第595話 「天罰」

 巨大な白亜の円卓がある。

 そしてそれを囲む白亜の椅子。 大量にあるそれに座しているのは二人。

 片方は女性、年齢は三十半ば。 その表情には憔悴と諦観が張り付いていた。


 彼女はパウリーナ・ピア・シーヴ・ランヒルド。

 グノーシス教団第三助祭枢機卿。

 

 「……困った事になりましたな」

 

 彼女に対するは初老の男性。

 アレクサンドル・イエルド・イエオリ・ヴァルデマル。

 グノーシス教団第一司祭枢機卿。


 「第三――つまりはオフルマズドは壊滅したと?」

 「は、はい。 定期便が訪れた際、出迎えがなかったので不審に思い、上陸すると国内は完全に壊滅。 捜索を行いましたが誰の存在も確認できませんでした」


 内部に入った者が見たのは破壊されつくした無人の国土。

 知らせを受けてランヒルドは即座に同僚のエイブラハムとエドゥルネに連絡を取ろうと試みたが不通。

 その後、クロノカイロスから調査隊が送られ、内部の捜索が行われた。


 結果、オフルマズドは壊滅。

 聖剣は喪失。 国王も死亡したと思われる。

 辺獄の領域アーリアンラも閉じていると報告を受けているので、第三の役目は終わったと言ってもいい。


 それを悟っているからこそランヒルドの顔色は悪い。

 第八と同様に第三も空位とされれば、自分の命は終わるからだ。

 

 「まずは確認です。 エイブラハム、ノルベルト両枢機卿は生きていると思われますか?」

 「……いえ、あのお二人は悪しき者の虜となるのを良しとはしません。 恐らくは――」

 

 言い切っても良いがそれをやらないのは微かな希望に縋りたいからだろう。

 ヴァルデマルはなるほどと頷くが、察しているので最後まで聞かない。

 二人が死んだ以上、第三は完全に崩壊したと見て間違いないだろう。 だが、領域を閉ざす事自体には成功しているので役目を果たしたとも言える。

 

 「貴女の不安も分かりますが、安心なさい。 本来なら地位の返上をと言いたい所ですが、貴女には是非ともやって頂きたい役目があります。そんな事より、ザリタルチュ――第五の領域も閉じている事が分かりました」

 「なっ!?」


 役目という言葉に引っかかりを覚えたが、続く言葉にランヒルドは小さく目を見開く。

 開きかけていた第五の領域が閉じた。 それが意味する事は何者かが魔剣を手に入れたと言う事に他ならないからだ。


 「第八の魔剣と聖剣はウルスラグナの聖女が手にし、そして第五の魔剣と第三の聖剣、魔剣は消息不明。 唯一所在がはっきりしているのは第五の聖剣のみ。 そうなると当面の間、峻厳しゅんげんの柱は放置しても問題ないと言う事になります。 近い将来、第五の聖剣もこちらで回収する事になるでしょう」

 「つまり、時が近いと言う事ですか?」


 教団の最大にして最後の――

 そう考えたランヒルドを制するようにヴァルデマルは手を上げる。

 

 「それにはまだ早い。 それよりも問題は均衡きんこうの柱です。 貴女も話には聞いているのではありませんか? 第九について」


 ヴァルデマルの口にした第九という言葉を聞いてランヒルドは顔色を変える。

 均衡きんこうの柱――リブリアム大陸の中央から北部は人間の殆ど存在しない獣人の領域だ。

 その為、グノーシス教団の威光が及ばない未開の地となっている。


 「奴らのお陰で第九には干渉できず、第十に至っては近づく事も叶わない。 ……少し前から第九の領域に異変があると聞いていましたが――」


 担当外なので多くの知識を持っている訳ではないが、ランヒルドは知っている事実を並べる。


 「もう異変だけではありません。 辺獄種の流出が始まっているそうです」

 「なっ!?」


 ランヒルドは目を見開く。


 「よりにもよって第九ですか」

 「……あそこが落ちる事と第九の聖剣が失われる事だけは避けねばなりません」


 ヴァルデマルもランヒルドが驚くのも当然だと思う。

 最悪、聖剣だけでも押さえられればと彼も思ってはいたが、第九の地に根を張った獣人達はグノーシス教団に対していい感情を持っていない。 その為、介入が出来ないのだ。


 「例の協力者達による工作は――」

 「……不首尾に終わったようですね。 彼等は本来学者の類、仲介や交渉は不得手と言う事でしょう」


 協力組織。 ヴァーサリイ大陸ではテュケという組織が居たが、他の大陸にも居るという話はランヒルドも聞いていた。

 実際、彼等の貢献は凄まじい。 魔導外骨格、天使像、転移魔石。 ヴァーサリイ大陸からこのクロノカイロスへと上がってきた技術だけでも充分に価値のある物だ。


 当然ながらリブリアム大陸からも上がってきているがランヒルドの管轄ではないので知らされていない。

 

 「オフルマズドが壊滅したという事はテュケのアメリア殿も死んだと考えるべきですね」

 「――はい、気性にやや問題はありましたが、優秀な技術者でした」


 アメリア・ヴィルヴェ・カステヘルミ。

 技術開発に加え、転生者の勧誘にも力を入れている。

 その一部はグノーシス教団にも派遣され、異邦人として貴重な戦力となった。


 「惜しい事を……彼女であれば我等と共に携挙の時を迎えられると思っていましたが……」


 ヴァルデマルは表情こそ沈痛な物だったが、その心は凪いでいた。

 口でこそああ言っていたが、彼はアメリアの事などどうでも良かったのだ。

 使える女だったので役に立つ内は重宝していたが、教団の祝福を疑いオフルマズド王に余計な事を吹き込んでいた不埒者であった。


 大方、教団の救済を信じずに災厄をやり過ごそうとしていたのだろう。

 その証拠にある日を境にオフルマズドは鎖国を開始した。 つまりアメリアから真実を聞き出し、それに対して備えようとしていたのだ。


 間違いなく片方が駄目だった場合を考えての事だろう。

 

 ――教団を信じぬから天罰が下ったのだ。


 ヴァルデマルはアメリアが死んだ理由が、教団を心の底から信じなかったからだと本気で思っていた。

 その為、死んだと言う事は信仰心が足りなかったと言う事。

 つまりアメリアは死ぬべくして死んだだけの話だ。 災厄を越えるに足る器ではなかったというだけ。


 ヴァルデマルが死んだアメリアへと向ける感情はそれだけだった。

 以後、彼は話題に上らない限り彼女の事を思い出す事はないだろう。

 そんな事よりも彼の思考は海の向こう――リブリアム大陸へと向けられていた。

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