第567話 「分担」
「我が儘言うてすまんかったな兄ちゃん」
そう言って上機嫌で周囲を見回す首途に俺は小さく頷く。
何故、奴がここにいるのかと言うと俺が転移魔石で呼び出したのだ。
最初は一緒に連れて行こうかという話だったが、転生者を辺獄に入れるのは良くないと言うアスピザルの話を思い出してやや面倒だがこういう手段を取った。
さて、戦果が拡大している音を聞きながら首途とサベージを伴って城内へ。
「そいつの着心地はどうや?」
「悪くないな」
何かと言うと首途が寄越した黒いトレンチコートだ。 どうもヴェルテクスの持っていた余り素材で作ったらしい。 中々着心地がいいので気に入っている。
「それにしても、奴は何でまたこう、裾が長い服を着たがるんだ?」
コートの裾が歩くたびにはためいて小さくバサバサと音がする。
「それはヴェル坊の趣味やな。 あいつガキの頃から服をバサバサ言わすのが好きやったからなぁ」
「……あぁ、なるほど。 まぁ、特に支障はないし良いんじゃないか?」
奴なりの拘りなのだろうが、実用面での基準をクリアしているのなら俺が文句を言う事はないな。
そんな事より――
「俺に付いてきてよかったのか?」
「何がや?」
「作品の活躍を見たいんじゃなかったのか?」
俺がそう言うと首途は小さく笑う。
「まぁ、最初はそうしよかな思うてんけど、こっちの方がおもろそうやったしな」
「そうなのか?」
「ほれ、この国の防護機能やら何やらって多分、大本はここやろ? だったら調べるんやったらここやな」
なるほど。 テュケの連中が随分と力を入れて技術供与しているらしいし、首途からすれば気になるのだろうな。
中に入って少しすると警備兵が次々現れたが、
首途に戦闘が可能かとも思っていたが、戦闘訓練にも積極的に参加していたのでその心配は要らなさそうだ。
「――儂の付けたヒューマン・センチピード、随分と変わったなぁ。 それどうなっとんのや?」
全滅させた所で首途がそんな事を言い出したので俺は小さく左腕を持ち上げる。
「増えとるのは分かんねんけど、どうやって納めとるん?」
「あぁ、使わない時は細くして腕に巻いているが、使う時だけ――」
一本不可視化せずに伸ばした所で、ぼこりと脈打つように一瞬で巨大化した。
「ほー、便利なモンやなぁ。 兄ちゃんの体質ありきの使い方って訳か」
「あぁ、色々と弄ったがこの形に落ち着いた」
改造前より威力は落ちたが、人間を仕留めるのにあれでは威力があり過ぎる。
首どころか上半身が丸ごと食い千切れるからな。
大抵の生き物は首が落ちれば死ぬからそれが可能なサイズで充分と言う訳で、最終的に今のサイズに落ち着いた。
――それにしても。
向かって来る連中を片端から返り討ちにしているのだが、歯応えがなさすぎるな。
戦闘能力の水準はいい所、聖殿騎士レベルだ。
お世辞にも精強とは言えないな。 付け加えるなら技量と言う点ではもう一段評価が落ちる。
正直、こいつ等に比べれば、正気を失っていたチャリオルトの剣士の方がまだマシだったな。
「雑っ魚いのう。 なんや全然歯応えないやんけ」
その辺は首途も同意見だったらしく、そんな事を言っていた。
しかも死んだら死体が残らないし侵食も記憶の引き抜きもできないので、はっきり言って俺にとっては何の価値も見出せない連中だ。
向かって来る連中を適当に仕留めながらしばらく進んでいると階段があった。
下に向かっており、上へは別の階段で上る必要があるが――どうした物か。
個人的には上へ向かい、さっさと王を始末して外の連中の心を圧し折ってやりたい所だが……。
「ここで別れよか? 多分、施設関係は下やろうから儂はこっち行くわ」
「いいのか?」
「おぅ、兄ちゃんは予定通り上に行ったらええ。 儂は一人でも――」
「いや、一人で行くのは俺だ。 サベージ、首途の護衛に付け」
どうせ俺は真っ直ぐ上がるだけだ。
下は重要な施設のようだし、それなりの戦力――もしかしたら転生者がいるかもしれん。
「何言うとんねん、大将が護衛なしってのは不味いやろ」
「悪いが、万が一にもお前に死なれるのは困るのでな。 終わったらすぐに上に来てくれればいい」
「いや、それを言うたら兄ちゃんが――」
俺は取り合わずにさっさと行けと手を振る。
首途は食い下がろうとしたが無駄と悟ったのか小さく頷く。
「分かった。 ここは兄ちゃんの厚意に甘えるわ。 ほな行こか?」
サベージは俺をちらりと一瞥したが素直に首途について行く。
「兄ちゃん! くれぐれも気ぃつけえや!」
「そっちもな」
首途とサベージが階段を下りたのを確認した俺は更に城の奥へと進――
……ん?
何故か腕を引かれるような感覚。 何だと視線を落とすと魔剣が微かに光っていたが、すぐに大人しくなった。
何だったんだ? 良く分からんが大した事じゃなさそうだし俺は先を急ぐとしよう。
今度こそ俺は廊下を真っ直ぐに進み、奥へと向かった。
上への階段はそうかからずに見つかったが、妙な事にここに来るまで誰にも襲われていない。
警備兵は打ち止めかとも思ったが、大方上で待ち伏せているんだろう。
あの程度の連中だったらダース単位で来ても問題にならんが、念の為に罠の警戒も怠らずに進むとしようか。
定期的に魔法で索敵をかけながら階段を上る。
城の構造に明るくはないが玉座は大抵上層階だ。 上から探せば比較的早く見つかるだろう。
それに居ないなら居ないで適当にその辺を壊して回れば何か出て来るだろうしな。
階段を上り切ろうかと言った所で索敵に無数の気配が引っかかった。
五十――いや、もっと居るな。
百には届かんがそれなりに揃えているようだ。 まぁ、正面から来てくれる分には気楽でいい。
階段を上り切るとさっきまで仕留めた連中とは若干異なる装備を身に着けた連中が、各々武器を構えていた。
武器もそうだが装備のあちこちに黒い魔石の様な物が嵌まっている。
恐らくは何らかのエンチャントを施す為の魔石と言った所か?
まぁ、何でもいい。 纏めて来てくれるなら大歓迎だ。
「よく来たな侵入者よ! 俺はケイレブ・カールトン。 このオフルマズドの防衛を司る将だ! その立場故、貴様に問わねばならぬ。 ここへ来た目的と手段についてだ! 答えよ、そして素直に降るのなら寛大な――」
俺は無言で
悪いがそう言ったお喋りに付き合うほど暇じゃない。 さっさと死ね。
ケイレブとか言う奴は驚いた事に小さく仰け反るだけで躱して見せた。
「なるほど。 語る口を持たぬと言う訳だな。 ならば賊として討つのみ! 仕留めよ!」
見た所、精鋭っぽいが――おや?
ガチャガチャ言わせながら突っ込んで来る物かとも思ったが、仕掛けて来た数名は一息に間合いを詰めて来た。 速いな。
最初に仕掛けて来た奴が真っ直ぐに斬りかかって来る。
さっきまでの連中とはスピードが段違いだ。 速さだけなら聖堂騎士の水準を越えているな。
ただ、技量の方は下に居た連中と大差がないようで、攻撃の軌道は読みやすかった。
魔剣で斬撃を弾く。 同時に左右からハルバードと槍持ちの薙ぎと突きが飛んでくる。
こちらは小さく跳んで躱す。 なるほど、全員がこのレベルの動きなのか。
随分と強化倍率の高い装備だな。 だが、それに見合った消耗を強いられるはずなのだが、その様子は見られない。
兵士連中の表情はバイザー越しにも消耗しているようには見えない。
そうなると粘っても無駄だろう。 なら逃げ回って各個撃破を狙うか?
流石に面倒だな。 さて、この連中をどう料理した物か。
……取りあえず、少し様子を見るとしよう。
俺は次々と仕掛けて来る連中の攻撃を捌きながらそう考えた。
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