第594話 「懸念」

 ――えぇ、はい。 しばらくは何もないと思うんで王都からは――はい、はい、では失礼しますよ。


 ファティマとの通話を終えた俺――エルマンは痛む胃をさすりながら重い溜息を吐いた。

 定期的に連絡を入れて来るので、話す度に胃に多大な負担がかかる。

 

 ……それにしても……。

 

 ここ最近、妙に聖女の動向を確認してくるな。 

 最初は正体に関しての探りを入れて来るのかと疑ったが動向のみでそれ以上の事は聞いて来ない。

 寧ろ魔剣に関しての方が深く突っ込まれたぐらいだ。


 まぁ、突っ込まれても俺が使っている訳でもないので答えようがないから、知っている事を素直に吐きだしている。 実際、大した事は知らんしな。

 魔剣サーマ・アドラメレク。 辺獄から回収した剣で辺獄種共が後生大事に守っていた。

 後は禍々しい魔力を垂れ流していてまともに触れない――ぐらいか?


 あの女はもっと深い部分を知りたがっているようだったが、あんなヤバい代物のどこにそんなに惹かれる要素があるのかねぇ。

 あの剣を直接見た身としては触れるどころか近づくのもご免だ。


 俺は小さく息を吐く。

 ファティマからの連絡以外は今の所、平穏な毎日だ。

 クリステラも先日送り出したし、聖女も王都で大人しくしている。


 復興も進んでいるし、順調なのは良い事だ。 だが、同時に引っかかる事もいくつかある。

 まずはグノーシス教団だ。 あれから音沙汰がなく、驚く程に動きがないのだ。

 探りを入れてはみたが、どうやら国の南の方で派手な事件があったとかで北の方へ割く余力がないらしい。


 干渉されないのは結構だが、知らん所で変な動きがあるのは気になるな。

 何とか情報を仕入れたいが、アープアーバンの向こうの情報は手に入り辛い。

 特に大陸中央から南に関しては北端のウルスラグナからではどうにもならないからな。

 

 後の懸念は辺獄だが、マーベリックの言葉を信じるなら魔剣を押さえている以上、当面は問題ないと見ていいだろう。

 一応、クリステラを行かせたのはその対策の為でもあるからな。

 

 ……上手くやってくれればいいが。


 仮に聖剣を手に入れられなくても付けた奴が最低でも南部の情報を集めてくれる手筈になっている。

 失敗してもまぁ、無駄にはならないと言う訳だ。

 そして俺の心労の種が一つ減って心に僅かな平穏が訪れるってな。


 現状、国内は落ち着いているのでゆっくり行って来てくれ。

 アープアーバンは過酷な場所ではあるが辺獄に比べれば随分とマシだ。 温いと言ってもいい場所だろう。 そんな訳でクリステラに関しては心配していない。


 そんな事より落ち着いている今の内に復興作業だ。

 オラトリアムの支援により大幅に進んでおり、ムスリム霊山に関してはほぼ完了。

 オールディアもかなり進んでいると聞く。 グレゴアのお陰で聖騎士志望の連中も増え、学園の方も軌道に乗りつつあるらしい。


 数日前に魔石で話した時は、やりがいのある仕事だと嬉しそうに話していたのを聞いたので、見た目によらずこういった職が性にあっているのかもしれないな。

 次いでゲリーベ。 こちらは特に早かった。

 

 オラトリアムとの分割管理になるので復興作業の力の入れ具合が凄まじく、瞬く間に街並みは元の姿を取り戻し、商会が入り、次々と商人と物が集まって行った。

 位置的にユルシュルが主な客となるので、連中からたっぷりと搾り取る腹積もりなのは明白だ。


 だが――肝心のオラトリアムに特に動きがない事が引っかかるな。

 連中の資金力と武力を以ってすれば勢力の拡大はおろか、ウルスラグナの支配すら可能だろう。

 

 ……にも拘らずそれをやらないのは何故だ?


 正直、確証がないだけでやっている事の見当は付く。

 恐らくはティアドラス山脈の攻略――いや、更にその先か。

 ウルスラグナには未開拓の領域が多い。 その最たる物こそあの巨大山脈だろう。


 ゴブリン等の亜人種の住処となってはいるが、埋蔵資源の量は計り知れない。

 そしてさらにその先にあるとされる巨大な大森林に至っては木材の宝庫とも言える。

 特に大陸の北端は完全に手つかずと言って良いので、何があるのかさえ不明の領域だ。


 もしかしたらそちらにも手を伸ばしてるのかもしれんな。

 そう考えるのなら、ウルスラグナの国土の切り取りなんて二の次だろう。

 俺なら他人の土地を切り取るよりは持ち主のはっきりしない土地を開拓しまくって自分の物にするからな。

 

 ……もっとも、前提としてかなりの事前投資が必要にはなるが、あそこの資金力を考えれば寧ろやっていない方が不自然かもしれん。


 あそこは恐ろしいが、今の所は手が出せない。

 それに大々的に支援を受けている以上、下手な事をすればアイオーンの信用は失墜する。

 折角、聖女達が頑張ってここまで持ち直したんだ。 それを無にするような真似はするべきじゃないな。

 

 結局の所、オラトリアムが何を考えていても俺達としては可能な限りよろしくやらないとダメと言う訳だ。

 ここまで来ると、もうあそこが妙な考えを起こしませんようにと祈るぐらいしかできんな。

 

 一応、万が一に備えて聖騎士や聖殿騎士の数は増やしていっているが、聖堂騎士に届く才覚の持ち主は未だに現れていない。 欲を言えば百程欲しい所だが、実力が足りない奴を無理に上げても意味がないので、地道に育てるしかないのだ。


 ……後は異邦人の連中か。


 聞けば数人ではあるがこちらの言語習得の授業を開いて外に出す為の準備はしているようだ。

 カサイが言うには社会復帰というらしいが――まぁ、最終的に使い物になればいい。

 遅い歩みだが、アイオーンも日々力を蓄えて行っている。


 そして――別の方向での懸念が一点。

 どうも国の南部の方で妙な報告があった。 アープアーバンを越えてウルスラグナへと入ってきた連中が居るらしい。 正体などは不明だが、どこぞの紐付きだと厄介だな。

 

 現段階では何とも言えんが要警戒か。

 

 「……落ち着いてきたとはいえ、問題は未だ減らず……か」


 そう考えるとまた胃がシクシクと痛みだした。

 でもいつもよりましだなと考えて俺は少し悲しくなった。 

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