第603話 「入国」

 充分な路銀を得る事ができたので、翌日からアラブロストルへと向かう為に出発。

 移動中にフォンターナ王国の景色を眺めたが長閑な物で、ウルスラグナではあまり見ない光景は新鮮な物だった。


 広がる田園風景、そこで作業する者達。

 水路を用いて移動する船に畦道。

 背の高い建物や遮蔽物が少ないので良く通る風。


 その全てが今の私には珍しく映った。


 「私もあまり経験はないのだけれど、こういう物が旅の醍醐味とでも言うのかしら?」


 マネシアも同じ事を考えていたのか珍しそうに景色を眺めていた。

 そうかもしれない。 ウルスラグナとは違う風景、違う道、違う風。

 見慣れない土地はその全てが新鮮な物として記憶に刻まれる。


 歩いていると考えてしまう。 この場にイヴォンや聖女ハイデヴューネがどんな感想を抱くのか。

 そう思えるほど、見慣れぬ景色は私の目に輝いて映った。

 


 フォンターナはかなり開拓が進んでいるので、移動が随分と楽だ。

 魔物の襲撃もなく、一定の間隔で町や村があるので宿泊施設を利用すれば野営の必要もなく、食事を用意する手間もかからない。


 アープアーバンに居た頃と比べれば簡単に距離が稼げる。

 フォンターナでは特に危険な目にも遭わず、長閑な風景を楽しむだけで通り過ぎる事が出来た。

 こうして私達はそう時間もかからずにフォンターナの国境を越えて、アラブロストルへと辿り着く。 


 アラブロストル=ディモクラティア。

 国としては珍しく、国王や領主などに該当する特権階級を民意によって決めるという変わった制度を取っている。


 それによって選ばれた者は区長という肩書を得、他で言う領と同じ括りの区という国土の一部を収め、統治を行う。

 区の数は全部で二十。 それと同じ数だけ区長が存在し、彼等の総意によって国の動きが決まる。

 

 ……ウルスラグナでしか生活したことのない私からしたら不思議な法だと感じる。


 ともあれ、移住する訳ではないのでこちらの法に抵触しない程度に立ち回るとしよう。

 私達が入国後に最初に行ったのは聖剣の保管場所の特定だ。

 これは幸いにもすぐに見つかった。


 正確にはあると思われる場所だが。

 アラブロストル=ディモクラティア第四区と第五区。

 このどちらかになる。


 第五区は完全にグノーシス教団の自治区となっており、彼等の支配領域だ。

 これ程の大国ならば高い確率で枢機卿が居るだろう。

 その為、聖剣を管理しているのが彼等であるならば手元に置いているかもしれない。


 そしてもう一つの候補が第四区。

 こちらはウルスラグナで言うオールディアと同じで聖剣が安置されていた遺跡の保護を目的としており、第五区と同様にグノーシス教団が管理、保護を行っている。


 もし動かしていないと言うのなら第四区の遺跡内部と言う事になるが……。


 「まず間違いなく五区だと思うわ」


 マネシアはそう言い切った。

 今居る場所はアラブロストルの外縁部に存在する区で十六区。

 その三番街アンシオンと言う街にある宿の一室。


 流石に無計画に向かうのは不味いと言う事で、中心部に向かう前に外縁部で情報を集めてから向かう事になったのだ。


 「遺跡には存在しないと?」 

 「恐らくそう思うわ。 ウルスラグナの例で考えると間違いなく目が届いて、かつ安全な場所で保管していると思う」


 ……確かに。


 エルマン聖堂騎士が言っていたが、聖剣エロヒム・ツァバオトは王都の一角にある教団の倉庫に隠してあったとの事。

 しかもその倉庫は城塞聖堂への隠し通路があった場所なので、完全にグノーシスの膝元だ。

 

 そう考えるのならまず第四区には存在しないだろう。

 

 「……とは言っても確認しなければ始まらないわ。 念の為、先に第四区に赴き、ないという確証を得てから第五区に向かいましょう」


 マネシアは構わない?と付け加える。

 納得もできるし、ないと決まった訳でもないので確認は必要だろう。

 異論は全くないので分かりましたと頷く。


 「折角ですので向かう前に確認するわ。 クリステラ、貴女は聖剣の場所を確認出来たらどのような手段で試すつもりなの?」


 聖剣を手に入れるには越えなければならない高い壁がある。

 それは選ばれるか否かだ。

 聖女ハイデヴューネの持つ聖剣もそうだったが、あの武器は選ばれていない者を拒む。


 実際、バラルフラームへ向かう道中、ユルシュル王の部下が触れようとしてどうなったのかを思い出す。

 

 「私は直接見た訳ではないのだけれど、触れようとした者が吹き飛ばされたという話を聞いたから……」


 マネシアの歯切れは悪い。

 そう、この話は根本的な所で無理があるのだ。 私かマネシアが聖剣に選ばれるか否かという半ば賭けに近い物だ。


 「問題は保管されている場所ね。 簡単に触れる場所であればいいのだけど、そうでなければ忍び込む必要が出て来るわ。 ――流石に聖剣に選ばれるか試してみたいので、触らせてくださいと言っても素直に通して貰えるとは思えないだろうし――」

 「そうですね。 何とか私か貴女が選ばれればとそれしか考えていませんでした。 確かに、結果的に盗む事になるのですね」

 「え?」


 私がそういうとマネシアが何故か戸惑ったような声を上げる。

 

 「どうかしましたか?」 

 「いえ、聖剣に挑むのは貴女じゃないの?」

 「私が駄目でしたらマネシアの番なのでは?」 

 「……え?」

 「え?」


 ? 妙だ。 マネシアの反応がおかしい。

 マネシアも何か噛み合わない物を感じたのか不思議そうな表情で押し黙る。

 

 「あの……私は貴女に同行して補佐と情報集のみを行うつもりで来ていたのだけど……」

 「もし私が駄目だった場合に挑むのではないのですか?」

 

 正直、最初からそうだと思っていたので意外だった。

 そうか……マネシアは聖剣に挑まないのか……そうか……そうなると私だけと言う事になるのか。

 私一人で挑むとなると責任重大だ。 気を引き締めなければ――


 「あ、いえ、ごめんなさい。 違うわ! はい、もしクリステラが無理であったのなら私も挑むから! だから安心して聖剣に挑んで!」

 「難しいようなら――」

 「いえ! 大丈夫よ。 だから安心して挑んでちょうだい!」

 

 何故か必死にそう言うマネシアの態度に不思議な物を感じたが――そうか、挑んでくれるのか。

 なら安心だ。

 マネシアは頼りになるから一緒に挑んでくれるなら心強い。


 明日から第四区を目指す。

 聖剣は近い。

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