第610話 「魔本」

 複数の足音と共に聖剣を奪った者達が広場に足を踏みいれる。

 人数は十人。 聖剣を持った男が先頭だ。

 彼等は私の姿を認めると二人が即座に襲って来た。


 言葉は不要と考えているのか、急いでいるのかは不明だが、誰も何も口にしない。

 片方が手斧でもう片方が肉厚の剣を手に斬りかかって来る。

 獣人と言う事だけあって身体能力が高く、最初の一歩で大きな伸びを見せて距離を詰めて来た。


 だが、力に偏っている所為か動きに重さがあり、攻撃の出が遅い。

 剣の方が近いのでこちらの対処を先に行う。 斬撃に合わせて剣ごと胴体を両断。

 上半身と下半身が分離して走って来た勢いのまま地面を転がり、後続の斧持ちが驚いたようにたたらを踏むが、逃がす気はない。 次の行動に入る前に武器ごと両断。


 仕留めた男は驚きの表情を浮かべつつ微かに口元を歪めたのを見て咄嗟に後ろに跳ぶ。

 同時にその体が爆散。 黒い霧を撒き散らす。

 

 ……ダーザインが使っていた証拠隠滅の仕掛けか。


 死体や囚われた際に敵に情報を与えない為の物と聞いているが――何故、ウルスラグナで使われていた技術がこんな所で……。

 疑問はあるが今は後回しだ。


 残った八人は私を脅威と認識したのか各々が武器を構えて戦闘態勢を取るが――


 「――!」


 聖剣を持った男の鋭い一声の前に全員が硬直。

 聞きなれない異国の言葉だったので私には理解できなかったが、雰囲気から察するに聖剣を持った男が私の相手をするようだ。


 その証拠に他は動かずその者だけが前に出た。 大柄な男で黒っぽい外套を身に纏い、聖剣以外に武器は持たず、両腕に籠手を身に着けている。

 外套を脱ぎ捨てた後、聖剣を腰に差して無手で構えるが、その体が徐々に変化していく。

 露出している部分には灰色の毛で覆われ、顔も獣のそれへと変貌していった。


 見た目だけで見るなら異邦人にも近いが彼等とは似て非なる物ではあるのだろう。 ただ、その強靭な肉体とそれに支えられた高い身体能力は脅威だ。

 そして隙の無い構えに視線の置き方、少し離れていても分かる落ち着いた呼吸。

 認識できる全ての要素が強敵だと伝えて来る。

 

 私も油断せずに浄化の剣を構え、相手の出方を――次の瞬間には相手が間合いに入っていた。

 

 「っ!?」


 咄嗟に仰け反って相手が振るった鋭い爪を際どい所で躱す。

 速い。 認識が一瞬遅れたのは動きに何かしらの工夫があるからだろう。

 私も相手の意識を逸らして間合いを詰める事は出来るがここまで見事に虚を突けるかと言われれば少し怪しいかもしれない。


 即座に追撃に入るが、腰の聖剣に触れる様子がない所を見ると使う気はなさそうだ。

 爪を用いた斬撃は間合いこそ短いが、回転が早く捌き辛い。

 そして――小さく仰け反ると鼻先を何かが掠める。 脚だ。


 蹴りを織り交ぜて来るので動きが読み辛い。

 攻め方こそ素直だが、豊富な戦闘経験に裏打ちされた実力者である事が窺える。

 そして獣人特有の強靭な肉体とそれに支えられた体力。


 ほぅと小さく感心したような息を相手が漏らし、呼吸が鋭くなる。

 同時に攻撃の回転が上がり、凄まじい連打が襲って来た。

 突き、薙ぎ、指を立てての手刀。 上半身に意識を誘導してからの蹴り。


 躱せる物は最小の動きで躱し、そうでない物は剣と鎧の籠手の部分で防ぐ。

 凄まじい腕だ。 無手でここまでの動きができる者は記憶にない。

 手数で攻めて押し切ると言う戦い方を得手としているのだろう。 こちらに反撃の隙を与えないつもりのようだ。


 ――だが――


 十数の攻撃を捌いた所で攻撃の傾向と癖は掴んできた。

 緩急をつける攻撃は読み辛いが、基本的に腕は左右交互に繰り出し、虚を突いて同じ腕で攻撃する時は一瞬だけ出が遅い。


 そして蹴りを繰り出す直前は――

 引き付けてから仰け反って躱し浄化の剣を一閃。 切断された男の足が高々と宙に舞う。

 

 ――一拍、間が空く。

 

 男は屈辱と驚愕が混ざった表情を浮かべ、片足で器用に後ろに跳んで体勢を維持しつつ着地。

 浄化の剣の斬撃は熱を伴うので出血はないが、かなりの痛みを伴う。

 その証拠に男は痛みを堪えるかのように顔をしかめ、呼吸がかなり乱れている。


 「――。 ――」


 男が何事かを発すると聖剣を仲間に投げ渡し、代わりに何かを受け取っていた。

 あれは――本?

 嫌な予感がする。 何をしようとしているかは不明だがやらせるわけにはいかない。


 私は勝負を決めるべく踏み込もうとするが他の獣人が間に割って入る。

 男に比べればそこまで動きが良い訳ではないので次々と斬り倒すが、これは間に合わないと冷静に分析。

 三人斬った所で、生き残った者達が大きく間合いを取る。


 それも私だけではなく本を手にした男からも。

 男の本が風もないのに勝手に開くと勝手にパラパラとページが捲れて行き、不意に止まる。

 同時に開いた本から闇色の何かが噴き出し、男の体へと入って行く。


 そして――


 「<■■■■■■■:■■■■■■■ ■■/■■■■■■■>」


 ――何事かを発した後、それが起こった。


 男の切断された足の断面から元の物とは似ても似つかない、黒い足が生える。

 そしてその足を中心に黒い何かが瞬く間に男を侵食していく。

 全身を黒く染め上げた男は別の何かへと変質していた。


 「――悪魔?」


 思わず口にする。 そう、その姿は悪魔という存在に似ていた。

 だが、悪魔と呼ぶには目の前の存在は生々しすぎる。

 私が知っている悪魔の知識によれば、あの存在は異界――こことは異なる場所から呼び出される魔力の塊のような者達だと言われていた。


 実際、ウルスラグナで何度か相対した時に抱いた印象もそれを裏付けている。

 悪魔は薄い・・のだ。 存在が霧や霞のように芯がなくあやふやだった。

 その理由は完全な形でこちらに現れていないからだという話も聞いた事がある。


 だが、目の前の存在は悪魔特有の禍々しさに加え、しっかりとした命の気配がするのだ。

 本物の肉体を使っている事もあるだろうが、恐らくウルスラグナで用いられている悪魔を使役する術よりも、目の前の存在が使用する技術は完成度が高いのだろう。


 変異した男は視線をこちらに向ける。

 視線の動きにやや混乱が見えたが、それも収まりこちらを標的と定めたのが分かった。

 

 ……来る。


 私が身構えると同時に男――男だった者が咆哮を上げて真っ直ぐに向かって来た。

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