第608話 「整理」
「それは本当の話なのですか?」
一晩で国が滅ぶ? 俄かには信じられなかった。
エンティミマスでは巨大な魔物と言うはっきりとした原因があるので理解はできるが、オフルマズドに関しては私の理解を超えていた。
「……えぇ、聞いた話が本当であれば、前日までは何事もなく当日の朝まで外部に全く変化が伝わらなかったらしいのよ」
マネシアも私と同様に半信半疑らしく、その表情が物語っていた。
「複数の筋から聞いたので確度はそれなりに高い情報なんだけど――真偽はさておき正直な話、外の情勢を軽く考えていたわ。 ここまで危険な事件が立て続けに起こっている事を考えると、エルマン聖堂騎士の言う通り、戦力の拡充は必須と言えるでしょうね」
それに関しては私も同意見だ。
明らかに国外の情勢に詳しくないなんて言っていられる状況ではない。
大陸のあちこちでこれだけの災厄が起こっているのだ。 ウルスラグナにも降りかからないという保証はない。 いざという時の為の備えは必要になるだろう。
「……一応ではありますが、こちらの調べ物は一段落着いた。 エルマン聖堂騎士への報告も済ませているので、私の用事は済んだと言って良いわ」
「そろそろ聖剣に取りかかる頃合いと言う事ですか」
モンセラートと知り合った事もあって少し後ろめたい気持ちがあるが、私は聖剣を求めてこの地に来たのだ。 それを曲げる事はできない。
「行ける?」
マネシアにはモンセラートの事は話してあるので、それを慮っての事だろう。
私は大きく頷く。 何も問題はない。 何を選ぶかはもう決めているからだ。
「はい。 モンセラートとの事もあって後ろめたい気持ちはあります。 ですが、私はアイオーン教団の聖堂騎士として、皆と聖女ハイデヴューネの為に聖剣へ挑みます」
「……なら私から言う事は何もないわ。 ……神殿の様子は?」
「恐らく、忍び込むだけならそう難しくはないでしょう。 ただ、内部の様子が不明なので本当にあるのかは少し怪しい所ではありますが……」
一応、モンセラートとの会話の中で少し話題に上ったのだが、彼女曰く堂々と安置されているとの事だ。 しかし、モンセラートの言葉は信用出来ても私はグノーシス教団を余り信用していない。
つまり身内にも隠している可能性は大いにあり得る。
「なかった場合は――」
「そうなると怪しいのは本部である聖堂でしょう。 神殿は外から見た限り、大した広さではないので調べるのは難しくはありませんが聖堂もとなると少し厳しいですね」
これでも何日も街を歩き回ったのだ。
街の地理や建物の構造――外観のみにはなるがそれなりには明るい。
モンセラートから話を聞けたことも大きく、そう広くないこの自治区の情報を集めるのは難しくなかった。
マネシアは少し悩むような素振を見せる。 表情にはやや不安と焦りのような物が浮かんでいる。
「どうかしたのですか?」
「……これはまだ未確認の情報なのだけど、ここ最近のグノーシスの動きが少し気になって……」
確信がないのか歯切れが悪い。
私は構わないと先を促す。
「ザリタルチュへ調査隊を送っており、その帰還後にどうもあちこちで買い付けを行っているらしいの。 明らかに遠征の準備よ。 それも大規模な」
「本格的に調査に乗り出す気になったと言う事ですか?」
「いいえ、それにしてはかき集めている量が多すぎる。 あの様子だと遠出――恐らくは本国へ向かう物じゃないかと思うわ」
この時期に本国まで戦力を下げる?
妙な事件が頻発している以上、寧ろ守りを固める為にも増員するのが自然に思えるが……。
「この時期にと言うのが引っかかる。 もしかしたら本国でも何かが起こり、戦力を集める必要が出て来たのかもしれないわ。 場合によっては――」
「――聖剣の移送も有り得ると?」
私がマネシアの言葉を引き取ると彼女は頷きで応える。
「グノーシスが戦力を集める事にどこまで重きを置いているかにもよるけれど、可能性としては充分にあり得るわ」
「実行するなら、少し急いだ方がいいと言う事ですね」
「えぇ……とは言っても今日明日という話ではなさそうだから、整理をする時間ぐらいはあると思うわ」
「――ありがとうございます」
マネシアはモンセラートとの別れを済ませる為の猶予をくれたと言う事だろう。
例の怪しげな者達の事もあるので少し急いだ方がいい。
「次に彼女と会うのは二日後です。 その日の夜に神殿に入り、聖剣に挑みましょう」
彼女の心遣いに感謝しつつ、私ははっきりと決断を口にした。
二日後。
マネシアは出国の準備をしつつ神殿に踏み込む為の準備。
私も全ての準備を済ませ、最後の清算を済ませる為にモンセラートの下へ向かう。
待ち合わせの場所に着くと、珍しく彼女が先に来ていた。 いつも聖堂を抜け出すのに時間がかかるので遅くなると言うのは聞いていたので今回、先に来ていた事に少し驚く。
木に寄りかかり、地面に視線を落としていた。 その表情には若干の憂いのような物を滲ませている。
早く来た事もそうだが、少し沈んで見えるのが引っかかった。
私の姿を認めるとその表情がぱっと明るくなる。
「ふふん! 今日は私の方が早かったわね!」
「お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ! 私も今来た所よ!」
軽く挨拶を交わし、連れたって歩きだす。
「今日は何処に行きましょうか?」
「えぇ! ちゃんと考えてるわ! 今日は時間があるから少し遠出しましょう!」
……遠出?
どこでしょうかと首を傾げながら先を歩く彼女の少し後ろを歩く。
やや上機嫌なモンセラートの向かった先は第四区だった。
こちらに関しては短い期間しか滞在しなかったので、しっかりと見ていない場所も多く、散々歩き回った第五区に比べれば新鮮に見える。
ただ――
時折、モンセラートが何かを言いたげにこちらを見やるのが少し気になった。
楽しい時間は瞬く間に過ぎると誰かが言っていたが、こうして目の当たりにするとそうなのだろうと実感する。
日が傾き、暗くなり始めた所で第五区へと戻る。
夜が近づくにつれてモンセラートの表情が曇っていく。
何か言いたい事があるのだろうが言い出せないといった雰囲気だ。 それは私も同じなので、どう切り出した物かと思案する。
そろそろいつも別れている場所に着いてしまう。
それまでに切り出さないと――
――そう思ってはいたが口は重く、中々言い出せずにいつも別れている聖堂の近くの広場に辿り着いてしまった。
モンセラートの足が止まる。 私も同様に足を止める。
彼女は振り返り、その表情は何かを言いたげだ。 もしかしたら私も同じ表情をしていたのかもしれない。
「あの! あのね、クリステラ。 私、私は――」
そう言って躊躇いがちに紡ごうとしたモンセラートの言葉は――
――少し離れた所で響いた衝撃に掻き消された。
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