第601話 「説教」
このフォンターナでの依頼は大きく分けて二種類ある。
荷物運びや収穫などの農業関連。
もう一つがアープアーバンでの魔物討伐と素材の収集。
私が選んだのは後者だ。 冒険者から話を聞く必要もあるので、需要の高いこちらの方がいい。
それに――
小型の地竜を浄化の剣で両断して仕留める。
――こちらの方が性に合っている。
浄化の剣は斬撃に熱を伴うので傷口が焼けて出血はしない。
断面から微かに煙を噴く魔物の死骸を掴むとそのまま引きずって踵を返す。
「――ふぅ、これだけあれば充分でしょう」
目の前には両断されたり頭部だけ割れた魔物の死骸が山となっていた。
この魔物の群れで襲って来る習性を利用して、誘い込んで一気に片付けたのだがこれはやり過ぎたかもしれないと考える。
取りあえず襲ってこなくなるまで仕留めたので、これだけあれば問題はないだろう。
死骸を町で借りた荷車に乗せて引く。
「……少し積み過ぎましたか……」
死骸が多かったので荷車がギシギシと軋みを上げていた。
依頼には魔物の討伐とあったが、どれだけ仕留めればいいとは記載がなかったのだ。
良く分からなかったので群れ一つ分もあれば充分と考え、こうして荷車を引いている。
ただ、重いのであまり速く動かせないのが失敗だった。
別に重いから動かせないのではなく、力任せに引くと荷車が壊れてしまいそうだからだ。
マネシアとの約束の時間もあるので少し急いだ方が――
「よぉ、姉ちゃん。 随分と重そうな荷物を持っているなぁ」
不意に声をかけられたのでそちらに視線を向けるとあまりガラの良くなさそうな男が五名。
視線にはニヤニヤと嫌らしい物が混ざっている。
余り好意的な物ではないのでまともに相手にしない方がよいと判断。
「お構いなく。 先を急ぐので――」
道を塞がれる。
周囲を見ると男達の他には気配はない。 町からも少し離れている。
なるほどと納得する。 ここなら何があっても他に気付かれ難いだろう。
「――何か?」
短気はいけない。 今までなら即斬り捨てていたが、むやみに騒ぎや問題を起こすのは良くないと言うのは今までの経験で良く理解していたからだ。
「いやぁ、荷物が重そうだから少し貰ってやろうかと思ってな! ありがたく思えよ! 大方、仲間と来たがくたばって総取りって事だろう。 なら、俺達が貰っても問題ないよなぁ」
さっぱり理解できない理屈だったが、どうやら彼等は私の仕留めた魔物の死骸を奪いたいらしい。
「問題ですね。 魔物の死骸が欲しければ自分で仕留めればいいではありませんか。 何か勘違いされているようなので言っておきますが、この魔物は私が一人で仕留めた物です。 その為、貴方方に譲る理由はありませんね」
私がそういって断ると男達は露骨に不機嫌そうな表情になり、あぁ?といって凄みだした。
ウルスラグナではあまり接する機会がなかった人種だが、要は他人の上前を撥ねる事を生業としているのだろう。
以前にエルマン聖堂騎士が言っていたが、こういった者達は色々と情報に通じているらしい。
なら、話を聞くには最適な相手かもしれないか。
そう考えた私は斬り捨てようと言った考えを棄却。
「うるせえ! このクソアマぁ! 人が下手に出てれば付け上がりやがって! お前は黙って荷物を寄越せばいいんだよ!」
「お前も後でそこで可愛がってやるからよぉ……。 たまんねえなぁ、心配すんな優しくしてやっから――」
正直、聞くに堪えないのでわざとらしく溜息を吐く。
「あ? 何だその態度は?」
「そういうのは良いですから、かかってくるなら早くしてくれませんか?」
こう見えても私は暇じゃない。 力で来るつもりなら能書きはいいから早くしてほしい物だ。
「っっだぁコラぁ! 舐めてんじゃ――」
男が大声を上げながら腰の短剣を抜いたので、ようやくかと内心で溜息を吐く。
先に抜いてくれないと反撃したという体を取れないから、ずっと待っていたのだ。
話を聞きたいので殺せない。 上手く加減をしなければ……。
「――あれ?」
浄化の剣で短剣を持った男の手首を切断。
呆けている男が反応する前に足を突き刺す。
「あ、ぎゃ、あ、あぁぁぁ。 い、痛ぇ痛ぇよぉ」
ようやく反応が追いついたのか手首を失った男は残った手で傷口を押さえて地面を転がる。
「や、やりやがっ――へぶっ!?」
仲間が倒された事にようやく理解が追いついた男が声を上げようとしたが顔面に拳を叩き込んで黙らせる。
後はそう難しい事ではなかった。 武器を抜いた順に武器ごと手首を落とし、足を突き刺す。
それで終わりだった。 戦闘と呼ぶには一方的な展開となったが、先に抜いたのは彼等なので問題はないだろう。
ちなみに最後の一人は逃げようとしたので捕まえて二、三度殴って足を刺すと大人しくなった。
浄化の剣で斬ったので出血はなく、命に別条のある負傷にはならないだろう。
男達はその場に並んで座り込んでおり、その表情には深い後悔が浮かんでいる。
「す、すんませんでした。 ちょっとした出来心だったんです!」
「全然、本気じゃなくてちょっとからかおうと思ったというか――」
心にもない言い訳を並び立てる男達を尻目に空を見上げる。
日が随分と傾いてしまった。 これは急ぐ必要がある。
「出来心とは言え人に迷惑をかけた。 そうですね?」
私がそう言うと男達は何度も頷く。
ならばいいでしょう。 許します。 ただし――
「――では、私に対しての償いを以って水に流しましょう」
やった事に対する責任は取って貰いましょうか。
彼等には罰として荷車の移動を手伝って貰い、町へ戻る道すがら色々と話を聞く事が出来た。
お陰でこの近辺で起こった事件など、ちょっとした情勢に関しての知識を仕入れる事が出来たのは僥倖だった。
襲われた時は少し不快なだけだったが、結果的に上手く行ったので何が幸いするか分からない物だ。
その後、ギルドで依頼の報告と魔物の死骸の売却を済ませてギルドの支部を後にする。
男達はその時点で用が済んだので、聖職者らしくこれからは真っ当に生きなさいと忠告して解放した。
彼等は失った手首を押さえ、刺された足を引きずりながら分かりましたと感動の涙を流して去って行く。 これで彼等も少しは反省するでしょう。 私は満足し、軽い足取りで宿へと向かう。
魔物の死骸は中々の額で売れたのでこれだけあればしばらくは路銀に困らないだろう。
調べ物――情報収集は難しい印象があったが、やってみれば思ったよりも簡単だった。
しっかりと条件を整えて質問をするだけだ。 ウルスラグナに戻ったらこの経験を活かすのもいいかもしれない。
自信を深めつつ、色々な情報も手に入ったし、マネシアに良い報告が出来ますねと私はやや上機嫌で彼女の待つ宿に併設されている酒場へと足を踏み入れた。
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