第611話 「双剣」
悪魔に似た姿になった男は更に速くなった動きで肉薄。
身体能力だけでなく、動きの鋭さまで増していた。 呼吸や視線の動き、何より周りの反応から正気を失っているようにも見えるが、寧ろ無駄な動きが減って攻撃に合理性すら感じられる。
意識を散らす為か、攻撃を分散させて本命の鋭い一撃。
掻い潜って腕を切断しようと斬りつけるが、籠手で受け止められる。 明らかに攻撃に対する反応も速くなっている。
硬い。 浄化の剣で切断できない以上、魔法的な防御が施されているのだろう。
速くなったお陰で攻撃の回転も上がっており、反撃がし難くなった。
――だが。
そろそろ目が慣れた。
浄化の剣を僅かに持ち上げて攻撃の体勢を取ると、それを潰すべく仕掛けて来るがそこを逆手にとって逆に前に出る。 剣は使わずに誘う為に構えたが、上手く釣れた。
光輝の鎧に魔力を通して身体能力を瞬間的に強化。
懐に入って相手の胸の中心を肘で打ち抜く。 辺獄で私があの辺獄種にされた攻撃だ。
完全再現とは行かないが、修練を行って実戦で使い物になる程度には扱える。
胸骨を粉砕した手応えが伝わり、獣に似た大きな口から血が零れた。
次いで片手で胸倉を掴んで背負った後、地面に叩きつけ浄化の剣で斬首。
男は悲鳴を上げる間もなく動かなくなった。
私は内心でほっと胸を撫で下ろす。
……正直、同等の者が複数いればかなり厳しい事になっていたでしょう。
一対一なら何とかなる相手ではあるが、他を気にしながらでは厳しいと言わざるを得ない。
ともあれ片付いたので次へと視線を向けると、生き残った者達はさっきの者が敗れるとは思っていなかったのか動揺しつつも踵を返して逃げ出そうとするが、街の出口は私の背後。 元来た道からはちょうどグノーシス教団の聖騎士達が向かってきているのが見えた。
どうやら追いついて来たらしい。
しかし、これはどうすればいいのだろうか。 本来なら早々に聖剣を奪って挑むつもりではあったのだが、こうなってしまった以上は構わずに挑戦だけして成功するようならそのまま奪って逃げる?
マネシアの姿が見えない事も少し気になった。
彼女の事だからそろそろ追いついて来る頃だが――
「賊め! 大人しく聖剣を返し、縛に就け!」
先頭の聖堂騎士が剣を聖剣を抱えた賊に投降を促すが、そんな簡単に諦めるような覚悟で神殿を襲うような真似はしないだろう。
賊の数名は私の方をちらりと振り返ると足元に何かを叩きつける。 魔石か何かのようで砕けたそれは効果を発揮し、周囲を濃い霧で満たす。 目晦ましか。
同時に足音が散ってそれぞれが別の道へと向かおうとしていた。
狙いを散らす気か。
私は他には目もくれず、聖剣を持った男を追おうとするが、男の足音はさっき仕留めた男の死体に駆け寄っていた。
何をと思ったが、狙いはすぐに分かった。
傍らに落ちている本だ。 あれを使う気か。 私は阻止するべく本へと駆け寄る。
私の方が近い。 間に合――伸ばした手は空を切り、本は鎖のような物に絡め取られて宙に舞う。
聖剣を持った男は袖口の鎖を操作して引き寄せた本を受け止め、即座に走り霧に消えた。
戦闘で勝機が薄いと判断したのか、逃げる動きに迷いがない。
姿が見えないが足音は聞き分けられているので問題なく追えそうだ。
霧の向こうでさっきの聖堂騎士の怒鳴り声が聞こえたが、無視して足音を追うべく駆け出した。
霧を抜けると間を空けずに聖剣を持った男の背が見えた。
聖剣と本を抱えて走っている所為か、そこまで速くなかったのですぐに追いつき、適度に距離を詰めた所で襟首を掴んで引き倒す。
「っ!?」
外套の所為で分からなかったが、獣人特有の獣の耳がついた若い男だった。
「――! ――!!」
何やら叫んでいるが残念ながら私には獣人の言葉は分からないので、何を言っているのかは理解できないが表情から怒っている事だけは理解できた。
男は何を言っても無駄と判断したのか本を開こうとしたが、即座に蹴り飛ばす。 本は地面を滑り、近くの建物にぶつかって止まる。
「大人しく聖剣を渡しなさい。 そうすればこれ以上追うような真似はしません」
言葉は通じないので聖剣を指差して手を伸ばす。
無駄だと思うが、最後の警告をしておく。 当然ながら睨みつけて懐から何かを取り出そうとしたので浄化の剣を一閃。 首を刎ね飛ばす。
力を失った胴体が崩れ落ち、零れ落ちた聖剣が地面を滑って行く。 次いで死体が爆散し消滅。
「……結果的にではありますが上手く行きましたか……」
便乗して利を得たようで余りいい気はしないが、聖剣を手に入れる事が目的。 他は二の次と考えよう。
私は落ちた聖剣を拾い上げようと近づこうとした所で咄嗟に浄化の剣を楯にするように掲げる。
甲高い金属音と同時に無理な体勢で受けた私の体が流されて少し吹き飛ばされた。
「ようやく追いついたぞ! 賊め! 聖剣を返して貰おう!」
斬りかかってきたのはさっき叫んでいた聖堂騎士だ。
赤みがかった全身鎧に赤と青の刃を持つ剣を携え、面頬越しの視線には烈火の如き怒りを感じる。
私は特に何も言わずに浄化の剣を構える。 少し離れた位置に落ちている聖剣には目もくれない。
回収は目の前の聖堂騎士を排除してからだ。
「聖剣を奪おうと目論む不届き物はこのアストリュク・ニコラ・デュレットが斬り捨てる! 覚悟するがいい!」
そう言ってデュレット聖堂騎士が両手の剣を構え、真っ直ぐに突っ込んで来る。
赤の剣からは炎が吹き上がり、青の剣からは冷気が迸った。 派手なだけの剣ではないと思っていたが、聖堂騎士の剣だけあって強力な付与がなされた魔法剣か。
鍔ぜり合うだけで熱と冷気にやられると判断。 まずは下がって躱し、様子を見る。
流石に聖堂騎士の位を与えられるだけあって動きが鋭い。
それに実戦経験――特に対人戦が豊富なのか、視線の動きや間合いの取り方も上手く、武器も十全に扱えている。
その証拠に剣の纏う魔法効果も攻撃範囲の計算に入れているようだ。
初撃で微かにだが熱で肌を焼かれてしまい、微かに露出した部分が痛む。
デュレット聖堂騎士は確かに強いが、次元が違う剣士を相手にした経験がある以上、そこまでの脅威とは感じられなかった。
目で追える剣速にある程度ではあるが先が読める動き。
あの辺獄種に比べれば弱すぎる。 総合的に見てもさっきの本を使っていた男と同じか少し強いぐらいと言った所だろう。
動きにも目が慣れたのでそろそろ決める。
デュレット聖堂騎士は左右で攻撃を切り替える際に一瞬だけ隙が出来るので、そこを突く。
最初は誘っているのかとも思ったが、感じからして無自覚なのが良く分かる。
左の炎剣を躱し浄化の剣で斬り返す。 身を捻って躱させた後、右の氷剣に攻撃を切り替える
……ここだ。
攻撃を繰り出す一瞬の時間差の隙を突いて突きを繰り出す。
浄化の剣は相手の防御をすり抜けて胸の中心を避けて腹に突き刺し、魔力を解放。
刃から熱と光が溢れデュレット聖堂騎士の体を内側から焼く。
「がぁぁぁぁぁぁぁ!」
咆哮の様な悲鳴を上げるが、流石は聖堂騎士。 苦痛に呻きながらも斬撃を繰り出すが、集中できていないのか雑な動きだった。 完全に苦し紛れの攻撃なのだろう。
私は体内で剣を捻って一閃。 腹を切り裂く。
傷口が焼けるので出血はないが、凄まじい激痛となるだろう。
デュレット聖堂騎士はそのまま意識を失って崩れ落ちた。
流石に殺す気はないので傷口に持っていた魔法薬を振りかけておく。 これで死ぬような事はない筈だ。
私は小さく息を吐き、聖剣を拾おうと振り返り足を止める。
「――クリステラ?」
視線の先には隠れるように言って置いたモンセラートがいたからだ。
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