第602話 「成果」

 「そ、そう……何というか、大変だったわね」


 酒場に付くと既にマネシアが待っており、遅れた経緯を説明すると彼女は何故かそう言って微妙な表情をした。

 何か不味い点でもあったのだろうか? 良く分からなかったが、特に気にせずお互いが得た情報をすり合わせる。


 フォンターナ王国。

 農耕で生計を立てているだけあって、国土の数割が田畑だ。

 それ以外は魔物の素材取引で収益を上げているようだが、割合としては前者の方が上回る。

 

 田畑が多いというだけあって、武力と言う点ではお世辞にも充実しているとは言えないようだ。

 その為、隣国であるアラブロストル=ディモクラティアから兵力を借り受ける事によって防衛力としている。


 ……とは言っても隣接しているのがアラブロストルのみなので、借りている戦力は主に魔物に対しての備えとなる。

 

 南側はアラブロストルが固めており、北側にはアープアーバンがあるので、人同士の争いとは無縁と言う訳だ。

 その為、基本的に平和な国なのでこれと言った事件は起こっていなかったが、少し前に国境付近である事件が起こったらしい。


 辺獄の領域ザリタルチュでの辺獄種の流出。

 それにより国境付近では辺獄種による被害が多発していた。

 事態を重く見たフォンターナ、アラブロストル両国は冒険者ギルド、グノーシス教団と合同で大規模な討伐隊を編成。 これの対処に当たった。 


 一万名を越える大軍勢だったが、その全てがザリタルチュにて消失。

 完全に消息を絶った。 その後、一人だけ帰還した者が居たが、それ以外の者は未だに生死不明との事。


 「これはマーベリック枢機卿が言っていた事件ですね」


 この話には聞き覚えがあった。

 確かバラルフラームへ向かう協力要請の際にマーベリック枢機卿がその話をしていた事を思い出す。

 マネシアも概要は聞いていたようで小さく頷く。


 「裏が取れた形にはなりますが、その帰還者――恐らくは生存者・・・でしょう」


 ザリタルチュがバラルフラームと似たような場所で同等の戦力を保有しているのなら、まず生きては帰れない。

 あの辺獄種と同格の存在が居ると言うのなら一万の軍勢も単騎で全滅させられるだろう。

 

 「……それほどまでに危険な場所なの?」


 その場に居なかったマネシアはやや訝し気だ。

 無理もないと思う。 あれはあの場に居なければ分からない。

 あの辺獄種の強さと恐ろしさを。

 

 「いえ、場所というよりはあの場に居た辺獄種が問題です。 「在りし日の英雄」その名に違わぬ強さでした」

 「……確か強い辺獄種と聞いていたけど、それほどに?」

 「はい、少なくとも私では話になりません。 一対一で戦えば数合も保たないでしょう」


 情けない話だがこれは断言できてしまう。

 辛くも勝利を収める事が出来たのは聖女ハイデヴューネやマーベリック枢機卿、斃れた聖堂騎士や犠牲になった者達が居たからこそだ。


 そして聖剣を持っていない討伐隊の者達が生きて帰れるとはとてもではないが思えなかった。


 「言い切りましょう。 ザリタルチュにも「在りし日の英雄」がいるのなら、単騎で一万の軍勢を滅ぼす事も可能だと」

 「……それほどなのね……」


 マネシアはやや表情を引き攣らせるがややあって引き締める。


 「ならばこの状況。 クリステラ、貴女はどう見る?」


 そう、この話には続きがあるのだ。

 バラルフラームからはそれ以降、辺獄種が現れていない。

 それが意味する事はあの場所が攻略されたと言う事に他ならないからだ。


 「……俄かには信じられませんが、何者かがあの地を制し魔剣を持ち出したとしか……」


 今の私が持っている知識から導き出される答えはその一つのみ。

 話を聞く限り、バラルフラームの一件と全く同じ顛末だからだ。

 魔剣を失った事で存在しなくなった辺獄の領域、少なくともバラルフラームでは辺獄種の気配は完全に消え失せたと聞いている。

 

 「断言は危険だけど、もしかしたらその生存者があの地を制したのかもしれないわね。 もしくは私達の知らない未知の手段で何とかした……と言う事も考えられるけど……」

 

 なるほど。 何らかの手段を用いてあの地を無力化したと。

 そう言われれば納得がいく。 正直な話、あれと同等の存在を聖剣なしで打倒できる手段を想像できない。


 「可能であればその生存者に話を聞いてみたいですね。 そちらに関しては何か分かりますか?」


 私の質問にマネシアは首を振る。


 「流石に一介の冒険者にそこまで教えてくれなかったわ。 ただ、これは噂だけど、地竜に乗った冒険者だったという話は聞いたけど……」


 マネシアは歯切れが悪そうにそう言う。 察するに情報を得はしたが、噂の域を出ないのだろう。

 ただ、その話には少し引っかかる物を感じた。


 地竜という部分だ。 地竜――そう聞くと不意にムスリム霊山での戦いを思い出す。

 あの者は確か地竜を使役していましたが、何か関係が……。

 そこまで考えて内心で首を振る。 まさか、ここはウルスラグナではない。


 ダーザインの関係者であるあの者がこちらまで来るとは考えにくい以上、別人だろう。

 それにアープアーバンは地竜の群生地だ。 あそこに生息する個体を何らかの手段で使役した者と考えた方が自然だろう。

 

 「……話が逸れてしまいましたね。 目的のアラブロストル=ディモクラティアについては何か分かりましたか?」


 私が冒険者から聞いた話だと、ザリタルチュの一件の後に隣国であるチャリオルトから攻撃を受けて戦争に突入したと聞いた。

 結果は勝利。 チャリオルトは解体され、生き残りは責任を取らせる形で奴隷落ち。

 

 国土はアラブロストルの領土となり、現在開拓中との事。

 聞けたのはその程度の事で、国の内情や聖剣の事は一切分からなかった。


 「国の内情に関しては私が手に入れた情報も似たような物ですね。 肝心の聖剣などに関しては殆ど分かりませんでした。 ただ、国の中央部に近い位置に教団の自治区があると聞いています。 聞いた限り、ウルスラグナで言うオールディアと同じ遺跡の保護と保存を行っているようなので、あるとしたらその辺りではないかと思います」


 なるほど。 そこまでの情報を仕入れるとは流石です。

 私ではここまでの情報を仕入れる事は難しいでしょう。 

 やはり、私はまだまだですね。 マネシアに負けないように精進しなければ。


 「では準備が出来次第、そのアラブロストルにあるグノーシス教団の自治区に向かうとしましょう」

 「えぇ、それと念の為、路銀は多めに稼いでおきたいのですが、今日の収穫はどうでしたか?」


 あぁ、そういえばと思い、私はさっき換金して来た金貨の詰った袋を並べる。

 

 「仕留めた小型地竜の群れが中々良い値段で売れたので、それなりの額になりました。 どうでしょう? 足りますか?」 

 

 四つ程、金貨でぱんぱんに膨らんだ袋を見て、マネシアはやや顔を引き攣らせて絶句。


 「――っ!? は、早くしまって! 見せなくていいから!」


 何故か周囲をキョロキョロと見回した後、小声で叫ぶという器用な事をしながら素早く袋を押し返して私にしまうように促すので素直に従う。

 私が袋をしまった所で落ち着いたのかマネシアは小さく息を吐く。


 「そ、それだけあれば充分ね。 明日、早めに出発しましょう」


 マネシアは何故か後半は小声でそう言うと、この場はお開きとなった。

 いよいよ明日はアラブロストルへ向けて出発となる。

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