十八章

第596話 「二人」

 周囲には深い木々。

 足元は舗装もされていないのでごつごつとした石や太い木の根や魔物が掘ったのであろう穴や、戦闘の名残と思われる陥没まで存在しており、非常に歩き難い。


 そして濃い緑の匂いが鼻をくすぐる。

 空を見上げると日は僅かではあるが傾き始めているのでそろそろ野営の場所を探した方がいいかもしれない。


 そんな事を考えて私――クリステラは同行者を振り返る。


 「そろそろ野営の準備を行おうと思います。 構いませんか?」

 「えぇ、ただ、この辺りは木々が多いので視界が通り辛い。 少し開けた場所を探しましょう」


 そう答えたのは私に同行してくれたマネシア・リズ・エルンスト聖堂騎士だ。

 今、私達が居るのはウルスラグナの南方――アープアーバン未開領域。

 狂暴な魔物が跋扈する危険な場所だ。


 私はエルマン聖堂騎士の依頼を請けて、エルンスト聖堂騎士と共に大陸中央部にあるアラブロストル=ディモクラティアという国を目指している。

 目的は聖剣の入手と大陸中央部から南部にかけての情勢の調査等の情報収集。


 当初は私が単独で赴くといった考えだったが、エルマン聖堂騎士に何故か止められ、絶対に誰かを同行させろと強く言われてしまったのだ。

 理由を尋ねるとお前は危なっかしくて一人では変な事に巻き込まれかねないとの事。 そんな訳でエルンスト聖堂騎士と二人で向かう運びとなった。


 聖堂騎士を二人も出すのは不味いのではないかとも思ったが、エルマン聖堂騎士曰く、今は国内も落ち着いているのでどうとでもなるとの事だ。 

 一応、目立つなと釘を刺されているので、装備もみすぼらしく見えるように塗装を施している。


 光輝の鎧(三代目)は灰色に染められ、浄化の剣と同様に装飾の類も可能な限り取り外しているので目立つ事はない筈だ。

 エルンスト聖堂騎士の装備している全身鎧も同じように偽装が施され、背には大盾と長柄戦斧ハルバード


 盾はバラルフラームで斃れたオーエン聖堂騎士の物を使っている。

 彼女の存在は旅をする上で非常にありがたい物だった。

 街の外では野営の準備、中では宿の手配、移動経路の選択、行程の組み立てなど、私にはできない細やかな気配りと機転で旅を支えてくれている。


 そしてその全てが自分にはできない事を悟って愕然とした。

 もしかして私は戦闘以外に取り得が全くないのだろうかと。

 そんな馬鹿なと思い、食事の準備などを手伝おうとしたが、開始して早々に笑顔で周囲を警戒してくださいねと追い払われた。


 衝撃だった。 私は旅という物を甘く見ていたようだ。

 そして今まで自分がどれだけ恵まれていたかが、良く分かった。


 ……ジョゼ、サリサ。


 グノーシス教団に居た頃は二人がどれほど自分に尽くしてくれていたかを想うと気分が落ち込む。 

 旅に必要な事は全てあの二人がやってくれていたからだ。

 そして、王都での事件に遭遇するまではイヴォンが不慣れながらも頑張ってくれていた。


 その間、私は何をしていたと思い起こすと――


 魔物の首を刎ねたり、魔物を両断したり、魔物を解体したり――……見事に魔物を切り刻む事しかしていない。

 いや、それだけではないはずだと必死に記憶を探ったがあるとしたら精々、襲って来た野盗を返り討ちにしたぐらいか。


 今までの行いを振り返り更に愕然とする。

 もしかしなくても私は驚く程の無能ではないのだろうかと。

 今からでも何かを覚えた方がいいのではないのだろうか? 以前に修道女サブリナも言っていた。

 

 確かに貴女は聖騎士を目指す以上、強さを求める事を優先するべきですが、それ以前に淑女なのだから最低限の所作や作法は身に着けておきなさい、と。

 当時はまだまだ未熟だったので分かりましたと言って鍛錬に戻っていたが、今更ながらその言葉の意味を理解して少し焦りが生まれる。


 聖堂騎士である以上、相応の給金が得られるので生活する分には問題はない。

 だが、それでいいのだろうか?とは思う。

 いっそイヴォンにでも教わるべきだろうか? 正直、私が彼女に提供できる話題が、魔物や賊の討伐話ばかりなのでここらで――


 腰の浄化の剣を一閃。

 地中から襲って来た魔物を両断したが一顧だにせずに考える。

 後ろでエルンスト聖堂騎士の戸惑った声が聞こえたが特に気にはならなかった。




 「――流石ですね。 中々良い調子で進めていると思います」


 あれから少し進むと野営に適した場所が見つかったので二人で焚火を囲む。

 食事内容は手持ちを節約する為に仕留めた魔物を捌いて肉を焼いている。

 

 「いえ、こちらこそ助かります。 私一人では食事の用意すら満足にできなかったでしょう」

 「はは、マルグリット――いえ、先の事を考えるとクリステラと名前で呼んだ方が良さそうで――かしら? 戦闘面で楽をさせて貰っているのでこれぐらいはさせてね」


 エルンスト聖堂騎士は苦笑して口調を少し砕けた感じに変えながら枯れ木を焚火に放り込む。

 確かに、余り畏まり過ぎると傍から見れば違和感があるだろう。 私も少し意識した方がいい。

 

 「思えば私は一人旅をするという経験がなかったので、エルンスト聖堂騎士と――」


 そこではっとなる。 いけない。 口調に注意するのなら、呼び方に気を付ける必要があった。


 「――ま、マネシア殿には本当に助けられています。 随分と手馴れているようですが、こういった経験が?」

 「殿は付けなくていいのよ? ……こう見えてもゲリーベに着任するまでは聖務であちこちを飛び回っていたから、自然と身について行った感じかしら」

 「では私も呼び捨てでお願いします。 なるほど、私はどうも今まで人任せにしていた所為でこういった事には少し……」

 

 少し恥ずかしかったので言葉が尻すぼみになった。

 エルン――マネシアはそれを聞いて笑みを浮かべるが、不意に少しだけその表情が陰る。

 恐らくゲリーベの話が出たからだろう。 聞けば彼女はあの一件で心に深い傷を負ったらしく、戦闘などに支障が出るようになったらしい。


 「クリステラ、貴女は強い。 あの一件で私はすっかり心が折れちゃったわ」


 マネシアは目を伏せる。


 「これでも私は聖堂騎士よ。 それなりに戦いや過酷な光景は見て来たつもりだったけど、あの光景は本当に酷かった。 生きたまま貪り食われる仲間達に、異形と化して起き上がる死者。 ……あの光景が目に焼き付いて、今でも眠る時には夢に見る。 命を懸けて逃がしてくれたイフェアスの為にも、このままではいけないと思ってはいるのだけど中々、思う通りにいかないわ」


 そう言って彼女は自嘲気味に笑う。

 無理もない。 私自身、イヴォンの事で必死だったので周りをあまり意識しないようにはしていたが、あの光景は本当に酷かった。


 炎に包まれる街、積み重なる死者、そしてそれが異形に変貌して更なる死者を産み出す。

 中には年端もいかない子供も含まれており、あの事件の痛ましさと悍ましさを物語っている。

 それを行ったのが恩師である修道女サブリナであったなんて事が未だに信じられなかった。


 あれから彼女がどうなったのか分からない。 恐らくはあの炎に巻き込まれて死んだ――と言われているが、私には余り信じられなかった。

 どこで何をしているかは分からないが、生きていると言われていても私は驚かないだろう。


 「……私もあの一件は忘れられません」


 マネシアを真っ直ぐに見つめて言葉を選んでから紡ぐ。


 「ただ、今もあの時も目の前の事に必死なだけで、貴女の言うような強さではありません」

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