第612話 「立場」

 「クリステラ、これはどういうことなの?」


 呆然とした表情で、しかし真っ直ぐに私に視線を向けるモンセラートの問いに私は咄嗟に声が出なかった。

 デュレット聖堂騎士との戦闘で少し移動してしまったので、聖剣はモンセラートの近くだ。

 彼女は聖剣をそっと拾い上げると、私に再度鋭い視線を向ける。


 「貴女はさっきの人達の仲間なの? 聖剣を盗みに来た賊だったの? ……答えて!」


 取り繕う事は可能だが、彼女相手にそれをやるのは憚られた。

 小さく深呼吸して覚悟を決める。


 「……半分正解です。 私がここに来たのは聖剣に挑戦する為ですが、彼等とは無関係です」

 「挑戦?」

 「えぇ、聖剣を手に入れて持ち帰る事が目的ではありました。 ですが、使えもしない物を無理に持ち出すつもりはありませんでした」


 経緯を説明している間、モンセラートは黙って私の話に耳を傾け、話し終えるまで一切の口を挟まなかった。

 

 「もう一つ聞かせて。 貴女が今まで私にした話は全部嘘だったの?」

 「いいえ。 はぐらかした部分はありましたが、貴女に語った話に嘘はありません」


 事実なので即答する。

 後ろめたい事はあったが、私は彼女の事を友人だと思っていたので可能な限り誠実に接してきたつもりだ。 だから、彼女と過ごした日々については私には何ら恥じ入る事はない。


 モンセラートは微かに表情を緩める。


 「分かった。 信じるわ! でも、この聖剣――エロヒム・ギボールを簡単に渡すわけにはいかないのよ」

 

 そう言ったモンセラートの雰囲気が変わる。

 動から静へと。 快活な表情は鳴りを潜め、静かな威圧感のような物を感じる。

 この雰囲気には覚えがあった。 あれは王都の城塞聖堂で見た――そうでしたか。 私は彼女の正体に察しがついた。


 「モンセラート、貴女が司教枢機卿だったのですね」

 「改めて名乗りましょう。 私はモンセラート。 モンセラート・プリスカ・ルービィ・エウラリア。 グノーシス教団第五司教枢機卿。 この峻厳しゅんげんの地を守る者。 我が使命は柱の中央たるこの地を守り、次代への礎となる事」


 モンセラートはちらりと振り返る。 何かを確認したようだが、一体――?


 「クリステラ、聖堂騎士になる気はありませんか? 貴女なら私は――」


 最後まで言わせずに手で制する。

 

 「モンセラート。 いえ、エウラリア枢機卿。 私は既にグノーシス教団とは袂を分かった身。 この剣はもう別の信仰に殉じています」

 「……そう。 貴女はアイオーン教団の聖堂騎士だったのですね」


 モンセラートは察したように小さく目を伏せる。

 

 「貴女にとってグノーシス教団の信仰は殉じるに値しないと?」

 「はい。 今の私にとってアイオーン教団と聖女ハイデヴューネこそが殉じるに値する存在です。 そしてそれは覆る事はないでしょう」


 即答した。 これは私の中では既に決着している事なので、迷う事などあり得ない。

 モンセラートは悲し気に微笑んだ後、残念そうに何かを小さく呟くと何かを振り切るように表情を引き締める。


 「分かりました。 では、貴女は賊としてこの私自ら裁く事とします」

 「どうしても戦うと言うのですか?」

 「えぇ、教団と無関係の者に聖剣に触れさせるわけにはいきませんので」


 出来れば戦いたくはなかったが、私は諦めて浄化の剣を構える。

 かつてウルスラグナで戦ったジネヴラという枢機卿はダーザインの者達と協力する事によってようやく撃破が叶った強敵だ。 モンセラートも同等以上の力を持っていると見ていい。


 今回は周りに誰もいない以上、一人でやるしかない。

 マネシアを呼ぶ事を考えたが、これは私とモンセラートの問題だ。 可能であれば余計な横槍は入って欲しくない。


 「では、邪魔が入る前に始めましょうか。 貴女が勝てば聖剣は好きにして構いません。 ただし、私が勝てば貴女は私の配下になりなさい」

 「構いません。 勝った方が相手の生殺与奪を握れると言う事ですね」


 モンセラートは首から下がっている首飾りを取り出す。


 「『מִיכָאֵל神に似たるものは誰か』」


 瞬間、彼女の全身から真っ赤な光が炎のように噴き出す。

 同時に彼女の頭に赤い光輪と背から真っ赤な羽。 そしてその口から言葉が紡がれる。


 「『Ξθστιψε力なき ςιτηοθτ正義は Ποςερ ις ινψομπετεντあり ανδ ποςερ正義 ςιτηοθτなき ξθστιψε力は ις圧制 οππρεσσιονである』」


 ……権能!?


 どう言った効果の権能なのかは不明だが、油断は――っ!?

 モンセラートは瞬きの間に間合いを詰めて鞘に納まったままの聖剣で殴りかかってきた。

 咄嗟に仰け反って躱し、浄化の剣で反射的に切り返すが聖剣に受け止められる。


 鞘と鎖を砕ければ聖剣に選ばれていない者は触れられない筈なので、何とか破壊しようと狙ったが、彼女の権能の効果なのか赤い光に包まれており刃が届いていない。

 モンセラートは信じられない程に機敏な動きで下がると、聖剣をこちらに向けて来る。


 聖女ハイデヴューネが放った水銀の槍を思い出して、咄嗟に身を低くして動き回って撹乱。

 

 「『喰らいなさい!』」


 鉄でできた矢のような物が聖剣の周囲に発生、同時に射出。

 数は五。 叩き落そうとしたが矢は空中で静止。

 嫌な予感がして身を捻って回避行動。 瞬間、視認できない速度で矢が飛来する。


 命中はしなかったがいくつかが掠めて鎧に傷を刻む。

 

 ……これは躱さないと不味いですね。


 恐らく防御が難しい類の攻撃だろう。 ただ、一度にそう多く出せない事と、攻撃の軌道が読み易い事だろう。 気を付けさえすれば回避は可能だ。

 それよりも警戒すべきは彼女の身体能力だろう。 速さだけなら私以上だ。


 恐らくあの権能で引き上げているであろうことは分かる。

 ただ、技量はお世辞にも高いとは言えない事が、不幸中の幸いか。

 

 ……後は――


 踏み込んで斬撃を繰り出す。 モンセラートは明らかに見てから反応しているので、当てる事はそう難しくない。

 肩に一撃入れるが、彼女を覆う赤い光に遮られ刃は届かなかった。 だが、手応え自体はある。


 その証拠にモンセラートは僅かに苦痛に表情を歪めて、聖剣を振るう。

 強固な守りではあるが突破は可能と確信。 万全の態勢で繰り出した一撃ならば通る。

 問題は間合いに収めた上で大きな隙を作る必要があるのだが――


 強化された身体能力に物を言わせ、背の羽で浮遊するモンセラートの動きは脅威だ。

 加えて聖剣による飛び道具。 難敵と言わざるを得ないだろう。

 そして、私は彼女を殺さずに降すつもりだ。

 

 モンセラートは聖剣を構えて真っ直ぐにこちらを見つめている。

 その表情からは何も読み取れないが、やる事が決まっている以上は私に迷いはない。

 私は浄化の剣を握る手に力を込めて彼女へと斬りかかった。

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