは強化しているので、海中に対しての索敵能力もそれなりに高く、足にはちゃんと水かきやエラ等の泳ぐのに必要そうな器官を付けてやったので水中にしっかりと適応している。

 

 目を凝らすと少し離れた所に魚影。 別の魔物の縄張りに入るとこうして襲って来るので、しばらくは退屈しなくて済みそうだ。

 また魚系か、少し前に仕留めた不細工な顔のカラフルな魚は毒を持っていたのか不味かったので、正直あまり歓迎したい相手じゃないな。

 

 ……まぁ、仕留めたら勿体ないからサベージの餌にするが。


 ――第四形態。


 魔剣の刃部分が分解して円盤に変化。

 そのまま嗾ける。 水中だとスピードが落ちるので当てられそうな位置まで距離を詰めてから海中に入れて切り刻む。


 海に出てから何度もこの手の魔物の相手をしてきたのでいい加減、手馴れて来たな。

 円盤が海面を突破して獲物に襲いかかり、瞬時にその身を切り刻む。

 次々と細切れになった魚の死骸が浮かび、流れた血液が海を染める。


 そうなると血に惹かれてか大型の魔物も来るのだが、こいつ等は対処が楽だ。

 でかいので当てやすいからな。 ぐるりと見回すと巨大な影が寄ってきた。

 馬鹿正直に真っ直ぐ来るので本当に楽でいい。


 ――第二形態。


 フォカロル・ルキフグスと合体した事により機能に若干の変化が現れた。

 元は第二形態使用時は刃部分が縦に割れて砲身となるのだが、今は横にも割れて二連装になった。

 威力は格段に上昇したが、燃費は変わらないので扱い易くはなったか。


 発射。 二条となった闇色の光線が海水を瞬時に蒸発させて魔物を薙ぎ払う。

 全長数メートルのでかい魚の死骸が浮かび、周りに居て巻き添えを喰らったらしい炭化した魚の死骸も追いかけるように浮かんで来た。

 

 次の獲物はと周囲を見回すが、逃げて行く姿が遠くに見える。

 

 「片付いたか」


 取りあえず、魚が大量に手に入ったので飯にするとしよう。 

 俺は魔剣を鞘に納めると、サベージに浮いている死骸の回収に行けと指示を出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る