第609話 「先回」

 音の発生源は方角を考えると――聖堂……いや、神殿か。

 同時に戦闘の物と思われる金属音や叫び声が響き渡る。

 私達はまだ行動を起こしていない以上、あの怪しい者達だろう。

 

 モンセラートが駆け出そうとしていたので咄嗟に腕を掴んで止める。


 「放して! 神殿に何かあったら私――!」 

 

 そのまま引っ張って抱きしめる。

 モンセラートはしばらく暴れたが、ややあって大人しくなった。

 

 「落ち着きましたか?」

 

 私がそう尋ねるとモンセラートは小さく頷く。

 彼女が落ち着いた所で手を放し、目線が合うように膝を付いて屈む。

 

 「どうやら襲撃のようです。 モンセラート、襲撃者に心当たりは?」

 「わ、分からない。 でも、ゲオルゲが少し前にクーピッドで妙な出入りがあったって……」

 「クーピッド?」

 「南にある海に面した国で――」


 なるほど。 つまり大陸の外から来た者達と言う事ですか。

 動きから察するに狙いは間違いなく聖剣だろう。

 

 「戦闘の感じからして賊の目標は神殿。 狙いは聖剣でしょう」

 「そう! そうよ! 聖剣は駄目なの! 選ばれた人じゃないと、だから、だから私達はそれまで守らないと駄目で……」


 聖剣と聞いてモンセラートはまた落ち着きをなくし始める。

 私は――少し悩んだ後、頷く。


 「モンセラート、貴女は離れた所に隠れていてください。 神殿へは私が行きます」

 「で、でも! クリステラがいくら強くたって、相手は――」

 「騒ぎが収まるまで神殿に近づかないようにしてください!」 


 構わずに神殿へと向かう。 聖剣を奪われるのは不味い。

 走りながら魔石を取り出しマネシアに連絡を取る。

 

 ――状況は分かっているわ。 既に神殿の近くまで来ているので、そちらで合流を。


 すぐに応答したマネシアはこういった状況を想定していたのか反応が早い。

 

 ――今、貴女が居る位置から襲撃の様子が確認できますか?


 ――……えぇ、グノーシス側は突然の奇襲だったので浮足立っているけど、そうかからずに立て直す筈。 問題は相手なのだけど……。


 マネシアの口調にはやや戸惑いかが滲んでいた。


 ――ダーザインのような悪魔を扱う者達ですか?


 ――いえ、恐らく獣人でしょうね。


 それを聞いて微かに眉を顰める。 予想外の回答だったからだ。

 獣人。 話には聞いた事はあるが実物は見た事がない。

 隣の大陸の半分を支配している種族で、本来ならヴァーサリイ大陸には存在しない種なのだが、隣のリブリアム大陸から奴隷として連れて来られて売られているようだ。


 こちら――ヴァーサリイ大陸では希少なので、かなりの値が付くという話を聞いた事がある。

 

 ――奴隷を嗾けたという事は?

 

 ――いいえ、見た感じ、首輪の類は見当たらないわ。 恐らく使役はされていないかと。


 モンセラートの言っていた通り大陸の外の組織と言う事だろう。

 そんな者達が遥々アラブロストルへと来た理由。 ほぼ決まっていたが、聖剣で間違いないと確信を深める。

 

 ――分かりました。 すぐに私もそちらに着きます。


 言っている間に神殿が見えて来た。

 そこでは激しい戦闘が繰り広げられている。 片や聖殿騎士と聖騎士、片や獣と人が混ざった異形――異邦人と似た姿ではあるが、非なる存在である獣人だ。


 割り込む気はないので、まずは予定通りにマネシアの下へ向かう。

 幸いにも彼女は近くの建物の陰に身を隠していたので、合流は難しくなかった。

 

 「どうしますか?」


 私は斬り込む事しかできない人間だ。 こういった時には素直に知恵を借りるべきだろう。

 マネシアは戦闘の推移を見つめながら思案顔になる。


 「様子を見ましょう。 彼等の目的が聖剣である以上、拘束する手段を持っている筈よ。 撃退されるなら騒ぎが落ち着いた隙を突いてもいいけど、奪われるのならそれを横から攫えばいい。 その場合、仮に私達の両方が聖剣を扱えなかったとしても取り返したとでも言って返却してしまえば角も立たないわ」

 「……分かりました」

 

 正直、気持ちの赴くままに飛び込みたいという衝動はある。

 しかし、私達の目的はあくまで聖剣だ。 それを違える事だけはあってはならない。

 

 「気持ちはわかるけど――そこまで待つ必要はないと思うから少し我慢して」


 それは一体?と聞き返すまでもなくマネシアは続ける。


 「ここはグノーシス教団の自治区、つまりは敵陣よ。 そんな場所に長居するのがどれだけ危険か分かるでしょう? 事を起こした以上、時間との勝負になる。 だから――」


 彼女の言葉を裏付けるかのように神殿の入り口から爆発が起こり、何かが吹き飛んで来た。

 装備からして聖堂騎士だろう。 だが、その装備は半壊しており、死んではいないようだがピクリとも動かない所を見るとあれ以上の戦闘は不可能だろう。


 その後にゆっくりと聖堂騎士を倒したと思わしき者達が姿を現す。

 大柄な男が二人と女性が一人、三人とも獣人特有の獣に似た耳を持っている。

 そして先頭にいる男の手には鞘と鎖で拘束された聖剣が握られていた。


 男達は部下にその場を任せ、聖剣を抱えたまま走り去っていく。

 私はマネシアに小さく頷くと男達を追って駆け出す。

 後ろではなく別の道から追いかける。 この街は散々歩き回ったので地理には精通している。

 

 先回りする事はそう難しくない。

 

 「クリステラ! 先に行って! 私の足では貴女についていけない!」

 「分かりました。 先に行っています」


 私はそのままマネシアを引き離して一気に加速。

 追撃者へ追いつかんと細い路地を縫うように駆け抜けて、距離を詰める。

 途中で背の低い建物に飛び乗り視界を広げて、相手の位置を確認。


 移動速度から大雑把な位置を推測して視線を巡らせ――居た。

 真っ直ぐに街の南側へと向かっている複数の影を視認。

 人数が増えている所を見ると、途中で仲間と合流したと言った所だろう。


 この調子なら街を出る少し前で先回りできる。

 ぐるりと周囲を見渡すが、他に移動する不審な影はない。

 恐らく最小限の人数で事を起こしたのだろう。 戦闘は神殿の周囲のみに留まっている。


 陽動と足止め要員と言った所か。

 何者かは不明だが、こちらも聖剣を欲している以上は持ち去らせる訳にはいかない。

 戦闘を行うに最適な場所を探し、街の出口の手前に小さな広場がある。


 そこで抑える。

 首尾よく先回りに成功し、建物から飛び降りて着地。

 全力で走ったので少し切れた息を整え。 近くの物陰に余計な荷物を放り込む。


 最後に浄化の剣を抜いて、彼等が通るであろう進路を塞ぐように立つ。

 準備は済んだ。 後は来るのを待ち構えるだけだ。

 真っ直ぐに現れるであろう道に視線を向けると、読み通りに複数の足音が近づく気配がした。

 

 私は息を整えて剣を握る手に力を込めた。

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